第44話 凱旋

 結局、俺は武具の鑑定能力のことは誰にも明かさなかった。

 それは、サーギルに知られたくなかったこともあるのだが、なによりもミスリルの指輪で競合すると思われたパープルが一切の報酬の受け取りを不要と宣言したことが大きかった。


 パープルが言うには、書き写したあの魔法陣の価値と比べたら、彼にとっては他のモノなど塵芥に過ぎないのだそうだ。

 まぁ、気持ちは分からんでもないし、そのストイックな姿勢も立派ではあるが、お前が言う塵芥を欲している人達の前ではあんまそーゆーことは言わん方がいいな。パープルよ、そーゆーとこだぞ!


 そんなこんなで、旧領主家秘蔵の武具や宝飾品については、アケフにはワイバーンの革鎧を、イギーにはミスリル混の鋼の大盾を、そしてモーリーには同じくミスリル混の鋼の鎚矛(魔核付き)を分配することが決まり、俺は誰も希望者がいなかったミスリルの指輪を譲り受けた。

 他にも何点か武具はあったのだが、メンバーが使用していない種類であったり、既にそれよりも上質な武具を所持しているなどの理由で、分配するほど目星いモノはなく、特に高価そうなものだけを何点か持ち帰り売り払うことになった。

 なにせ空間魔法に収納したとはいえ魔核もそれなりの量があり、旧領主の軍資金と思しき金塊や硬貨もかなり貯め込まれていたため、贅沢な悩みではあるが余分なものを持ち帰る余裕がなかったのである。



「ところで、この城の主人はこの部屋に入るときはどうしていたんだ?毎度ゴーレムと水責めの罠を食らってたわけではないんだろう?」

「おそらくだけど、ここの罠を無効化する魔道具でもあったんだと思うよ。既に持ち去られてその真価も分からないまま売り払われているんだろうけど……」


 俺の疑問にモーリーが答えると、サーギルが加えて訊く。


「俺達の帰り道は大丈夫なんだろーな?」

「魔核は抜いたから……もう罠は発動しないんじゃないかな???」


 ――をぃ、そこは疑問形なのかよ!



□□□



 結局帰り道に罠が発動することはなく、俺達は無事に4階層の領主の間へと戻ることができた。


「俺は近いうちにまたここに来なきゃなんねーな」


 サーギルは独りごちたが、この隠し階段から続く地下空間については改めてギルドなりコペルニク伯爵なりが調査すると思われ、その際は彼が水先案内人を務めることになるのだろう。



 その後、俺達は再び1階層の拠点へと戻った。そのころ既に陽は暮れかけていた。


「さて、今日は思わぬ大冒険になっちゃったけど、皆無事でよかった。今晩はここでもう1泊して明日コペルニクに凱旋しよう。多分、街は大騒ぎになるんじゃないかな?」

「だろうな。帰ったら早速ギルトの事情聴取、あと――伯爵家への報告にも付き合ってもらうぜ」

「それも依頼料の内。覚悟はしてるよ。そのくらいならここで得たお宝を考えれば安いものだからね」


 キコとサーギルが笑顔で言葉ビジネストークを交わす。


「あとライホー、あんたはお手柄だったね。あんたの気配察知と補助魔法、それにあの発想力はあたしらの強力な武器になる。今後も気張って頼むわよ!」

「あぁ、キコ。あんたの張り手は効いたぜ。俺がまた鉄火場で腑抜けているようなら遠慮なく張ってくれ」


 俺がキコとハイタッチを交わすと、それを契機にパーティーメンバー全員がそれぞれの得物で俺の胸を小突く。どうやらこれが新メンバーがパーティーに加入後、初の冒険を熟した後に行うお決まりの儀式なんだろう。


 そんな俺達をサーギルは眩しそうな目でどこか懐かしげに見詰めていた。



■■■■■



 ギルドからの公式発表に、ギルド内は歓喜の声に沸いていた。


 それもそうだろう。

 俺達ハイロードは若く将来有望なパーティーの登竜門と言われる依頼を無事に熟して帰っただけでなく、永らく秘匿されていた古城の隠し階段まで見つけ出し、更にそれだけに止まらず行く手を阻む狡猾な罠を乗り越えて、見事多くのお宝を持ち帰ったのだ。

 冒険者ドリーム……なんてアメリカンドリームみたいな言葉があるのかどうかは知らないが、俺達はまさに冒険者ドリームの体現者であった。



 遡ること数時間。

 昼前にギルドのスイングドアを潜った俺達は、受付嬢のトゥーラに依頼の達成を報告した。俺達はそのままトゥーラの案内で別室へと通され、サーギルはギルマスを呼びに向かった。


 案内された部屋でトゥーラが淹れてくれた茶を啜りながら待っていると、息急き切ったギルマスのマールズがサーギルを伴って姿を現した。既に何事かがあったことはサーギルから聞いているようで、マールズは部屋に入った途端、挨拶もそこそこに切り出した。


「おぅ、昨日あたりには戻ると思っていたが、何かあったみたいだな?まだサーギルからは詳しく聞いていないんだが……」

「あたしらが言っても俄かには信じてもらえないだろうだから、身内のサーギルさんから話してもらった方がいいわ。その方が手っ取り早いでしょ?」


 そうサーギルに話を振ったキコであったが、余・計・な・コ・ト・は・言・う・な・よ……という威圧は忘れていない。これは第3形態並の戦闘力はありそうだ。


 ――


 ――――


 ――――――


「ふー、確かに俄かには信じられないことだったな……」


 ギルマスは呟く。


「けれどあたしらが持ち帰ったブツはそれが真実であることを証明しているでしょう?」

「まぁな。この量の魔核と金塊は生中じゃ手に入らない。他の理由を考えるより、今の話を信じる方がいい――が、それよりもこの魔核、ホントにギルド経由でコペルニク伯爵に献上してもイイのか?随分と思い切ったな」

「無論、伯爵からの面倒事が生じないようにするためのモンなんだから、何かあればであたしらを守ってくれる……ってのが大前提だけどね」

「わーてるよ。こんだけの魔核を無償で提供してくれるんだ。ギルドは総力を挙げて協力するぜ」

「じゃ、アタシらはこれでね。伯爵の方は頼んだわよ」


 背を翻して立ち去ろうとするキコにマールズは確認の言を投げかける。


「あぁ、分かってるさ――でも一度くらいは伯爵との謁見には応じてくれるんだろう?そこは頼むぜ?」

「えぇ、分かっているわ。でも一度だけよ。あとはギルマスの力量で何とかしてちょうだい」


 それと――忘れていたけれど、とキコは切り出す。


「今晩、あたしらハイロードでギルドの食事処を貸し切りたいんだけれどいいかしら?」

「そりゃ払うモン払ってくれれば構わねーが、何するんだ?」

「はぁーニブチンねぇ。冒険者皆でパーティーするに決まっているでしょ?勿論あたしらのオゴリで。それで皆の歓心が買えて、少しでも妬心を抑えられるなら安いものよ」

「確かにこの金塊に比べたら微々たるもの……か。ならギルドの方もじゃんじゃん酒と食いモンを出して儲けさせてもらうぜ。おいトゥーラ、急いで手配を頼む」


 マールズの指示を受けたトゥーラが出ていくと、キコは付け加える。


「じゃんじゃん儲けたいならギルドからこの街の冒険者に声を掛けてもらえるかしら?なんなら手が空いているギルド職員もパーティーに参加してもらって構わないわよ」

「はぁ、如才ないな。キコ、お前ホントに26かよ?」

「全部ライホーからの献言よ。ライホー、あんたホントに22なのかしら?」


 ホントは52です――とは明かせない俺は、黙って微笑むしかなかった……

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