第62話 フィリス=ハミルトン

 仕事を終えて、俺はベッドに横たわる。なにかもやもやとしたものがずっとはれないでいる。フィリスとヴァイスに何があったっていうんだろうか?

 とりあえず体を休めようと目を瞑ると転生した時に響いた声がきこえてきた。

 



『ふふ、君は予想以上に運命をかき乱してくれたからね、これはサービスだよ。君の闇と向き合う機会を上げよう』



 その一言と共に俺の意識は闇へと飲まれていった。





 私がハミルトン家に引き取られたのは8歳の時だった。孤児院で年少の子達に魔法を見せていたら、いつの間にか噂になっていたらしく、様子を見に来た貴族によって引き取られることになったのだ。

 その貴族いわく、私の才能はすさまじいものであり、これだけの才能があれば王都でも活躍できるだろうという事で私はハミルトン家の一員になった。家族というものを知らなかった私に、家族ができるということで、楽しみにしていたのはここだけの話だ。



「お前にはまずは、貴族としての作法と礼儀を学んでもらう。ハミルトン家の一員として恥じない行いをしろ」

「はい、お父様」



 そう言って、私の貴族としての生活が始まったがそれは私の思い描いていた生活とは全然違った。服を着るのもご飯を食べるのも全てが礼儀や作法が大事。

 ここに来てからは礼儀の勉強と魔法の修行ばかりだった。父は私というよりも魔法の訓練の結果が気になるようで、聞いてくることと言えば魔法の修行の成果ばかりだった。兄もいたけれど、食事の時に二言、三言話すくらいだった。



「ご飯が美味しいですね、お兄様」

「ああ、そうだな……」



 この前の食事の時の会話なんてこんなものである。せっかく家族を手に入れたのに、私の思い描いている物とは全然違ったのだ。ご飯だって、孤児院の時よりも豪華なはずなのに、全然美味しくないのだ。こんなことだった孤児院のみんなと暮らしていた方がよかったと後悔してしまう。

 唯一の救いは私の幼馴染のメグが、メイド見習いとして、入ってきたことだろう。気が詰まった時は彼女を部屋に呼んでよくおしゃべりをしたものだ。



「もう、貴族の生活なんて嫌だよ。ナイフやフォークを使うのもつかれるし、お食事中も会話が無くて、気を遣うし味がしないよう」



 いつものように愚痴っていると、メグは「ふっふっふ」と不敵な笑みを浮かべて、何やら紙袋に包まれたものを取り出した。香ばしい香りが私を刺激する。



「じゃじゃーん!!そう思って、何と買い物のついでに肉串をかってきましたよ!! 孤児院にいた時はお店のおじさんをじーっと見ていて「仕方ねえなぁ」ってかけらをもらって喜んでいたあの肉串です!!」

「え、ずっと食べたかったあの肉串なの!! 食べていいの!!」

「はい、一緒に食べましょう!!」



 そうして、私とメグは礼儀も作法も無視して、串についたお肉を食べる。そのお肉はもう冷めていて少し硬かったけれど、屋敷にやってきてから食べたもので一番美味しかった。



「でも、フィリス様。領主様はわかりませんけど、ヴァイス様はあなたの事を気にしていると思いますよ。だって、私に色々ときいてきましたし……」

「え? 一体何を聞いてきたの?」

「えへへ、秘密ですー。でも、少しくらい頼ってみたらどうですか? お兄ちゃんって感じで」



 そんな事を話しながらメグのおかげで私は館での生活をかろうじで楽しめていた。正直兄が私の事を気にしているなんて、予想外だった。きっとあっちは私に何て興味がないと思っていたから……



 ある日私がいつものように自室にこもって勉強をしている時だった。規則正しいノック音が響き私はびくりとしてしまう。だって、メグのノックはもっと適当だからだ……一体誰なのだろうと思ってびくびくしながら扉を開けると、お兄様とそのおつきのメイド……ロザリアが立っていた。

 彼が私の元に来るなんて、初めての事で私の身体はこわばってしまう。



「どうされましたか、お兄様?」

「あー、そのあれだ……えーと」

「頑張ってください、ヴァイス様!! この時のために準備をしたんでしょう」



 何やらモゴモゴ知っている兄をロザリアが励ましている。すると彼は顔を真っ赤にして、紙袋を私に手渡した。その中身は……クリームたっぷりのケーキである。孤児院の時は食べたかったけど、高価でとてもではないが食べる事ができなかったものだ。一体どうして……?



「あー。その……誕生日おめでとう、フィリス」

「え、私の誕生日は半年後ですが……」

「はーーーー!! あのメイドふざけんなよ!! 俺を騙しやがったな!!」

「まあまあ、ヴァイス様の気持ちはフィリス様には伝わってますよ」



 頭を抱えて叫ぶお兄様をロザリアが宥めている。その姿が普段の澄ました感じや、貴族っぽさとギャップがあり、思わず大声をあげて笑ってしまった。

 すると、二人の視線が私に集中する。ああ、やってしまった。下品だと、品が無いと叱られる。身構える私を待っていたのは予想外の言葉だった。

 お兄様はかすかに笑みを浮かべながら言った。



「なんだ、笑えるんじゃないか。そっちの方が元気そうでいいな。いつもの澄ました感じだと、とっつきにくいからな」

「え……ですが……こういうのは貴族っぽくないのでは……」



 私の言葉にお兄様は少し気恥しそうに頬をかいていった。



「あー、まあ、父上の教育方針もわかる。普段の言動にこそ、貴族の品格はあらわれるからな。でも……別に俺の前では気を遣わなくていいんだぞ。その……俺達は家族なんだからな」

「お兄様……」



 私はその言葉が嬉しくて、思わず涙があふれてくる。ぶっきらぼうだけどやさしさのこもった言葉に胸が熱くなる。



「ヴァイス様、ちゃんといえましたね。流石です!! ずっと、どう仲良くなればいいって私やメグに相談してましたからね!! では、ケーキを切り分けましょうか。せっかくです、ちょっといい茶葉を使ってお茶を淹れてきますね」

「しょうがないだろうが、俺だっていきなり妹ですって言われて混乱していたんだよ!!」



 そんな風に話す二人をみて、私は再び笑い声をあげてしまった。それから私は皆の前では、これまで通り礼儀正しく……ロザリアや、お兄様、もちろんメグといるときは砕けた感じで話すようになった。

 そして、メグの言う通り、お兄様は頼られるとまんざらでもないのか、私が色々と聞くとめんどくさそうな顔をしながらも、いつも丁寧に教えてくれて、それがとっても嬉しかったのだ。



「お兄ちゃん、こういう場合はどうすればいいのかな?」

「仕方のない奴だな……まあいい、いずれお前も領主となる俺を補佐するんだ。ちゃんと覚えておけよ」



 といった感じである。領主になるために色々と勉強をしていたお兄様の教えはとてもわかりやすく、的確だった。

 そして、魔法に関しても、いつもの練習の他にお兄様と一緒にロザリアと習ったりすると、不思議といつも以上に身につくのだった。

 ここまでは私は幸せだった。父があんなことを言うまでは……




 あの日から何年もたって、私は貴族としてのふるまいも身につき、魔法のレベルも順調に上がっていった時だった。珍しく父の部屋に呼ばれたのである。



「お父様、失礼いたします」



 規則正しいノックをしたあとに扉を開けると、そこにはお兄様がいた。だけど、お兄様の顔はなぜか蒼白だ。大丈夫だろうか?



「フィリス。お前の家庭教師から聞いたぞ。三属性の魔法がレベル2までいったらしいな」

「はい、ありがとうございます。先生の教えが良いおかげです」



 そう、私は本当に魔法の才能があったようで、先生も驚くほど成長していったのだ。それには、将来兄をサポートするためにと、目標ができたことも大きいだろう。

 その結果に父も珍しく笑みをうかべている。



「それでな……フィリスには魔法学園に行ってもらう事にする」

「え……魔法学園に行くのはお兄様では……」



 魔法学園に入るにはかなりのお金がいるし、王都での生活費もかかると聞く。我がハミルトン領はそこまで裕福ではないので、行けるのは一人が限界だろうと言われていた。

 それでも入るものが絶えないのはその教育レベルの高さと、得られる人脈、そして、卒業した時のステータスである。そのため魔法が得意な貴族は領主になる人間を入学させるときいていた。

 だから、学校い行くのはお兄様だと思っていたのに……



「ふん、こいつよりもお前の方が魔法の才能があるからな。もう決定した事だ。これからも研鑽に励め」



 そう言うと父は話は終わりとばかりに仕事に戻ってしまい追い出される形になった。私は……私と兄はそのまま無言で部屋を出て行くしかできなかった。

 つらそうな顔をしている兄が心配で私は声をかけてしまう。話しかけられるのを拒絶しているというのがわかっていても何かせずにはいられなかったのだ。



「お兄様……お兄様!!」



 呆然とした様子の兄に必死に声をかけると、彼は力なく笑った。



「はは、良かったじゃないか、魔法学園に行けば出世間違いなしだ。このまま行けば領主を任されるのはお前かもな……さすがはハミルトンの天才魔女様だよ」



 自虐的に笑う兄はまだ、この時にはかろうじで正気だったのだと思う。皮肉気ではあったが、私への敵意は無かった。だけど、私も冷静ではなかったのだろう。この後、私は兄に嫌われまいと致命的な一言を言ってしまった。



「安心してください、お兄様……私は領主に何てなりません。そんなものには興味は無いのですから……」



 だって、私はお兄様の元で働きたいとお思っているのですから、私はそう言いたかった。けれど、その言葉を言う機会はなかった。

 


「はっははは、そうかよ、お前は俺が欲しかったものを簡単に手に入れられるのに、そんなものには興味が無いってか!! そうだよなぁ、お前の力があればこんな地方領主ではなくもっと上を……十二使徒だって目指せるかもしれないもんなぁ!!」

「違うんです、お兄様。私は本当にお兄様が領主にふさわしいのだと…」



 パァンと乾いた音がして、手に痛みが走る。お兄様に差し出した手を弾かれたのだ。信じられないとばかりにお兄様を見つめると、彼は見たこともない怒りに満ちていた表情で私を睨んでいた。



「憐みか? 同情か? ふざけるなよ!! 俺はお前に領主の座を恵んでもらうほど落ちぶれてはいない。あんまり俺を馬鹿にするなよ!!」

「あ……あ……」



 それは明確な拒絶だった。それがショックで違うんです、本心なんですという言葉は出てこなかった。涙をためながら手を伸ばしたが、兄はそれを無視して、さっさと自室の方へと戻っていってしまった。そして、それが私と兄が決定的に道を違えたきっかけだった。

 それ以来私が兄の部屋を訪れる事はなくなり、私は逃げるようにして、魔法学園へと行った。メグから領地の状況は定期的に手紙で、聞いていたものの、また拒絶されるのが怖くて逃げていたのだ。

 そして、メグから兄が昔のように戻ったと聞き、師匠がハミルトン領に行くから案内をしろと言ったのでついていく事にしたのだ。こんどこそちゃんと話そう。そう胸に誓いながら……



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やはり劣等感を拗らせるとろくなことにならない……

ゲームではこのまま和解せずにって感じですね。

フィリスが何をいっても同情や憐みにしか聞こえなかったんでしょうね……


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