第90話 VSパンドラ

「間に合えぇぇぇ!!」

「きゅーーー」


 ピュラーを捕らえた俺はロザリアにメモを残し、急いでアステシアがいるであろう教会へと駆け出していた。ロザリアも気になるが、ハデス十二使徒であるパンドラを相手している彼女の方が危険だろう。

 ゲームで闇落ちをしていた彼女の顔が思い出される。いつも無表情で世界そのものがつまらなそうにしていた彼女……幸せを知らずに死んでしまった彼女……そして、俺の推しでもある彼女……そんな彼女がようやく俺に笑顔を見せくれるようになったのだ。



「アステシアは俺が守る!!」

「きゅーーー」



 不安がっている俺を元気づけるかのようにホワイトが、首筋をなめる。不思議と落ち着く感覚に感謝しする。

 そして、教会が見えてきた時だった。まるで黒い爪のような何かが建物の壁ごと人影を切り裂いたのが見えた。

 俺はあれを知っている。ハデス教の邪教魔法である。



「アステシアァァァァ!!」



 最悪の予想が脳裏を思い浮かび後先考えず駆け出す。まさか、説得をできないとあきらめたパンドラがアステシアを手にかけようとしているのか?

 だけど、そこで繰り広げられていたのは予想外の光景だった。



「十二使徒っていうのも大したことはないのね。それとも私が強くなりすぎちゃったかしら?」

「まさか!! まさか!? まさか!!!?? 本当にハデス様を信仰しないで力を使いこなす!? ハデス様の教えを知りながら、受け入れない!? あなたおかしいですよ!! これが本当の聖女の力ということですか? ゼウスの加護によって精神が守られているってことですか!!」

「聖女? ゼウスの加護? それはちがうわ。私はただの恋する乙女よ。ヴァイスの力になるために頑張っているだけよ。まあ、自分の好き勝手に生きて、信仰を言い訳にして、自分の言うことしか聞かないお人形さんばかり作っているあなたには、誰かのために戦うっていうのはわからないでしょうけどね」



 攻撃を受けたせいかローブははだけ擦り傷がところどころ痛々しく、肩で息をしているパンドラと、漆黒の闇のようなオーラを纏いながら馬鹿にするような目で見つめ余裕たっぷりにパンドラの方に歩み寄っているアステシアだった。

 あれ、なんか思っていた状況と違うんだけど。どちらかというとアステシアの方が悪役っぽいんだけど!!

 まさか、あいつゲームと同時に闇落ちしてるんじゃ……



「アステシア、無事か?」

「きゅーー!!」

「ヴァイス、ホワイト。助けに来てくれたのね!!」



 俺が彼女の方に駆け寄ると、漆黒のオーラはすっかり消えて、ぎこちない笑みを浮かべながら抱き着いてくる。

 よかった。彼女はまだ正気なようなだ。俺は彼女のぬくもりと柔らかい感触を感じながらも、一切エッチな気分にならないことにちょっとした恐怖を覚えながらも抱きしめかえす。さっきの薬の効果かな? ねえ、これまじで永続効果じゃないよな?

 もっとこうしていたいが、感動の再会を堪能している場合ではない。目の前のパンドラを倒さなければ……と思っているのだが、なぜかアステシアは俺の胸元に顔をうずめたまま動かない。てか、くんくん匂いを嗅いでません?



「おい、アステシア、そろそろ離れ……」

「ねえ……あなたからピュラーの匂いがするんだけど、私が大変な時に何をやっていたのかしら?」

「ひっ!?」


 

 ハデス教の加護だろうか、すさまじい力で抱きしめられて、骨がミチミチと悲鳴を上げている。なんかアステシアさんから漆黒のオーラがあふれ出しているんですけど。こわいよぉぉぉぉぉぉ!!



「あのですね……ピュラーはその女……パンドラの部下だったんですよ、それで誘惑されてですね……」

「きゅ……きゅー……」

「ふぅん、まあいいわ。今はそれどころじゃないですものね。それに……私を助けるために必死に走ってきてくれみたいだから許してあげる」



 冷や汗を流しながら思わず敬語で事情を説明していると、アステシアが少し拗ねたような顔をしながらも解放してくれた。彼女の迫力にホワイトもビビってんじゃん。

 でも、パンドラが何もしかけてこなかったのはなんでだろう。それこそゲームでのようなターン制バトルではないのだ。攻撃してきてもいいものだが……



「なんで彼女はハデス様の教えを受け入れない……なんで……おかしい? だって、他の人はみんな受け入れる素晴らしい教えなのに……」



 え、なんかむっちゃ一人でぶつぶつ言ってるんだけど!! 空虚な目で地面を見つめてつぶやいているパンドラを見てちょっと引いてしまう。

 その様子に攻撃していいか一瞬悩む俺だったが、もちろん俺の仲間は躊躇なんかしない。



「神の雷よ、我が敵を浄化したまえ!!」



 神の雷がパンドラを襲い爆発と共に砂煙が舞う。流石アステシアさん、相手のメンタルがやばそうでも一切躊躇しないで攻撃したぁ!!

 そして、俺ももう躊躇するような甘い感情は捨てた。



「常闇を司りし姫君よ、我にしたがい、その力を振るえ!!」



 詠唱と共に、俺の影が力を変え、巨大な人影と化す。そして、その影は自らの身体を帯のように伸ばし、パンドラに襲い掛かる。

 当たれば一撃必殺の魔法だが不思議と感触がないことに嫌な予感を覚える。



「ああ、そうですね、そうですよね……試練が足りなかったんです。信頼や愛なんかで乗り越えれる程度の困難では足りなかったようです。ハデス様申し訳ありません。私がアステシア様だけでなくその友人まで救いたいなどと中途半端なことを願ったからですね……彼らを壊してでもアステシア様だけでも救いましょう」

「な、なによあれ……」



 砂煙からあらわれたのはまるで天啓でも得たかのようにやたらと目を輝かせているパンドラと、彼女の背後に人型の漆黒の闇が浮いており、俺の闇魔法による帯をつかみ取っていた。

 新手のスタンドか!! などとふざけている場合ではない。俺はあれを知っている。ゲームのラスボスであり、俺とも一度戦った相手……



「あれはハデスだ……」

「なんですって?」

「まずはアステシア様の瞼と両手両足を切り取って、目の前で大切な人を一人ずつゆっくりとなぶってあげましょう。まずはヴァイス様……あなたです。よかったですね、あなたの命でアステシア様が救われるのです」



 そういって彼女は無邪気ば笑みを、不気味なくらい礼儀正しく、礼をして名乗りを上げた。



「私はパンドラ……ハデス十二使徒が第七位『教祖』のパンドラと申します。加護は『神意』……周囲の信仰心を依り代にしてハデス様の力をつかうことができるのです。そして、ヴァイス様を殺し、アステシア様を救う存在です」



 その一言共に圧倒的なプレッシャーを感じる。あの時はモブハデス教徒だったが、今回はハデス十二使徒が正式に召喚したハデスである。

 俺の頬を冷や汗がたれるのを感じた。





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おかしい……パンドラよりもアステシアさんの方が怖い気がする……

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