第130話 従軍
お師匠が逝き、数分。
「そろそろ姿を見せたらどうだ?」
大森林に向けて俺が放った言葉に、パーティーメンバーは警戒態勢に入る。
「あぁ、皆、驚かせてスマン。敵ってわけじゃないんだが――俺達の戦いを高みの見物している時点で味方……ってわけでもないわな。なぁ、傷面よ」
がさり――と藪をかき分けて、長身痩躯にして顔面傷だらけの異相の男が姿を現した。コペルニク侯爵家暗部の
その彼が低い声でぼそりと語る。
「貴様の気配察知は人の判別まで能うのか?」
さぁ、どうだかな――と、手の内をすべて明かす気がない俺は話をはぐらかす。
まぁ、正直なところ、俺の魔素察知は人の判別まではできない。
ただ、ここまで魔素を抑制能い、しかもアケフの気配察知にも引っかからないほどの手練れはそうはいまい。そして王都にいるはずのパープルがここに現れた以上、二人乗りのハンググライダーもどきでもう一人連れてくるとすれば、それは傷面だろうと予測したまでだ。
パープルとお師匠の到着に遅れることしばし。
俺は一つの魔素がコペルニク方面から接近し、そのまま大森林内に潜むのを察知していたのだ。
これでハズしていたらかなりハズいところだったが、そんな思いは
「で、これからアンタは俺達の戦いっぷりを侯爵様に御注進――ってか?」
俺の問いに傷面は黙したまま肯ずる。
アナスタシアを除く皆は、あの王都での国王暗殺未遂事件のとき、俺とともにリング内で戦う傷面を目にしていたし、それが侯爵家暗部の長であることはのちに明かしてもいた。
だが、何度か顔を合わせていたイヨは別にしても、他のパーティーメンバーの記憶は朧げなようだ。
俺はアナスタシアを含む皆に改めて傷面の素性を伝える。少し険しい表情を浮かべた傷面だったが、それを無視して俺は訊ねる。
「領都方面の状況は?」
「ドラゴンを誘引していたと思しき怪しげな一団を私の部下が拘束した。今は侯爵様の指示でドラゴンの討伐部隊を展開中だ」
「さすが、抜かりがないな。で、これからはどう動く?」
「貴様らがドラゴンを始末したことで、その手間は省けた。次はノールメルクの軍勢に対処することになるだろう」
「んじゃ、俺達はこれでお役御免だな。すぐにでもお師匠の亡骸と――負傷者を運ぶための人手を出すよう、侯爵様に依頼してくれないか?」
「あぁ、
そう言うと傷面は領都コペルニクに向け、静かに去っていった。
その後、人手を待つまでの間、キコに確認したところ、素材の宝庫であるドラゴンは基本的に討伐した俺達のものになるそうだ。俺達が必要な部位を得たあとで、残りをギルドが買い取ることになりそうだ――とも。
イギーの膝の治癒は領都に戻ってからとなった。すでにモーリーもイヨも魔力が枯渇寸前で、治癒魔法の行使が叶わなかったからである。
一応、俺の魔力回復の指輪をモーリーに渡し、一刻も早く治癒に入れるよう回復に努めてもらってはいるが……。
■■■■■
領都に凱旋した俺達を待っていたのは、領民の歓声でもなければ熱狂でもなかった。
俺達を乗せた馬車は中が窺えぬようカーテンが引かれ、ドラゴンも大きなカバーで覆われたまま、厳戒態勢の中、領民の目に触れぬよう密かに北門を潜る。
そして俺達は、急遽設えられたと思しき北門脇の陣幕の中にとおされた。
そこには、最敬礼で迎えるコペルニク侯爵がいた。
これは俺達に……というよりは、お師匠の亡骸に向けられたもののようだ。
帰還した俺達に侯爵が告げる。
「御苦労であった。喪ったものも大きかったが、我が望んだ中では最大の戦果でもあった。コペルニクの家名に懸け、必ずやそれに報いると約束しよう。だが、まずは休むがよい。治癒師も待機させておる。すぐにでも治療を受けよ……」
そこまで一息で述べた侯爵は、何故かキコと俺を交互に見遣り、言葉を継ぐ。
「キコよ、お主らはまさに満身創痍だが、この男はまだまだ動けそうだな?」
えっ?何?そのセリフ。なんか嫌な予感しかしないんだけれど……。
「ライホーも含め、誰一人欠けても勝てぬ戦いだったことは相違ありません――が、体力、そして魔力消費だけを考えれば、最も負担が軽かったのがライホーであることもまた事実です」
えっ?キコさん?そりゃ間違っちゃいないけれど、今の侯爵の質問に対する答えとしてはちょっとどうなのよ……。
そんな俺の不安は的中する。
「そうか。されば、ライホーよ。お主は休むに及ばず。ノールメルクとの戦が終わるまで我とともにあれ。なぁに、実際に戦えとは申さぬよ。ノールメルクを直に知る者を側に置き、ときに助言を求めたいだけだ。キコよ、それで構わぬか?」
承知いたしました――と、即答するキコ。
俺は恨みがましい目で彼女を睨むが、キコからは、ついでにここまでの依頼報告も頼んだよ――と、さらにつれない返答があっただけだった。
チッ!という俺の舌打ちに、侯爵の言葉が重なる。
「それにお主の気配察知は相も変わらず見事なようだ。
侯爵の後方に控える傷面が、片方の口角を上げて目を細める。
あぁ、クソ!やられた。傷面の奴、さっきの意趣返しのつもりか……。
たしかに体力的にも魔力的にも余力はあるからできないこともない。どうせ仲間達はしばらく動くこともできないだろうし、俺一人が呑気にぶらぶらしているのもなんだか悪い気もする。
ただ……あんだけ魔物を殺しておいて、そしてこれまで何人もの野盗を斬り捨てておいていまさらな気もするが、戦争って形式のモノに参加するのは初めてなので、多少は緊張する。
まぁ、前線に出るわけじゃなさそうだし、ヤバくなったら逃げればいいか……。
なんだかこんな軽い感じだと、
そんなのは人類の数が一人以下まで減らないと土台無理な話……ってのは、どこかの兵団の団長の言葉だったか。
そんなわけで俺は仲間達と別れ、コペルニク家による対ノールメルク戦に従軍することになった。
―――――筆者あとがき―――――
いつもお読みいただきありがとうございます。
「第五章 北方擾乱編」がひとつの山場を越えました。キコ達同様、筆者も少し休むよう、コペルニク侯爵からお達しが……あったわけではないのですが、諸事情ありまして二週間ほどお休みをいただきたく存じます。
休みなしで扱き使われるライホーさん、そしてなにより拙作を心待ちにしてくださっている読者の皆様には大変申し訳ありませんが、御理解くださいますようお願い申し上げます。
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