第25話 ヴァイスと街の人々

 邪神ハデスの元までもう少しだった。復活したハデスがいる地下神殿で、ゼウス教の紋章が縫われた旗を掲げている集団と、黒づくめの連中が対峙していた。



「わかっているんだろう、アステシア。ハデスは君達を救おうとしているんじゃない。利用しているだけにすぎないんだ!! だから……」

「だから何なのかしら? 今更助けを求めて何になると言うの? あなたたちゼウス教の使徒達は邪教の信者である私たちを救ってはくれないでしょう? 利用されているとわかっていてもやらなければいけないのよ」



 青年の言葉にアステシアと呼ばれた少女は表情一つ変えずに返事をする。はっきり言ってハデス教徒である彼女達に勝ち目はなかった。数こそ同じくらいだが、彼らの大半は戦の素人だ。

 戦えるもの達は地上で彼らによって駆逐されている。だけど……降伏したところで邪教の信者である彼女達の未来は明るくはないだろう。



「僕がみんなを説得して……」

「無理ね。私達もあなたたちもお互いに血を流しすぎたわ。降伏した私たちの仲間がどうなったか……忘れたとはいわせないわよ。今更和解なんてできないでしょうし……なによりもゼウス教徒たちがハデス教徒たちを許しはしないでしょう?」



 アステシアの言葉に少年は言葉を詰まらせる。正義感で思わず口にしたのだろうが、彼もまた、現実を思い出したのだろう。

 彼が戦いの末に保護したハデス教徒たちは住民たちにリンチをされて殺されたのだ。そのおかえしにと、彼女もゼウス教の捕虜を皆殺しにしている……もう、お互い引き返せないところまで来てしまったのである。




「あなたは私がハデス様に利用されていると言ったけど……あなたも所詮ゼウスに利用されているだけではないのかしら……? 私が……神なんかの意志を気にせずに生きていればこんなことにはならなかったかもしれないわね……」



 自虐的に彼女は笑う。神の意志なんて無視をすればよかった。ゼウスとハデス、二つの神に人生を翻弄され、偽りの聖女とまで罵られた彼女は最後にそんな事を思うのだった。

 これが十二使徒最後の生き残りであるアステシアの最期のセリフである。彼女は最後の一人まで戦うのを止めなかった。

 もしも、彼女が神の意志に逆らっていればこうはならなかっただろう。







--------




「終わったぁぁぁぁぁ!!」

「お疲れ様です、ヴァイス様。ようやく書類が片付きましたね。ホワイトちゃんもほめてますよ」

「きゅー♪ きゅー♪」



 神霊の森に行き薬を取って、ラインハルトさん達との話し合いを終えた俺は、合同演習の打ち合わせや、神霊の泉に関する報告書の作成などで忙しかったのだ。

 だが、それもようやくひと段落ついた。俺はホワイトを撫でながらロザリアの淹れてくれた紅茶に口をつける。



「せっかくだし、久々に外に出てみるか。視察って事でさ。教会にも話さなきゃいけないことがあるしな……」



 俺の提案にロザリアとホワイトも嬉しそうに同意してくれる。



「いいですね、最近は治安も良くなって、市場も活発らしいですし、お出かけしましょう。それに教会のシスターには近々ヴァイス様が来るかもしれないと下話はしておきましたから、大丈夫だと思いますよ」

「きゅうーーー♪」



 言葉がわかるかのようにホワイトが俺の肩で踊る。そうとなれば善は急げである。俺達は外出の準備をするのだった。

 そういえば、ちゃんと街を歩くのは初めてだな……少し前までは領主への忠誠度がやばかくて、うかつに歩けなかったからな。ちょっと楽しみである。

 




 外出という事で俺はあまり目立たないように仕立てこそ良いものの、あまり派手にはならない服に着替えた。もちろん、ロザリアも私服である。

 いつものメイド服や戦闘時の皮鎧ではないので新鮮だ。というか、無茶苦茶似合ってる。あまりじろっと見ては失礼かななどと思っている俺を見てほほ笑む彼女に思わずドキッとしてしまう。



「あー、ヴァイス様!! ロザリアとホワイトちゃんと街へお散歩何てずるいですよーー、私も混ぜてくださいよぉ」

「違いますよ、メグ。ヴァイス様は視察で、私はその護衛なんです。遊びに行くわけではないんですよ」



 外出しようと屋敷を出ようとしているところで掃除をしているメグに見つかってしまった。こいついつも掃除してんな。

 メグが仲間になりたそうにこちらを見つめているがどうするべきだろう。まあ、彼女も連れて行ってもいいんだが、騒がしくなりそうである。



「でも、その割にはロザリアはすごいお洒落な服を着てるじゃん。まるでデートみたい……」

「メグ……この前の割った皿を代わりの物とすり替えた件をメイド長に報告しましょうか?」

「いってらっしゃーい!! お土産楽しみにしてますね。クッキーが良いでーす。あー、忙しい、忙しい」



 ロザリアの一言で急にホウキをはき始めるメグ。現金なメイドである。そういえばせっかくお洒落をしてくれたというのにそれにかんしてコメントをしていないな。

 メイド服から着替えたロザリアはレースをあしらった青色のワンピースに、ルビーのペンダントを身に着けていておりいつもよりも大人っぽい。メグの言う通りお洒落をしているのだろうか。だったら、こういう時はちゃんと褒めないとな。前世で読んだモテる本に書いてあったしな。



「今日のロザリアはいつもの服と違って、新鮮だな。とても似合っているぞ」

「うふふ、ありがとうございます。そう言っていただけると嬉しいです」



 俺が褒めると彼女は照れ臭そうにはにかんだ。効果は抜群の様だ。生前ではとてもじゃないがこんな事は言えなかったが、自分がヴァイスになったからかなスラスラと言葉が出るぜ。

 そして、俺達はあえて馬車ではなく徒歩で教会へと向かう。一応視察っていう名目だからな。



「市場にも活気ができてきましたね。人通りも増えて何よりです」

「ああそうだな。こら、ホワイト。落ち着いて食べろっての」

「きゅーきゅー♪」



 俺が露店で買った果物をホワイトに与えるとすごい勢いでかじりっている。果実屋のおっさんは俺を領主だとは気づかなかったようだ。まあ、テレビとかもないし、いちいち領主の顔何て覚えていないんだろう。それに、ヴァイスは領主になったばかりだし、あんまり表立って演説などもしていなかったようだし……

 これなら、視察にはちょうどいいかもしれないな。



「なあ、ロザリア、俺も小腹が空いたんだけど、何か美味しい店はないか?」

「うーん、そうですね。ヴァイス様好みのお肉串のお店を知っていますよ。メグも大好きで時々、買い物ついでにエールを片手に楽しんでいますね」

「それってさぼりじゃ……」

「うふふ、ちょっと口が滑ってしまいましたね」



 悪戯っぽく笑うロザリア。さっきからかわれた事へのお返しだろうか? 俺にはいつも優しいけど、怒らすと結構こわいのかもしれない。

 人通りのそこそこ多い市場を俺達は歩く。すれ違う人々に笑顔が浮かんでいるのを見て嬉しくなる。とりあえず領民たちは安心して暮らしてくれているのだろう。そして、ロザリアの案内で肉串の屋台の前に着いた。ブタや牛、鳥などが並んでおり、前世の祭りの屋台を思い出させる。



「店主。お勧めの串焼きを俺と彼女に頼む」

「あいよ!! 兄ちゃん、別嬪さんを連れているね!! せっかくだしおまけしてあげよう」

「ヴァイス様……このくらい自分で払いますよ」

「きゅーきゅーー!!」

「いつも美味しい料理を作ってくれるお礼だよ。ホワイトも食べたいのか……お前って肉もたべれるのか……? ウサギは雑食だしいけるか……?」



 申し訳なさそうに耳打ちをするロザリアに俺が気障っぽく返すと、嬉しそうにはにかんでくれた。彼女には本当に世話になっているからな。これくらいはさせてほしい。

 そして香ばしい香りの肉串が俺達の前にやってくる。さっそく口にすると柔らかい肉から肉汁が広がって、旨味に満たされる。屋敷の上品な料理もいいが、こういうのもいいな。ファンタジーという感じでテンションがあがる。



「どうだい、兄ちゃん、うまいだろ」

「ああ、素晴らしいな。ところで……ここの領主は悪徳領主と聞いたんが、ずいぶんと市場に活気があるんだな」

「……!?」



 俺の言葉にロザリアが「何を聞いているのですか?」とばかりに目を見開いている。その瞳には俺が傷つかないかと案じてくれているのがわかる。

 ロザリアが心配するのもわかる。だけど、俺はこの地を発展させると誓ったのだ。だったら生の言葉を聞かないとな。

 店主は少し難しい顔をして口を開いた。



「うーん、そうだなぁ……先代が死んで息子が引き継いだんだが、最初はそりゃあひどいもんだったよ。色んな事業に手を出しては失敗して景気を悪くするし、その領主の部下が変な奴らをつれてきて治安だって悪くなった。みんな妹であるフィリス様が継げばいいのにって言ったもんさ」

「……」



 話を聞いているうちにロザリアの顏が強張る。ああ、気持ちはわかるよ。彼女の震えている手をそっと握る。俺は大丈夫だと答えるように。

 そんな俺達の様子に気づかずに店主が話を続ける。



「だけど、倒れてから別人のように変わったんだ。好き勝手していた部下を捕えて、色々と減税や改革をしたりしてさ、そのおかげかな。景気が徐々に回復していったんだよ、それだけじゃない。領主様の所の騒がしいメイドが時々さぼりに来るんだが、その子いわく、軍を率いて、好き勝手していた犯罪者を倒す指揮をしたらしい。「領主様はすごいんだ」っていってたぜ。おまけにあの戦場の英雄と言われたブラッディ家との合同訓練とかもやってりしてさ。そのおかげか、治安の良くなって、領民たちも安心して暮らすことができるようになったんだ。それもあってさ市場に活気がもどったっていうわけさ」

「そうか……」



 俺の改革はちゃんと効果があったようだ。残念ながらヴァイスの頑張りは評価されていなかったようだが、それに関しては俺とロザリアがそれを知っているのだ。問題はないだろう……少し悲しく思いながらも納得した時だった。



「でもさ、思いだしたら、今の領主様が、子供の頃はよく使用人と街に来ては俺達の話を聞いて、どうすれば生活をはよくなるんだ? とか聞きに来てくれていたんだよな……フィリス様が養子になってからすっかり来なくなってしまったが……」

「え?」


 ヴァイスが領民の話を聞きに来ていただって……? ゲームでも知らない話に俺は思わず驚きの声を漏らす。



「だから……生まれかわったっていうよりも、昔に戻ったって言う感じかな。思えば最初の頃も慣れないなりに頑張っていたんだろうな。だから、うちの領主を悪徳領主っていうのはやめてもらえたら嬉しい」

「そうか……ありがとう……」



 店主の言葉に俺は思わず目頭が熱くなる。なんだよ……ヴァイスの頑張りをわかってくれていた人がここにもいるんじゃんないか……



「ご主人様、これで拭いてください」



 空気を読んだロザリアがあえて、俺の名前を呼ばずにハンカチを渡す。彼女の瞳もまた少し涙ぐんでいるのは気のせいではないだろう。ああ、そうだよな。彼女は誰よりもヴァイスを信じていて……悪評を聞いていたのだ。

 ヴァイスを認める声を聞くのは俺よりもずっと嬉しいだろう。



「ありがとう、店主。色々と興味深い話を聞かせてもらったよ」

「ああ、また来てくれよな!! ん-、でもどこかで見たことがある気がするんだよなぁ……」



 俺達は正体がばれる前に会計を済まして屋台を後にする。その足取りは来た時よりももずっと軽かった。







「それで……教会を運営しているシスターっていうのはどんな人なんだ? ロザリアの友人なんだよな?」

「はい、私の冒険者仲間のプリーストです。元々とある事情で冒険者をやっていたのですが、先任の神父さんが高齢で引退したので、冒険者を辞めて、ここの教会の運営と孤児たちの世話を引き継いでくれたんです。口は悪いですが根は真面目ないい人ですよ。ただ、めんどくさがりやなので、ヴァイス様のお願いを聞いてくれたらいいのですが……」



 口が悪いシスターってどんなんだよ……と思いつつ俺達は教会の扉に手をかける。領主だからハミルトン領では一番偉い俺だが、教会の人間は別だ。この世界では神が王や貴族に権利を貸しているという設定なため、教会の人間には拒否権があるのである。



「こら、あんたたち言う事を聞かないととおしおきするよ!!」

「わーー、お姉ちゃんこわいよぉぉぉ」



 教会の中からはそんな声が響く。子供もどこか楽しそうな感じなので虐待とかではなさそうだ。そこには金髪のシスターと数人の子供が追いかけっこをしていた。



「元気そうですね、アンジェラ。ヴァイス様をお連れしましたよ」

「その声はロザリアか……久しぶりだねって……あんたそれは……」



 アンジェラと呼ばれたシスターがロザリアに親し気な笑みを浮かべた後に、俺を見つめて凄まじい表情で見つめてきた。

 え、俺なんかやっちゃいました? もしかして、ヴァイスが何かやらかしてたのか?

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