第34話 野営とパープルと魔法
暫定的な拠点としたホールには、上層階へと続く大階段と地下層へと続く隠し階段があった。
もっとも隠し階段の方は入り口の木製扉が朽ち果てており、隠す機能は全く果たせていなかったが……
俺達はこの暫定的な拠点を引き払い、ホールに隣接した小部屋を新たな拠点とした。そして、ホールの大階段と隠し階段を監視しつつ夜を明かすことにした。
小部屋の入り口には自然な形で瓦礫を積み上げて目隠しとし、2人1組の見張りを立てて身体を休める。このときばかりはサーギルもローテーションに加わり、4組で見張りを回すことができるので、野営としては比較的長時間の休息を取ることができる。
斥候スキルの高いサーギルとイヨ、そしてアケフと俺の4人は別々の組になるため、この日俺はパープルと組むことになった。
「パープル、あんたとはこれまであまり話す機会がなかったな」
「あぁ」
相変わらずパープルからは言葉を交わそうとする意志が感じられない。酒精を入れてやればこの鉄仮面が笑い上戸になることは知っていたが、流石に見張りの最中にそれはできない。
仕方なく俺はアケフ繋がりで会話を切り拓こうと試みた。
「そういやアケフの魔法の師匠はあんたなんだってな?どうだい、アケフは?」
「筋はいい。が、あいつは剣に生きる類の男だ」
少し長い科白、いただきましたー!
「魔法は不要……ってか?」
「違う。アケフは剣を優先して極めるべきだ。が、魔法が不要というわけではない……」
んで?
続き、はよ!
しかしパープルからは続く言葉は発せられなかった。仕方なく俺は、それは――?と先を促してみた。ホントメンドイな、こいつ。
「凄腕の剣士が魔法による遠距離攻撃も放てるとしたらどうだ?仮令それが簡単な土塊程度であっても」
「厄介だわーそれ。ってか、俺がいつもお師匠のトコでアケフとヤッてるやつだし」
「お師匠とはハーミット殿だな?」
なんだ、パープルみたいなヤツでもお師匠は殿呼ばわりなんだ?やっぱお師匠はスゲェな……前世から数えれば俺と同い年なんだけど。
「あぁ、お師匠もアケフには魔法よりも剣を優先して極めさせようとしていたぜ。剣と魔法の師匠双方がそう言うなら間違いないんだろうよ。これ以上アケフが強くなったら俺もそう簡単には勝てなくなるんだろうな……」
そう言い放ったとき、鉄仮面が目を剝いていた。うん?何だよ?
「ライホー、お前、まさかアケフに勝てるのか?」
おっ、おぅ!すげぇ圧だな。
「まぁ五分五分ってトコだけどさ。……なぁ、アケフってやっぱそんな凄いのか?」
「Bランクのキコだってアケフより若干上なだけだ。それも経験の差があるからなんとかなっているだけで、純粋な剣の腕だけならキコと遜色ないって言っていたぞ。しかもアケフにはこの先の伸び代もあるんだ。そんなアケフと互角とは恐れ入るよ」
「俺は魔法も使うからな」
「お前の魔法には心底興味を惹かれるところだが――こればかりはこちらから訊くわけにはいかないしな」
やはりパープルは魔法使いとしての矜持が高い。こいつなら俺の魔法を見せたとしても他者に漏らすことはあるまい。
1年半前の緊急依頼のときの彼の振る舞い、そしてそれ以降のハイロードとの交流も踏まえると、それは確信できる。
最初の頃に俺が彼に抱いていた「スカシイケメン、
「パープル、俺はお前がオーガを一撃で倒したあの魔法を見せてもらった。あれがお前の秘術かどうかまでは知らん――が、少なくとも切り札的な魔法なんだろ?そいつを曝け出してくれた代わり……といっちゃなんだが、俺の魔法も少しなら見せてもいいぜ――」
と、その言葉を紡ぎ終わらぬうちに、パープルはガシッと俺の手を掴んできた。
あっ、やっぱこいつ魔法狂いなんだな……
「慌てるなって。俺の魔法を見せる前に、お前のあの魔法について少し教えてくれ。あれは火と風の融合魔法でいいのか?炎に風を送り込んで火力を増強していると見たが、どうだ?」
「初見でそこまで分かるのか。流石だな」
掴んだ俺の手を放しつつ、目を見開いたパープルが呟く。
まぁ前世での初歩的な科学的知識があればその程度は分かる。ありゃ、炎に酸素を送り込んでいるんだろう。こっちの連中に酸素なんて言っても分からないだろうけど、新鮮な空気を吹き込めば火力が上がることは経験的に知っているようだ。
「理屈だけだがな。実際のところ俺は火魔法も風魔法も使えないし、仮令使えたとしても同時発動した上に融合までさせるなんて器用な真似はできないさ。あんたの魔法の才能には恐れ入るよ」
ふんっ――と鼻を鳴らしたパープルは俯いた。
あっ、これ絶対に照れてるヤツだ!オトコのツンデレ、イクナイ!
「まぁ、あんたの魔法の話はこのくらいにして、俺の話に移ろうか」
俺はこの夜、パープルに重力の概念を説き、そして自分を含めた万物の重量を変化させることができる重力魔法の全容を明かしたのであった。
これはパープルに対する信頼はもちろんだが、今後、彼と高度な魔法連携を図るためにも必要な過程であり、俺はこのときハイロードへの加入を本気で意識し始めたのであった。
なお、重力の概念、そして重力魔法の汎用性を知ったパープルは、その夜、なかなか寝付くことができなかったという。
■■■■■
「皆、体調はどうだい?」
何故かパープルは寝不足みたいだけれど、他の連中は大丈夫そうだ。
皆の状態を確認したキコは、若干寝不足気味に見えるパープルを気にかける。
――パープル、調子はどうだい?
そう訊ねたのはモーリーであった。
やはり彼も若干疲労が残っているやに見えるパープルに気付いていた。
「あぁ、気にしなくでいい。多少寝不足だが、昨夜この世界の真理の一端に触れ、多少気が昂っているだけだ。疲労はあっても頭は頗る冴えている」
!!!
皆がパープルを見遣る。
――やっぱ調子悪いんじゃない?
――普段なら長くても「大丈夫だ、問題ない」くらいしか言わないのに……そんな長科白、らしくないよ。
――そうですよ、無理しなくてもいいんですよ?
これまでの振る舞いからの自業自得ではあるが、パーティーメンバーからパープルへの返しは散々であった。
とはいえ、体調が多少悪くてもやることはやってくれるのがパープルだ。
怪訝な表情でパープルを見詰めるモーリーとは逆に、キコはそれ以上気にすることもなく切り替えてから全員に告げる。
「今日は上層階を掃討するよ!目標は最上階。皆、気合を入れてね!」
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