第137話 切り札と奥の手
ノールメルクの動きが怪しい。
明らかに降伏に向けたものではない。
ヤベェな。アイツら、包囲網を突破して逃走する――どうやらそちらを選択をしたようだ。パープルの脅しは効かなかったか……。いや、逆に効きすぎた……のか?
いずれにせよ。圧倒的な戦闘力と機動力。加えて、絶対的な空間的優位性を誇る新兵器で敵の心をへし折り、全面降伏へと持ち込む――そんな俺の目論見は儚く潰えた。
「ダーリング殿。どうやら奴ら、逃げを選んだみたいだ」
「の――ようだな。
ふぅ、とひとつ息を吐き、落胆と失意を体外へと追いやったサブリナは、気持ちを切り替えて言葉を継ぐ。
「さて。私の命に代えてもここを通すつもりはない――が、ここで乱戦となれば、もはや穏便な武装解除など望めんぞ。ライホーよ、どうするつもりだ?」
この世界初の航空戦力による威嚇――その切り札は、俺に思惑どおりの結果を齎さなかった。
が、策が破れたとき次にどう動くか――俺だってその程度のことは考えている。
「騎兵突撃で逃げ道を抉じ開け、そこを通ってノールメルク公が落ちる――それが敵方の思惑と見ましたが、ダーリング殿の考えは如何?」
同意――と短く応じつつ、彼女はわずかに眉を顰めた。
このさきの激しい戦闘、そしてその結果が齎す影響に思いを致し、覚悟を固めている――そんな険しい表情のサブリナに俺は告げる。
「されば、私からひとつ策を」
「ほぅ、この期に及んでまだ手が残されていると?」
「こっちのほうも半分は賭けになりますが……ね」
「そも、万全の策など望むべくもないさ。この世にそんなものがあるなら、誰も苦労はしないだろう?――で、その策とは?」
そう言うとサブリナは、軽く顎をしゃくって先を促す。
「まず、敵の初撃には抗わず――とは言っても、疑われぬ程度の抵抗はしてもらいますが、そこそこのところで退いて逃げ道を開けてください」
「あえて逃げ道を開ける……と?」
「えぇ。おそらくノールメルク公はその開いた穴に突っ込んでくるでしょう。そのときこそが勝負」
「どうすればよい?」
「公を生け捕ってください。そうすればノールメルク公の命を盾に武装解除を要求できるんで」
こともなげに言う俺に、眉どころか顔全体を顰めたサブリナが声を荒らげる。
「そう簡単に生け捕ること能えば――苦労はせぬわ!」
「まぁまぁ、そう興奮なさらず。生け捕る算段は俺のほうでつけますんで」
□□□
敵は突撃の準備が、味方は迎撃の準備が――双方それぞれに整ったところで、ノールメルクの本営が動き出した。
それに呼応するようにサブリナも動く。
彼女率いるコペルニク兵は平原の最西端――つまりは、大森林によって平原が侵食され、平地は北国街道の周辺を残すのみとなった狭い空間を封鎖するように横陣を敷く。その数、三百五十。
対するノールメルクの本営はおよそ五百。
とはいえ、そのうち百余りはしんがりとして残すようで、こちらへ向かってくるのは四百足らず。うち半数ほどがその集団から分離すると、先行して突撃を仕掛けてきた。
約二百のノールメルク騎兵が形成する鋒矢の陣は、サブリナが敷いた横陣の中央部――つまりは北国街道へと抜ける最重要ポイントを正確に衝いた。
その苛烈な初撃をやんわりと受け止めたサブリナは、無理に抵抗することなくじわじわと退く。同時に、中央部の兵を徐々に両翼へと移していった。
すると敵の指揮官は、防衛線の一番薄い部分を正確に見極め、さらに兵力を集中させた。
こちらがあえて薄くしているのもあるが、それでもこの乱戦の中で冷静にそこを見極め、ピンポイントで衝くのはなかなかできることではない。前線指揮官としてはそれなりに優秀な男のようだ。
まぁ、この場合はそれが命取りだがな。遮二無二暴れるだけの脳筋だと、かえって困るところだったぜ――。
兵士数人に支えさせた物見梯子に登り、三メートルほどの高さから戦況を追っていた俺がそんなことを考えているうちにも、味方の中央部はどんどんと押し込まれる。
サブリナはそれに構うことなく、厚くした両翼部分をじわじわと前進させ、前世で言うところの鶴翼の陣を構築していった。
もう少し深いV字型に持っていきたいところだが、この辺が兵力的にも運用的にも限界だろう。
俺は物見梯子から下りると、護衛の騎兵を従えて薄くなった中央部へと向かい、サブリナに合図する。
すると彼女は、事前の打ち合わせどおり、さも喰い破られた――といったテイで包囲網の一部を解く。
敵軍からは、開いたぞ――と叫声があがり、同時にノールメルク公を守る親衛隊と思しき一団がその穴目掛けて突っ込んできた。
――今!
サブリナの号令で味方の両翼が閉じるようにその一団へと向かう。
このまま両側から包み込んでノールメルク公を捕縛する――単純ではあるが、それが俺の策だった。
ところが。
左右両方向からの強襲を受け、一時的に狼狽する姿を見せたノールメルク公の親衛隊だったが、彼らは速やかに立ち直る。このまま崩れるかと思いきや、さすがは精鋭揃いの親衛隊……といったところか。
死兵と化した彼らは、単騎で複数人のコペルニク兵を相手取り、ノールメルク公を固める中央付近で数的優位をつくり出すことに成功する。そして、その中央の一団は猛然と包囲網の綻びへと迫った。
「ライホー、抜けられるぞ!」
サブリナから悲鳴にも似た声が上がる。
チッ。ホント、戦ってやつは、なかなか机上の計算どおりにはいかないもんだな。このままだと抜けられる――か。衆人環視の中ではできれば使いたくはなかったが……仕方あるまい。最後の最後、本当の奥の手ってヤツを使うとするか……。
ふぅ――とひとつ大きな溜息を吐いた俺は、ひときわ煌びやかな防具で身を固めたノールメルク公に慎重に狙いを定めると、彼に向けて重力魔法を放ったのだった。
異世界モノを知らないオッサン、しょっぱい能力の魔法戦士になる 頼北佳史 @raiho_yoshifumi
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