第19話 アイギスという少女

私は昔から観察力が鋭かった。


 ブラッディ家は戦場で活躍して成り上がった貴族だ。だから、女である私もまた当たり前の様に剣術や戦い方を習った。そして、訓練を経ていくうちに私の観察力はどんどん研ぎ澄まされていき、やがてそれは向かい合っている相手がぼんやりとだが、何を考えているか、わかるまでに至った。



「アイギスはすごいな……それは『心眼』といってね、強力な力となって君を守ってくれるだろう」

「そうなの? でも、私はこの力あまり好きじゃないわ。だって、相手が嘘をついている時わかってしまうんですもの……」



 父が心眼と呼んだその力は確かに戦いでは有利だった。でも、日常生活ではそうでもなかった。お世辞や駆け引きなどが当たり前の様に行われる貴族社会では枷になったのだ。

 嘘を見抜きそれを利用するほどの頭や器用さがあれば話は別だっただろうけど、あいにく私はあまり頭がいい方ではなかった。何かを考えるよりも剣を振るっていたほうが性にあうのだ。その結果徐々に嘘をつく人間の多さに人間自体が嫌いになっていき、私はパーティーなどを仮病を使ってさぼるようになった。

 私の様子を見て心配してくれたに父に相談すると、笑いながら答えてくれる。



「実はパパもそうなんだよ。戦い以外はからっきしでね……昔はよく利用されたものさ。だからアイギスは信頼ができて、頭が良い運命の人を探しなさい。そうすれば君は幸せになれるはずだ。きっと君を導いてくれるだろう」

「そうかしら……、パパはそんな人に出会えたの?」

「ああ、ママだよ。だからかな、ずっと頭が上がらないんだ。だけど、とても幸せだよ。可愛い子供達にも恵まれたしね」



 恥ずかしそうに頬をかく父を見て、私もいつかそんな人に会えるかなって夢を見たものだ。このころはまだブラッディ家も平和だった。

 それが一変したのは母が未知の病をにかかってからだった。父はあらゆる伝手を使って、治療法を探したが一向に見つける事はできなかった。



「どうすればいいんだ……?」



 徐々に体調が悪化していく母を見て、父は焦っていく。そして、信憑性がないものや、信頼できるかわからない人物にまで頼るようになる。



「パパ……そんな人を信じちゃだめだよ……」

「すまないな、アイギス……それでも可能性があるなら賭けてみたいんだ」



 追い詰められた父には私に言葉は通じなかった。私が見れば嘘だとわかるというのに聞こうともしない……いや、聞きたくないのだろう。偽りでも希望にすがりたかったのだろう。

 ブラッディ家は戦いで活躍し続けたこともあり、お金はたくさんあり、領地も大きかった。だから利用してやろうという人物も多かったのだ。そして、そいつらは父だけでなく私にも声をかけてきた。



『私ならばお母さんを治せる人を知っているよ』



 こちらを利用して金を稼ごうとした詐欺師に声をかけられた。嘘だと見抜いた私はそいつを殴り倒して追放させた。



『治療方法だって、きっと見つかるはずだ。私と一緒に探そう』



 善意だけで声をかけてきた父の友人は、しばらく調べても成果がでないとわかると、簡単にあきらめてしまった。



「みんな嫌いだ……誰も救ってくれないんだ……だったら、私は誰とも関わりたくない」



 だから私は全てを拒絶することにした。父に頼まれて誕生日パーティーには出席したけれど、誰とも仲良くする気なんてなかった。

 だけど、そこで私は不思議な少年に出会った。最初、話しかけてきた時はこちらに媚を売ろうとしていて、他の人間と変わらないなと失望していたけど……

 父が怪しい連中と密会しているのを見て、動揺していた私が、つい事情を話すと彼はこういったのだ。



 信じてくれなくてもいい、勝手に救うと……そのかわり自分の領地を守ってくれと…t年



 それは私への同情と打算に満ちた提案だった。だけど、そう言う彼は真剣に私の母を救う方法がないかを考えているようだった。少なくともだますつもりないようだ。そもそも彼とは先ほど会ったばかりだ。私のために頑張る理由がない。だからこそ、私は善意だけで動く人間よりも彼を信用できたのだ。


 そもそも善意だけで提案されても信用はできない。最初は頑張っていても困難があるとすぐにあきらめてしまうだろう。対価があるからこそ人は動くのだ。それこそ英雄譚にでてくる主人公ならば100%の善意で救ってくれるかもしれないが、今の私はそんな人物の存在を信じるほど夢見がちではなくなっていた。



 後日、私は彼の屋敷を訪れた。期待しないように……期待しないようにと自分に言い聞かせる。それでも、わずかな可能性な希望を抱きながら……

 そうして彼と会い、薬の事を聞くとこう答えてくれたのだ。



「ああ……それならご安心を……解決の目途は立ちましたよ」



 私を安心させるように微笑んでくれた。心眼を使った私ならばわかる。彼は本当の事を言っているのだと……

 治療法が見つかったという安堵の感情、私が安心するだろうという優しい感情、これでブラッディ家とコネができて領地を守れるという感情……色々な感情が入り混じっていたが嘘をつこうという感情はなかった。



 ああ、彼は本当に見つけてくれたんだ……これでお母様は治るのだ。

 


 そう悟った私は人前だと言うのに泣いてしまったのだった。しばらく、号泣した後に私は自分の力について話すことにした。すぐに信用した私を怪訝に思っているし、彼の思惑はどうあれ、力をかしてくれるのだ。こちらだけが隠し事をしているというのはフェアではないだろう。



 人の感情が読める……それは他人からしたら不快だろう。正直不気味がられると思い、ドキドキとしながら話したのだが、彼の反応は予想外のものだった。

 嫌悪するどころか私を心配してくれたのだ。その表情には嘘は無くて……それが本当に嬉しくて、私はこれまで言ったことのないお願いを他人にした。



「じゃあ……その……私と友達になってくれるかしら」

「もちろんですよ、アイギス様。俺でよければお願いします」



 彼が笑顔で返してくれた時私は再び泣きそうになってしまった。そして、私は直感する。即座に母を救う方法を見出す知識量、そして、私の力を知っても偏見を持たない器の大きさ、この人が父にとっての母のような……私の運命の人なのだ。

 だから……私は自分の胸に誓う。彼を守ろうと……そして、彼が何をするか見たくなった。

 


 彼にお礼を言って、去ろうとした時だった。彼は神霊の泉にメイドと……ナイアルとかいう男と行くと言った。

 それを聞いて私は気が変わった。ナイアルは……よくわからない胡散臭い男だ。なぜなら彼は……心眼を使っても感情が読めないである。

 もちろん、そういう人間もいた。例えば、王宮で処世術に長けた百戦錬磨の貴族や、感情を一切見せない暗殺者などだ。だが、彼はただの貴族の子息だったはずだ……ひょっとしたら何かがあるかもしれない。下手したらヴァイスが危ない……気づいたら私はヴァイスに同行することを申し出ていた。


 彼は困った顔をしながらも了承をしてくれた。


 図々しい女だなって嫌われたりしないかな? そう思われるのが怖かったけど、私のお願いで彼がピンチになるのは嫌だったのだ。

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