間章 領都の日々
第94話 ウキラ×イヨ=???
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「女将さん、最近元気ないよね?どうしたのかしら?」
「そりゃ、年が明ければすぐにでも帰ってくる……そう思ってたからでしょ?」
「あぁ、あの若くてイケメンの旦那様?」
「そう。依頼で王都に行ったきり、半年以上戻ってない……ね」
ウキラの宿で働く見習いの年若い仲居二人が仕事の合間に油を売っている。
今日は宿の週休日。
ウキラの宿に限らず、一般的にこの世界の宿屋は年中無休ではない。そして週に1日ある休日は、連泊客であっても食事は出ず、部屋も掃除されない。代わりに宿料は半額となるのだ。
併設されている食事処も閉店するため、この日だけは見習いの仲居二人だけでも宿を回すことができる。あのベテランの中年女性は、平日のハードワークに備え休日はしっかり休んでもらっている。実はウキラも休みだが、彼女の場合は宿と自宅が一体化しているため、緊急事態が生じればいつでも対応しなければならないが……
いずれにしても、接客は不要、食事の準備や客室の掃除も不要なこんな日は、普段より少し念入りに宿の共用部分を掃除したり、庭の雑草を毟ったりするくらいで、然して忙しいわけではない。そんなわけで彼女達は手持ち無沙汰の時間を持て余し、
「でもぶっちゃけ――ホントに帰ってくるのかしら?」
「シーッ!ダメよ。それは禁句」
「だけど――旦那様って冒険者なんでしょ?しかも年下でイケメンの。歳は私より少し上くらいかしら?私だってあんなのが傍にいれば誘っちゃうわー。王都で若い女とよろしくやってれば戻ってこない……なんてコトもあるんじゃない?」
――ゴ、ゴ、ゴ、ゴ、ゴーーーッ!!!
「アンタ達!手が止まってるわよ!!」
そこには鬼の形相の
――ひっ、ひぃー!女将さん、ごめんなさーい!
「ったく、最近の若い娘ときたら……」
そんな呟きを漏らす彼女は齢28である。まだ28、あるいはもう28、この世界ではどちらとも言えない微妙なお年頃であった。
――はぁ、でもホント、いつになったら帰ってくるのかしら?でもアケフ君も戻ってないんだから、ライホーだけが
彼女の心配の種は尽きることがなかった。
■■■■■
それは、ウキラがそんなことを思ってから5日後のこと。
妙にコペルニクの街が騒がしい。
どうしたのかしら?――そう思ったウキラは、お師匠が宿の手伝いに寄越していた若い衆に声を掛けると、銅貨1枚を握らせて街の様子を見てくるよう言付ける。
今日は終日、薪割りに励むことになっていた彼は、いい加減振り飽きていた薪割り用の斧を放り出すと、喜び勇んで飛び出していく。しばらくして戻った彼の口元には、明らかに何かしらを食した残りカスが付着していたが、そこは深く追求せずにウキラは訊ねる。
「――で、どうだった?」
「えぇ、女将さん。旦那さん戻ってきたみたいっす!」
ホントに!?――ウキラは思わず飛び上がって燥いだ。
「よかったですね、女将さん。旦那様が帰っていらして。宿は私達に任せてお迎えに行かれてはどうですか?」
例の中年女性は満面の笑みでウキラにそう告げる。
「あっ、あぁ、でも……それは……どう……かな?」
どうにも若い衆の歯切れが悪い。
妙な不安感を覚えたウキラは更に銅貨数枚を握らせて彼の口を割らせる。
「いや……その、なんかエルフの美人さんと……その……イチャついてましたんで……。ヒィ!俺のせいじゃないっすよ、女将さん!俺は見てきたことを伝えただけで……俺に文句を言われても……」
□□□
結局、昼過ぎには領都入りしていたはずのライホーが、ウキラの宿へと戻ったのは陽が暮れかかってからであった。
冒険者ギルドへの報告も必要だろうし、仲間と一杯交わして帰るだろうと思っていたので、そのことは然して気にもしていなかったが、ウキラが眉を顰めたのは彼がアケフ以外のメンバーも引き連れて帰ってきたからだ。
あらかじめ、ギルドの受付嬢である姉のトゥーラ経由で連絡を受けていたから大方の事情は知っていたし、既に部屋の準備も整っているのだが――とは言え、今日は二人部屋が一室空いていただけなので、正規の宿泊客はキコとイヨだけで、イギーとモーリーはお師匠の道場で雑魚寝だが――改めてライホーが語ったところによると、帰還が予定よりかなり遅れたことで、キコ達の定宿は既に埋まってしまったのだという。
これは冒険者に限らずだが、宿屋住まいの者が長期間に渡って定宿を空けるとき、あらかじめ料金の半分を渡して帰還予定日の前後数日間を押さえておくことがある。今回もハイロードのメンバーはそうしていたのだが、流石にひと月以上も帰還が遅れるとは思わなかったのだろう。
そんなわけで、ウキラの眼前には、ハイロードの面々を引き連れたライホーが立っていた。
ただいま。ウキラ――
そう言うと彼女の情夫である男は、優しく彼女を抱き締める。
この男!後ろの小娘と王都で宜しくやってたのにヌケヌケと……
沸々と怒りが湧き上がってきたウキラであったが、ここは正妻?としての威厳と度量を示すところだ。
「やだ、ライホーったら。皆の前で恥ずかしいわ。そういうのはまた後で二人きりでね……」
あえて皆に聞こえる声量でそう言った彼女は、その言葉とは裏腹にライホーを強く抱きしめ返し、エルフの小娘にさりげなく視線を送る。
「あら、あなたがイヨさんね。王都でライホーに悪い虫がつかないよう相手をしてくれてたんでしょ?御苦労様。でも、もういいわよ。彼がまた遠出することでもあれば、そのときはよろしくね?」
静かな微笑みを湛えたまま、ウキラはそう告げる。
堂々としたものである。
お前はライホーが遠征したとき、彼の性欲を満たすためだけのオンナだ――明け透けに言えばそんな主旨の言葉。キコですら引き攣った笑みを浮かべるのが精々で、イギーは瞑目してライホーの無事を祈り、アケフに至っては傍にいたお師匠の陰に隠れてしまった。
そんな中、空気読めない病のモーリーは別にしても、そのモーリー以上に平然とした態度でイヨは宣う。
「えぇ、ウキラさん。ライホーの遠征に同行できないあなたじゃ、常に彼の相手はできないものね?これからも遠出したときは勿論だけど、そうじゃないときも――ときどき彼を貸してもらいますね?」
涼し気な笑顔でそう言い切ったイヨは、さり気なくライホーに近寄り、彼の腕に自身の腕を絡ませる。
――このアマァ!シャアシャアと!
ウキラは少しだけ獰猛な笑みに切り替えてから語りかける。
「それは構わないけど、彼――私のモノだから、使う前には私に一言断ってね?」
□□□
「なんなんすか?アレ?」
半分涙目のアケフが小声でキコに囁く。
「どいつもこいつも大したタマだね。イヨも一皮剥けた感じだけど、ウキラの方も大したモンだ。二人とも完全にライホーをモノ扱いかよ。にしてもライホーの奴、この修羅場どう収めるつもりなんだか……」
――そのライホーは恐怖に怯えていた。何気に彼は、前世でこの手の修羅場の当事者になったことがなかったのだ。
こっわ!ナニコレ?ウキラもイヨも普段はあんなにホンワカしてカワイイのに、今は獲物を取り合う肉食獣じゃん?ってか、完全に俺がモノ扱いなんだけど……
俺が二人のオンナを侍らしてウハウハする感じを期待していたのに、俺そっちのけでウキラとイヨが俺の使用権を争う感じになっちゃってるし。
……ってか、そもそもウキラはイヨのこと了承済みだったんじゃないのかよ?
あっちの方はイヨに任せるから、それ以外はダメよ!――って、出立前夜に言ってたじゃん!
あぁ、どうすんべぇ……
こんなことになるんなら、もっとしっかりとウキラに念押ししときゃよかったぜ。戻れるもんならまたあのときに戻りたいわ……
□□□
――ライホーは――
二度とあのときには戻れなかった……
ウキラとイヨが共有する生命体となり
死ぬまで異世界をさまようのだ。
そして戻りたいと思っても戻れないので
――そのうちライホーは考えるのをやめた。
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