第39話 戦いを終えて

「ううん……」



 何やら額を覆う暖かい感触に俺は目を覚ます。無茶をしたせいか頭が痛い。目を開いた俺の目に映ったのは、まだ表情は硬いけど、わずかな笑顔を浮かべているアステシアだった。


「ここは……?」

「目を覚ましたようね、よかったわ。半日も眠ったままだから心配したのよ。ここはダークネスとか言う人が用意してくれた宿よ」

「そっか……俺を看病をしてくれたのか? ありがとう」

「好きでやっている事だから気にしないで。それよりも、体調はどうかしら? 少しでも悪いところがあったら言いなさい。それとお礼ならあなたの仲間にいう事ね。戦って疲れているでしょうに、限界になるまで、ずっと看病してくれていたのよ」



 彼女が指さすのは椅子の上で眠っているロザリアだ。ブランケットがかかっているのはアステシアがやってくれたのだろう。

 また、心配させてしまったな。そんな事を思っているとアステシアの服の中で何かがうごめいた。え、おっぱいがうごめいていて怖いんだけど!!



「きゃぁ、ちょっと!!」

「きゅーきゅー」

「ホワイト、お前も心配してくれたのか」

「ああ、モフモフ……」



 アステシアの胸元から飛び乗ったホワイトが、嬉しそうに俺の頬を舐める。確かにこれは癒されるな……むちゃくちゃ残念そうな顔をしている彼女には悪いが、俺がホワイトを撫でると嬉しそうに鳴いた。



「それにしても、この人凄いわね……呪いで私に嫌悪感を抱いているはずなのに「ヴァイス様が信じた方なら信じますって言って私に看病をまかせてくれたわよ。まあ、本当に辛そうなのに、目を覚ますところを見届けますって言って彼女も限界なのに起きようとしていたから、薬を飲んで寝てもらったけど」

「ああ、ロザリアは俺の最高のメイドだからな」

「本当にお互いに信頼し合っているのね、うらやましい」



 アステシアがまぶしいものを見るように俺とロザリアを交互に見つめる。つい、メイドといってしまったが、もう正体を隠す必要はないしいいか。

 それにしてもこの子結構薬使うな……治療などをするプリーストには必要な技能なのかもしれない。魔法では怪我は治せても病は治せないからな。ゲームではゼウスの加護による治療と、ハデスの加護による攻撃を使いこなしていたので、意外な一面を知ることが出来て嬉しい。



「アステシアもさ、呪いが解ければきっとそういう人ができると思うぞ」

「そうね、ありがとう……」



 俺の言葉になぜか、彼女は一瞬複雑そうな顔をした。これまでの辛い思い出を思い出してしまったのだろうか?

 俺は慌てて話題をかえる。



「そういえば今回の騒動はどうなったんだ?」

「ダークネスって言う人が大体解決して行ったわ。キースと、邪教に囚われていたカタリナは保護されて、近くの教会で暮らす事になるそうよ。今は残された資料を基に、潜んでいる邪教の人間退治に、奴隷を買った貴族や商人を調査するらしいわ。あとは……神父に化けていた男が私に罪をなすりつけようとした証拠が見つかったから、いくつか質問をされたわね。あの人も私の呪いが聞かなかったみたいだけど神獣の使い手なのかしら?」

「あー、ダークネスは十二使徒なんだよ。神の加護を強くもらってるからな、異教徒に対する耐性が強いんだろ」

「は? あの人が十二使徒? うそでしょ……」



 珍しく間の抜けた声を上げるアステシアに、俺がつい笑みをこぼすと、彼女はちょっと恥ずかしそうに顔を赤らめて、じとーっとした目で言った。



「なにも笑わなくってもいいじゃないの……でも、あなたのおかげで今回の件は解決したわ、本当にありがとう。神父様は残念だったけど……キース達や私たちは無事奴隷商人に売り払われずに済んだわ」



 彼女自身も辛い目にあったというのにキース達を心配できるのはすごいと思う。まあ、アステシアは奴隷になるんじゃなくて、今回の件をきっかけにハデス教徒になるはずだったんだが、それはおきなかった物語だ。わざわざいう必要はないだろう。



「ああ……そうだな。それで、アステシアはこれからどうするんだ?」

「ええ、そうね……あなたに呪いを解いてもらったら教会で神の導きに従おうと思ってるわ。神様のおかげであなたという救世主に会えたんですもの。これでゼウス神の与えた試練は乗り越えた。プリーストとして、この世を救うために活動してみようと思うの」



 アステシアは一瞬口ごもった後に、まるで事前に考えていたかのようにスラスラと答えた。その時の表情が何とも複雑で俺は違和感を覚えた。



 本当にやりたいことは別にあるのではないだろうか? それに……彼女は一つ勘違いをしている。



「それは……アステシアが本当にやりたいことなのか?」

「え……だって、私はそのために力を授かったのよ。みんな言っていたもの、私の力は特別なんだって。だから神様のために使うんだって。だから、今回も神様は私を助けてくれたのよ」

「それは違うぞ」



 アステシアの言葉を俺はまっすぐ見つめて否定する。ああ、まったくもって見当外れだ。ゼウスが何を考えて彼女に力を渡したのかはわからない。本当にこの世を救う聖女になってほしかったのか……ゲームの主人公と戦わせるための踏み台にするために力を与えたのか、そんな事はわからないし、どうでもいい。

 だけど、一つだけ俺だけが知っている真実がある。ゼウスは……アステシアを救わなかったのだ。闇落ちして苦しんでいるいるはずの彼女を救う事はなかったのだ。



 だから……彼女だってゼウスのいいなりに何てならなくていいんだよ。だって、彼女を救ったのは……



「君を助けたのは神様じゃない。アンジェラの願いが俺を動かし、俺達が敵を倒したんだ。君が感謝すべきなのは神じゃない。アンジェラなんだよ。だから、呪いから解き放たれたら君がしたいことをするといい。神の指示じゃなくて、自分が本当にしたいことをするんだ」

「何を言って……だって、あなたは神獣の加護をもって私のピンチにやってきて救ってくれたじゃないの。それが偶然だとでも言うの!?」



 信じられないとばかりに震える声で答えるアステシアに畳みかけるように俺は続ける。



「それは違うんだよ。俺がホワイトと契約できたのは俺の力だ。そして、君を救ったのはアンジェラと、俺……そして、アステシアが腐らずに、耐えてきたからなんだよ。決して神の力なんかじゃない」



 そう……俺がホワイトと契約できたのは偶然だ。まあ、強いてあげれば転生する前に聞いた変な声のおかげかもしれないが、あいつはなんだかよくわからんしな。



「だから、アステシアはもう自由に生きていいんだよ」

「でも……いいの? だって、私は神様の力をもらって……」

「いいんだよ。神様は力をあたえたかもしれないけど、救ってはくれなかったろ? だったらさ、もらい逃げしちゃえよ。今まで苦労したんだ。それくらいしてもバチはあたらないだろ。なにかあったら俺も神様に怒られてやるからさ」

「もらい逃げって……」



 俺の言葉に目を見開いて、驚いていたアステシアだったが、クスリと笑う。その笑顔は、これまでで一番楽しそうだった。



「まったく……聖女候補だった私に神様を裏切れなんて悪い人ね。だけど……ありがとう。なんか楽になったわ。まだ、やりたいことはわからないけど、落ち着いて考えてみようと思う」

「ああ、何かあったら、ハミルトン領を頼るといい、そそのかした責任はとるぜ」

「ふーん、言質はとったわよ」

「ヴァイス様……?」



 そんな風に軽口を叩きあっていると、寝ぼけ眼のロザリアと目が合った。彼女は俺を見つめると、その瞳が大きく見開かれてぽろぽろと涙をこぼし始めた。



「ロザリア、俺は大丈夫……」

「ヴァイス様!! 本当に心配したんですよ!! よかった……本当に良かったです。あなたがこのまま目を覚まさなかったら私は……」

「うおおおお」

「きゅーー!?」



 椅子から跳ねるように起き上がったロザリアがそのまま抱き着いてくる。彼女の豊かな胸に包まれて、俺は反論どころではなくなる。

 ああ、くそ……こんなに心配させちまったんだな……



「ロザリア、ごめん。俺は……」

「私もっと強くなります。どうせ、ヴァイス様はまた誰かのために無茶をするんでしょう。だから、ヴァイス様が無茶をしても支えれるように……それと、魔力を上げる特訓をしましょうね。いつも以上に厳しくしちゃいますからね」

「……ずいぶんとお熱いのね……あとは二人でゆっくりしなさいな。いい宿だから防音もしっかりしてるから安心して」



 なにやら複雑な顔をしたアステシアが付き合っていられないとばかりに立ちあがった。待った、なんか俺とロザリアの関係を勘違いしてないか?



「その……二人ともありがとう。私は自分の道を探してみるわ」

「ああ……応援するぞ」



 部屋を出る前にアステシアは顔を真っ赤にしてお礼を言って去っていった。その後、俺はむちゃくちゃ心配しているロザリアを落ち着かせるのに一苦労するのだった。

 


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この作品メインヒロインは誰なんだろうか……ロザリアのヒロイン力が強すぎる……

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