第20話 ヴァイスと神霊の泉
神霊の泉はかつて神々が地上に降臨した時にできたものと言われており、泉の水には傷や病を癒したりと不思議な効果があるのだ。そして、神霊と呼ばれる意志を持った魔力や、神獣という契約者に強力な力を与える獣たちの憩いの場でもある。
ちなみにゲームでは今回のような治療薬を入手するイベントや、神獣を仲間にするイベントなどで何回も来たものだ。そのおかげもあって道は覚えている。
「本当にこんなところに神霊の泉があるの? あなたの所の領地でしょう?」
「まあ、うちは金がないからね、未開発の森とかがあるんだよ。そこが実は神霊の泉なんだよ」
「ふーん、でも、なんでそんなところをヴァイスが知っているのよ?」
アイギスがきょとんとした顔で訊ねる。もっともなんだけど、この世界はゲームで、俺は異世界転生してきたんだ。って言ったら正気を疑われそうである。
かといってアイギスに嘘は通じないし、つきたくない……どうしようかと思っていると意外な助け船がきた。
「それは……」
「親友殿は勉強熱心だからかな、色々調べたんじゃないかなぁ?……ううう、気持ち悪い」
「ちょっと、吐かないでよね!! 果実水があるからそれでも飲みなさい!! 少しはマシになるわよ」
「大丈夫ですか、ナイアル様。奥なら横になれるので、辛くない姿勢で寝てください」
ナイアルは馬車に弱いのか、口を押さえながら青白い顔でこっちを向くと、馬車の中で吐かれてはたまらないとばかりに、アイギスが叫んで、果実水の入ったコップを渡す。彼はそれを受け取るとさっそく寝転がった。一応自作の酔い止めを飲んでいるようだが、効果は薄いようだ。
辛そうなナイアルを見て、気がそれたのか、彼女は話題を変えた。
「もう……貴族なのに馬車に弱いなんて……でも、これでお母様が治るのね」
「ああ、元々その病気はマンドラゴラの根が原因で作られた病気だからな。神霊の泉で浄化したマンドラゴラのエキスを飲めば治るはずだ」
ゲームでは主人公たちが治療方法を確立したが、今の段階ではハデス教徒たちしか治療方法を知らないはずだ。そして……あいつらは俺が治療方法を知っていることを知らない。
今はハデス教も水面下での活動をしているだけで、病の話もアイギスの母くらいしか聞かないが、今後はわからない。今のうちに神霊の泉を確保して、薬の生産をしておけば遠い未来でも役に立つだろう。
「ヴァイス様つきましたよ」
「ああ、ありがとう」
「ここが神霊の泉がある森なのね……あれは神霊かしらね。すごく綺麗ね……」
感嘆の吐息を漏らす彼女に無言でうなづく。太陽光を遮るほど木々が茂っており、神霊たちがなにやらチカチカと蛍のように光が飛んでいるその光景はとても幻想的で……ここが異世界なのだと俺に強く意識させる。
それに、ゲームでみたムービーより何百倍も綺麗だ。やはり文明が発達したCGでも生には勝てないという事だろう。俺は思わず感嘆の吐息を漏らす。
「デートで行ったら受けがいいだろうな。いつか行ってみたいもんだな……」
「な……あなたね、今はそれどころじゃないでしょう!! それにそういうのは何回かお茶会でお話をしてから誘うものよ!!」
俺の言葉になぜかアイギスは顔を真っ赤にして、唇を尖らせた。え? なんで怒ってんの? そんな空気を破ったのはナイアルだった。
「よかったぁぁぁぁぁぁ、ようやく地面だぁぁぁ。吐きそうだったよ」
「ナイアル様、大丈夫ですか?」
馬車から解放されたナイアルが喜びの声を上げた。それをロザリアが心配そうに声をかけている。せっかく感動していたというの……まあ、なにはともあれ神霊の泉のある森についた。
「ここからは魔物と遭遇するかもしれないから、気を付けてくれ。道を知っている俺が先頭を歩くから、一番後ろはロザリアが頼む。ナイアルは使えそうな薬草があったらついでに採取するから教えてくれ。アイギスは……」
「任せなさい。私も戦うわ」
そういうと彼女は使い古された剣を掲げる。子供用なのだろう。その刀身は彼女でも振り回せるくらい短かい。
成長したら強キャラとはいえ今は少女なんだよな。ゲームでつかっていた魔剣も持っていないみたいだし、あまり無茶はさせない方がいいだろう。
「ありがとう、アイギス。だけどここは俺を友人として君の騎士にさせてくれないか。ここは俺の領土だからエスコートさせてくれ」
「ふーん、そこまで言うならいいけど……」
そう言うと彼女はなぜかもじもじしながら剣をしまった。ふふふ、ちょっと話して気づいたが、この悪役令嬢は友達扱いをされると慣れてないからか大人しくなるのだ。
ゲームでの言動と彼女との中庭でのやりとりから考えるより力で何とかしようってタイプっぽいからな……暴走されたらちょっと怖いので制御方法を見つけたのはでかい。
「ねえ、ヴァイスってなんか将来すごいクズ男になりそうじゃないかなぁ?」
「そうですね……ちょっとヴァイス様の将来が不安になりました。でも、ヴァイス様に騙されるなら私は本望ですよ」
「お前な……てか、ロザリアまで……」
「うふふ、冗談ですよ、ヴァイス様。でも……アイギス様と仲良くするのも構いませんが私の事も構ってくれなきゃダメですよ」
俺はこっちを見てひそひそと喋っている二人にジト目でつっこむと、ロザリアが冗談めかしてウインクをする。
「当たり前だろ、おれとお前はいつまでも一緒だよ」
「ありがとうございます。その言葉だけで幸せです」
「僕はなんでイチャイチャを見せられてるのかなぁ!!」
「うふふ……友達……嬉しい……」
アイギスはなにやらにやにやと笑っており、ナイアスがげんなりしているが気にしない。なにはともあれ進む順番も決まった。
そして、神霊の森へと入るのだった。
「思ったより体力を使うねぇ……」
「獣道を歩いているからな……平地より疲れる上にいつ魔物が襲ってくるかもわからないから気を使っているんだ仕方ないさ……」
「鍛え方が足りないのよ、武力は大抵の事を解決する……それがブラッティ家の家訓よ」
「疲れたら休憩をしましょう。お腹が空いたときにようにお弁当のようなものを作ってきたので楽しみにしていてください」
しばらく歩くとナイアルの愚痴る。まあ、気持ちはわかる。結構辛いわこれ……てか、うちの女性陣が強すぎる。ロザリアはともかく、アイギスも息一つきらしてないんだけど……というかブラッディ家の家訓やばくない? 脳筋過ぎるだろ。
「ここには魔物がいるらしいけど全然会わないねぇ。このまますんなりと神霊の泉に着くんじゃないかな?」
「お前な……それはフラグって言うんだよ……」
「フラグ……?」
俺の言葉にアイギスがきょとんとする。まあ、こっちの世界の言葉じゃないからな。前世の世界の言葉はあまり使わない方がいいかもしれない。
などと思っていると何かが争うような叫び声が聞こえた。
「ほら、ナイアルが余計な事を言うから!!」
「僕が悪いのかなぁ?」
「ヴァイス様、この音……争っているようです。もしかしたら領民が迷い込んでいるのかもしれません」
「助けに行くわよ!!」
俺達は足音に気をつけながら音のした方へと向かった。そして、そこで俺達が見たのは、小さなウサギの様な獣が、ゴブリンに襲われている場面だった。
いや、あれは……ウサギじゃねえ!! 神獣だぁぁぁぁぁぁ!!!
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