第12話 ヴァイス=ハミルトン

「ヴァイス様、聞きましたよ。相手のリーダーを一瞬で倒したとか!! この前も助けていただきましたし、本当にお強いんですね。さすがです!!」

「あはは、ありがとう。本気を出せばこんなものさ」



 まあ、あの後は馬車で気を失って、ロザリアに無茶苦茶心配されたんだけどな。

 犯罪組織の襲撃が終わり、俺の評価も多少は変化したようだ。メグが興奮した様子で話しかけてきた。その瞳には尊敬の色が混じっている。

 そして、それはメグだけではない。遠くで俺をみている警備の兵士たちもどこか俺を敬ってくれているようだ。



「それにしても……ヴァイス様がなんだか昔に戻ったみたいで嬉しいです。フィリス様がいらっしゃり、後継者を変えると言った前に……」

「俺が昔のヴァイスに似ている……?」

「あ。今のなしで……不快にさせてしまいましたよね。申し訳ありません」



 口が滑ったとばかりにメグが気まずそうに逃げ出した。

 俺は彼らに挨拶をして執務室へと向かい仕事を始め、しばらくするとノックの音が聞こえた。俺のそばに控えていたロザリアが扉を開ける。



「失礼します。ヴァイス様、本当に良いのですか……民衆たちの税を一時的に減税した上に、貧困民に食料をくばるなど……」

「ああ、幸いにも、あいつらの屋敷にはやつらが隠し持っていた宝石や金があったからな。それに我が一族が蓄えていた隠し財産もある。これまで迷惑をかけた分、領民たちに少しくらいは良い事をしないとな……」

「まあ、確かにヴァイス様の評判は……」

「焼け石に水かもしれないがやらないよりはマシだろ? 君にも今までは迷惑をかけた。これからは色々と教えてくれると嬉しい」


 

 執務室へとやってきた文官に返事をすると、彼は言いにくそうに言葉を濁したので、俺が続ける。今回ので評判が上がったのは現場にいた兵士とそれを聞いた連中が中心である。

 民衆には他の方法で領主が心を入れ替えたと示すことが必要だった。そのためにはわかる形で行動をしなければいけない。生活に関わる減税はかなり有効なはずである。


 他にも、バルバロ達が商人から理不尽に金を集めたり、この国では禁止されている奴隷や麻薬に手を付けようとしていたので、それが広まる前に禁止できたのは嬉しい。これで多少は治安も良くなるはずだ。

 どこからそれらを仕入れたかはわからなかったが、取引のあった貴族の名前などは知れたし、及第点だと言えるだろう。

 しかし、これからなにがおきるか、何をすれば有効かなどはわかるが、領地の運営などの実務的な事はゲームの知識だけでは補えないのだ。彼らからこれからいろいろと学ぶ必要があるだろう。

 


「ちょっと色々と勉強したいんだが、なんかいい教科書みたいなものはないかな?」

「でしたら、前領主様の部屋を見て見るのはいかがでしょうか?」

「そういや、まだ入ったことないな……行ってみるか」



 文官と今後の事を話し終わった後にロザリアに訊ねるとそんな返事が帰ってきた。前領主……ヴァイスの両親か……実は彼らに関する情報はあまりない。まあ、そもそもヴァイス自体がサブキャラだからな……彼の義妹は主人公のヒロイン候補になるくらいなのだが……彼は所詮踏み台に過ぎないのだ。そんなキャラの両親にまで余計なリソースを詰め込めないという事なのだろう。



「ヴァイス様、大丈夫ですか?」

「ああ、問題はないさ……」



 俺はロザリアと一緒に前領主の部屋へと向かう。気のせいだろうか、なんか体が重くなってきたのだが……顔色も悪いのか、ロザリアが心配そうにみつめてくる。

 ドアノブかけた手が一瞬無意識に止まってしまった。なんだっていうんだ? 俺は自分の身体に違和感を感じながらも扉を開けると、そこには……「ヴァイス様!?」という心配そうなロザリアの声が聞こえ、俺は意識を失った。




 ようやくだ……ロザリアに習った闇魔術を自由に使えるようになった。そして、カイゼルに習って剣術も上達してきた。密かに練習をしてきた甲斐があったというものだ。これならば次期領主としても申し分はないだろう。きっと父上も俺を認めてくれるはずだ。そう思うと血のにじむような努力も無駄ではないというものだ。

 ある日父がどこかからフィリスを拾ってきてから、父の関心はあいつばかりになってしまったがこれできっと変わるはずだ。そんな期待を胸に抱きながら俺は父の部屋の部屋をノックする。



「ヴァイスです。今お時間をいいでしょうか?」

「いったいどうしたんだ? 私は忙しいんだが……これからフィリスが魔法学校で着るためのドレスを選びに店へいかなければいけないんだ」



 父の冷たい反応に俺は胸はずきりと痛む。フィリス、フィリス、義理の妹が来てからというものいつもそればかりだ。昔は俺の事を後継者だと、自慢の息子だと言ってくれていたというのに……

 


「申し訳ありません、父上。ですが是非とも見ていただきたいものがありまして……影よ。俺はようやく闇魔術のレベルが2になりました」



 俺の言葉と共に影がもう一人の俺となってその存在感を示す。これが俺の使える闇魔法レベル2である。これで中級魔法を使えるようになったのだ。15歳という年でここまで魔法を使えるのはそういない。王都の魔法学園でも上位だろう。

 血のにじむような努力をして手に入れた力だ。これならきっと父上も昔のように褒めてくれるはずだ。だけど、俺のその淡い期待はあっさりと砕かれた。



「なんだ……そんなものか……」

「そんなものって……お言葉ですが、俺の年でここまでできるのは一部の人間だけですよ。ロザリアもここまでできるようになったら一人前の魔法使いと名乗っていいって言っていたんですよ!!」



 俺の言葉を聞いても父上の冷めた表情は変わらない。なんでだ? 俺は頑張ったんだ。ロザリアだってこの歳でレベル2になれるのは天才だと言ってくれた。父を驚かせたくて、ここまでできるのはロザリアに内緒にしてもらうように言っていたのに……なのになんでこの人は認めてくれない。



「ふん、お前が拾ってきたメイドの言葉なんぞどうでもいいわ。それにフィリスなら4属性もお前と同じレベルまで到達しているぞ。まあいい、ヴァイス、お前は魔法なんて覚えなくてもいい。領主になるフィリスのサポートをするために、事務仕事を学んでおけ。お前がもうちょっと優秀ならフィリスとの子も期待できたが……あいつは外見も良い。王都で才能のある男を捕まえてくるだろうよ」

「フィリスが領主……ですか……」



 その一言で俺を支えていた全てが崩れていく気がした。だって、俺は子供の頃からここの領主になるべく育てられてきて……俺はそのために努力をしてきたのに……ぽっと出の義妹に全てを奪われるのか……?

 じゃあ、俺の努力はなんだったんだ? 父上がかつて俺にかけてくれた言葉はなんだったんだ? お前は私の誇りだと、大事な後継者だと言ってくれた言葉はなんだったんだ?

 その後俺はどうやって自分の部屋に戻ったのかいまいち覚えていない。ロザリアが何やら話しかけてきたが全てが煩わしかった。

 そして、逃げるようにして眠りついた俺を次の日の朝にまっていたのは買い物に行った父が何者かに襲われて死んだという報告だった。



 突然の訃報に家は大騒ぎだった。そして、臨時の領主に選ばれたのは俺だった。フィリスが屋敷にいればどうなったことかはわからなかったが、あいつは王都の魔法学園にいるのだ。そして、俺は領主としての仕事を始めた。

 領主としての仕事は多岐にわたり俺は毎度苦労をさせられた。新人だと舐められたのだろう、経理の担当が金を持ち逃げした。飢饉がおきたのでなんとかしようとしたら、余計な事をするなと怒られた。何をやっても怒られた。

 一生懸命やっているのにすべてがうまくいかなかった。そのたびに父が最後に言った「領主はフィリスがふさわしい」という言葉が頭をよぎり……そして、俺は全てがどうでもよくなった。

 ロザリアが優しく俺を励ましてきたが煩わしかった。カイゼルが俺をしかりつけてきたが、うるさいだけだった。そして、バルバロが俺に酒の味を教えてくれた。酒を飲むと辛いことを忘れられてその時だけは生きていていいのだと思える気がしたのだ。

 そして、俺はバルバロに全てを任せて酒に逃げたのだ。その結果、無様にも領民に刺されて生死をさまよった。



『これが親にも愛されず、何もできなかったヴァイス=ハミルトンの人生だよ。笑えるだろ?』



 真っ暗な闇の中で、俺の目の前で自虐的に唇をゆがめている男は今の俺と同じ顔をしていた。いや、俺が彼と……ヴァイスと同じ顔をしているのだ。



『お前はずいぶんとうまくやったみたいじゃないか。見事領民や兵士たちのご機嫌をとってさ……みんなお前の事は信頼しているみたいだな。本当に羨ましい限りだよ。お前がすごいのか……俺が無能すぎるのか……はは、これりゃあ父上が正しかったみたいだなぁ。本当に俺は領主に向いていなかったみたいだ』

「それは違うぞ。俺は……」

『違わねえんだよ!! だってお前はうまくやれてるじゃねえかよ!! お前が俺の記憶を覗いたように俺だってお前の記憶を覗いていたんだよ。お前は異世界の住人なんだろ!? この世界に不慣れなはずなのに俺よりもうまくやってるじゃねえかよ。俺よりも優秀じゃねえかよ!!』

「俺の記憶も見たか……だったらお前だって俺が優秀じゃないのはわかってるだろ……」



 俺の言葉に初めてヴァイスは気まずそうに顔を逸らした。そう、俺だって前世で別に優秀なわけじゃなかった。俺にも彼と同じように優秀な妹がいたのだ。彼との違いは両親がそんな俺を見捨てなかった事と、妹を特別扱いはしなかった事だろう。だからだろう、俺が行きたかった大学を滑り止めにするくらいの優秀な妹に劣等感を感じていたけれど、そのおかげもあって、俺は俺だとわりきることができたのだ。

 そして、俺は自分と同じ劣等感を持っていたヴァイスに興味を持って……いろいろと調べて推しになり……幸せにしたいと思ったのだ。



「だいたい俺が何とかなったのはゲームの知識をもっていたからだし、成功したのはヴァイス……お前が頑張っていたからだよ」

『何を言ってやがる。さっきも言っただろう。俺は何もできなかったって……何もなかったって……』

「そんなはずはないだろう!! お前が知らないわけないだろう。ロザリアの献身を!! そして、カイゼルの忠誠心はお前に左遷されても変わっていなかったよ。二人がお前の力になってくれたのは。元々お前が頑張ったからだろ!! そして、異世界の住人にすぎない俺があんなにあっさりと魔法を使えたのはお前が頑張ったからなんだよ!!」



 俺はいまだグチグチ言っているヴァイスに怒鳴ってしまった。だって……推しキャラが自分の事を自虐的にいっているのは耐えられないだろう?



「俺はあくまでお前ができたであろうことを効率よくやっただけに過ぎないんだ。お前もすごい奴だったんだよ!! お前がこれまで一生懸命やったから俺は成功できたんだ。お前の努力があったから今があるんだよ!!」

『そんな……俺はただ適当に……』

「違うだろ!! 領地運営だって一生懸命やったから失敗して悔しかったんだろ? 俺がお前を推したのは一生懸命頑張ってもうまくいかない辛さに共感したからだ!! お前の在り方に共感したんだよ。お前は俺の記憶を見たって言ったよな? だったらお前だってわかっているはずだ。俺がお前を推していたことを、俺が本気でお前を救いたいって思ったことを!!」



 俺の言葉にヴァイスは押し黙る。そして、しばらく沈黙した後彼は俺をまっすぐ見つめて言った。



『ああ、見たよ。お前が俺を本気で応援してくれたことも……本気で俺の未来を変えたがっていたって事も……あれが俺の……俺達の最期なんだな……なあ、俺の事はどうでもいい、ロザリアだけは助けてやってくれ……』



 俺の手を握って彼は懇願するように言った。自分のことよりもロザリアの事を想う彼を見て、俺はやはりヴァイスは俺の推しキャラなのだなという事を改めて感じれて嬉しい気持ちになれた。

 そう、彼は元々歪んでいたわけではないのだ……元々は一生懸命だけど、どこか不器用で……そして、俺に似ている青年なのだ。



「いやだね。俺はロザリアだけじゃなくて、お前の事も幸せにする気でいるんだ。だから、お前もロザリアも両方幸せにして見せるよ」

『ははは、欲張りな奴だなぁ……でも、そうだな。それくらい強欲じゃないとバットエンドをハッピーエンドになんてできないのかもな……ダメ元で神様に祈ったけれど、お前が来てくれてよかったよ。お前はさ……子供の頃の俺に似ているよ。何も知らなかった頃の俺にさ……だから、お前が俺に転生してできたのかもな……これからはロザリアと俺の領地を頼む』


 

 そういうとヴァイスの輪郭が徐々に薄れていく。ちょっと待った、俺は今お前も幸せにするって言ったばかりだろうが!!

 俺が彼の手の方に手を伸ばすと彼はさきほどまでの皮肉気な笑みではなく、どこか憑き物が取れたような笑顔を浮かべて俺の手を掴んだ。



「待てよ、どこに……」

『俺はお前と一緒になるんだよ……いや、正式にはお前が完全に俺になるというのかな……それが神との契約だからな。頼むぜ。ヴァイス=ハミルトン。お前ならこの領地を立て直し、俺とロザリアをハッピーエンドにしてくれるって信じているよ。それに……さっきの上級魔法は、すごかったよ……お前とならフィリスだって超えられるかもしれないな』



 その言葉と共に、今度は俺の胸がズトンと突き刺されるような衝撃に襲われる。妹を超える……超えられるって言ったのか? 妹との差に絶望していたお前が……

 だったらやってやろうじゃねえかよ!! ゲームで見たことの無い晴れやかな笑顔のヴァイスを見つめかえす。



「そうだな……たぶん俺一人じゃ無理だ……だけど、お前とならいけると思う」

『ああ、一人では無理でも二人ならできるはずだ。俺は眠るけどさ……頼むぜ。相棒』



 その言葉と共に俺の意識がどんどん遠のいていく。もちろん、俺の妹とフィリスは別人だ。だけど……それでも、俺は彼女を超えれば俺の胸のしこりもなくなる気がした。

 そして、再び闇へと落ちるのだった。


 






「ヴァイス様、ヴァイス様!!」

「ん? ロザリアか……」

「よかった。目を覚ましたのですね。領主様の部屋にいったらいきなり倒れて心配したんですよ。疲労がたまっていたのでしょうね。今はゆっくりとおやすみください……あれ? なんで泣いて……」



 ロザリアを見ると同時に、愛おしさと、申し訳なさ、そして、再び会えたという感情と共に、彼女とヴァイスの記憶が同時に襲ってくる。ああ、これはヴァイスの感情の残滓だ……お前がどれだけロザリアをちゃんと大切に想っていたかよりわかるよ。

 


「ロザリア……今までごめん……そして、ありがとう。ずっと俺を守ってくれてさ……今度は守るから……絶対幸せにするから」



 俺が泣きながら彼女を抱きしめると、ロザリアはしばらくあっけにとられていた顔をしていたが、まるで幼い子をあやすように抱き返して、優しく言った。



「もう、怖い夢でもみたんですか? 私はもう、幸せですよ。だって、一番大切な人の……あなたの近くにいれるんですから」



 ヴァイス……俺は誓うよ。彼女を守るって……この気持ちはあいつのものでもあり、俺の感情にもなった。俺はおまえの分も……いや、お前と一緒にこの領土を守るんだ。

 ロザリアは俺が泣き止むまで、ずっと優しく、抱きしめてくれていた。



『ヴァイス=ハミルトンと完全に同化しました。おさえられていたスキルが完全に同化します。また、これにより世界線が移動しました』



 どこかからか無機質な一言が響いた。




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ヴァイス=ハミルトン


武力 40→45

魔力 50→65

技術 20→25


スキル


闇魔術LV2

剣術LV2


職業:領主

通り名:無能悪徳領主?

民衆の忠誠度

20


ユニークスキル


異界の来訪者


 異なる世界の存在でありながらその世界の住人に認められたスキル。この世界の人間に認められたことによって、この世界で活動する際のバットステータスがなくなり、柔軟にこの世界の知識を吸収することができる。


二つの心


 一つの体に二つの心持っている。魔法を使用する際の精神力が二人分使用可能になる。なお、もう一つの心は完全に眠っている。


(推しへの盲信)リープ オブ フェース

 

 主人公がヴァイスならばできるという妄信によって本来は不可能な事が可能になるスキル。神による気まぐれのスキルであり、ヴァイスはこのスキルの存在を知らないし、ステータスを見ても彼には見えない。


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少し長くなってしまいましたが、これにて一章は終わりです。明日から二章になります。

お楽しみに。


星やレビュー、感想などいただけたら無茶苦茶嬉しいです。


特に今ランキングでいいところまで来ているのとモチベが上がるので……


良かったらよろしくお願いします


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