第135話 決戦

 東から昇った晩夏の太陽が南へと回り、北壁がつくる影が徐々に広がる。

 その影がいまだ広がり切る前。ついにノールメルクが動き、戦端が開かれた。


 戦は俺の想定どおりの展開になった。

 ノールメルク軍は貴族家ごとの塊が横並びになって前進するだけのオーソドックスな動き。

 対するコペルニク軍も同じ横並びで待ち構えてはいるものの、前線同士が激突したあとの動きが違った。

 コペルニク軍の左翼――つまり北壁側の部隊は積極的に前に出ることはせず、防御に徹する。この方面の戦線は主にコペルニク侯爵の直属軍が務めた。

 一方で大森林側の右翼――主戦派貴族が担う一団は積極的に前進する。そして、前進して空いた地点には左翼後方に控えていた穏健派貴族の軍勢が回り、その空隙を埋めていった。

 当然その分だけ左翼は薄くなるが、そこは侯爵直属の精強な軍である。防御に徹すれば簡単に破られることはないし、五十とはいえ北壁上部に配された弓兵からの援護も期待できる。彼らは粘り強く耐え続けた。


 そんな戦いを続けて二時間ほどが経ったころ。コペルニク軍は自然とノールメルク軍を半包囲しつつあった。

 包囲されつつあるノールメルク側から見れば、右手には領都の北壁が聳え、正面はコペルニク侯爵の直属軍が堅守している。そして左手側には大森林に代わり長く伸びたコペルニク軍が――主戦派、穏健派それぞれの貴族家の軍勢が壁のように連なっていた。


 ノールメルクにしてみれば、正面の敵と戦っていたはずが、いつの間にか半包囲されていた――ということになるのだろう。

 だが、自分達はコペルニク侯爵の直属軍に猛攻を仕掛けている。そこさえ喰い破れば侯爵の首と北門は指呼の間――そんな考えに囚われている彼らは、自軍の状態に気付くことが遅れる。

 一方、北壁から見下ろす俺には、その姿がありありと見えていた。


 そろそろ頃合いだな――。


 俺はパープルのハンググライダーもどきに同乗すると、ノールメルク軍に見つからぬよう領都壁内方向へ飛び立ち、そのまま領都上空を通過して急ぎ西門へと向かう。

 そこには侯爵家騎士団・筆頭副団長、サブリナ=ダーリング率いる五十騎と、歩兵三百が待機していた。

 パープルはサブリナ達の上空で三度旋回する。それが合図だった。


「出る!」


 サブリナが配下に命じる。

 しずしずと、それでいて滑らかに西門が開き、鬨の声をあげることもなく密かに部隊は動き始めた。俺達も翔びながら彼女らに続く。


 ノールメルク軍の死角となる西門から出撃するサブリナの任務は、ノールメルクに気取られぬよう北国街道まで出て、彼らの退路を遮断すること。

 無論、完全に塞いた上での殲滅戦はコペルニク側の被害も大きい。


 できれば敵の士気を挫いて穏便に降伏まで持ち込みたいところだが、果たしてどうなることやら……。



■■■■■



 西門を出たサブリナ率いる騎兵五十、歩兵三百は、道なき灌木地帯を――それでもここ数日のうちにあらかじめ目星を付けていた比較的通りやすい地形を選び、北国街道を目指した。


 俺とパープルはノールメルク軍から見咎められぬよう、さらに大きく西に迂回して飛行するが、それでもサブリナ達に先んじて目的の地点へと至った。

 俺は魔素察知を全開にして大森林方面を窺う。すると捉えたいくつかの魔素のうちの一つがこちらに接近してきた。

 大森林から現れたのは冒険者ギルドのギルマス。侯爵家からの緊急依頼を受けた彼らは、あらかじめ大森林内に潜み、森へと逃亡を図ったノールメルク兵を捕縛する役割を担っていたのだ。


「ギルマス、どんな感じです?」

「あぁ、今のところこちら大森林へ逃げてきた数はさほどでもない。侯爵様が上手く戦っておられるんだろう――が、それでも時間が経つにつれ、その数は増している。まだ余力があるとはいえ、そろそろ手仕舞いを考える頃合いだぞ」

「もうしばらくすれば兵を率いてダーリング殿が到着します。そうしたら最後の仕上げに入りますよ。予備戦力として待機しているエルフの里の連中には、ギルマスのほうから情勢を伝えておいてください」

「あぁ、分かった。俺達は引き続き大森林内を警戒していればいいんだな?」

「えぇ、よろしく頼みます。でも、これ以上はお手を煩わせずに手仕舞いできるよう努力しますよ」


 期待してるぜ――そう言い残したギルマスは右手をひらひらと振ると、再び大森林へと消えていった。



□□□



 現状、領都コペルニクの北門前では、それと悟られぬようコペルニク軍がノールメルクの軍勢を半包囲しつつある。そこへ西門から出たサブリナの部隊がノールメルクの後方へと回り込み、包囲網の最後の穴に蓋をする。

 それが俺が立案した計画の骨子だ。


 正直そこからは賭けの部分。完全包囲されたノールメルクが窮鼠と化して猫を噛むか、窮したまま降伏を選ぶか――。

 前者の場合その矛先は、逃走経路に当たるサブリナ率いる部隊に向かう可能性が極めて高い。それはつまり、俺がいる地点が最前線になることを意味する。

 できれば後者の選択をしてほしいものだ。一応、それを後押しするための策も考えてはいるのだが……。


 っと、そんなことを考えているうちにサブリナが到着したようだ。

 落伍者は数名程度。この程度なら事前の想定どおり――と彼女は告げ、このさきも予定どおり進めると付け加えた。


 それを聞いたパープルが無言のまま独り飛翔する。

 パープルにはサブリナ部隊の到着をコペルニク侯爵に伝えてもらう役割がある。彼とはここでお別れだ。

 俺は俺でサブリナの部隊でやらなくてはならないことがあるのだ。まぁ、俺のほうはやらずに済めばそれに越したことはないのだが、そこは状況次第だろう。


 にしても、やっぱ戦場の上空を誰からも妨害を受けず高速で移動できるってのは、どんでもないアドバンテージだ。俺がパープルに重力魔法の指輪を渡してから一年にも満たない。この短期間でここまでの飛行を可能とするとはねぇ。

 ったく、天才ってのは大したもんだぜ……。


 ――と感心していた俺に、部隊の再編を終えたサブリナが、そろそろ出るぞ――と急かしてくる。へいへい――と応じた俺は彼女の傍らにつき、北門前の平原に向けて歩み始めたのだった。

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