第91話 パンドラの力

圧倒的な圧力を放つパンドラの存在に俺は思わず生唾を飲み込んだ。ゲーム前に死んだ十二使徒だから大したことはないと思っていたが、予想外の隠し玉を持っていやがったな。条件付きとはいえラスボス召喚かよ!! チートすぎない? なろう小説かな?

 しかも、俺の生命を喰らう王級魔法との相性は悪すぎる。あいつが使うのはあくまで信仰心が具現化したハデスの分身だから生命力がないのだ。



「アステシア様……先ほどあなたはハデス様の力を使えるようになったとおっしゃってましたね。本当のハデス様の力をみせてあげましょう。我が神の爪よ、我らが敵を貫け」



 パンドラの背後のハデスが漆黒の爪を振るうと、三日月のような形をした真っ黒な刃のようなものが飛んできたので咄嗟に受け流す。すさまじい衝撃と共に、硬い金属が悲鳴を上げる音が鳴り響く。その一撃を受けただけで俺の両腕がしびれて、思わず剣を落としそうになる。

 しかも、受け流した黒い刃はそのまま背後のレンガ製の壁を紙のように切り裂くのが見えた。おそらくダインスレイブじゃなかったら受け流すことすらできなかっただろう。



「ヴァイス!!」

「きゅーきゅー!!」

「大丈夫だ、アステシア、ホワイト!!」



 心配そうにしている二人に笑顔で答えるが、もちろん余裕はない。なんだよ、この力は……しかもこいつ、俺の腕を狙ってやがったな。どうやらパンドラはマジで俺の四肢を切り裂くつもりらしい。

 こちらの必殺技は通じずに、相手の一撃は必殺クラス。完全にクソゲーである。



「おや、おかしいですね……私の『神意』はこの街の住人の信仰心を力にするのですが、この程度の威力とは……」



 自分の攻撃を見てきょとんとした顔で可愛らしく首をかしげるパンドラ。まじかよ。どうやら、これでも本調子ではないようだ。



 ああ、これは勝てないな……



 とか、前世だったら思うんだろうなぁぁぁぁ!! だけど、俺はヴァイスで、今は推しが俺を頼りにしてくれているのだ。それに……ゲームではアステシアはパンドラを倒しているのである。だったら、負けるはずがない。



「アステシア、多分俺だけじゃ厳しい。サポートじゃないな……一緒に戦ってくれ!!」

「何を言っているの。当たり前じゃないの。強くなった私の力をみせてあげるわ」

「きゅーきゅー!!」



 流石俺の推しである、あの攻撃を見て、ビビるどころか嬉しそうにほほ笑む。そして、忘れるなとばかりに、ホワイトがその存在を主張する。



「我が神よ、我らが騎士に力よ!! 足を!!」

「うおおお、すげえー体が軽くなった。いくぞ」

「ハデス様のすばらしさを知って、なお、ゼウスごときの力を借りるなんて……本当に残念です。我が神よ、この身をお守りください」



 身体能力があがった俺の一撃をハデスの腕が受け止める。金属すらも切り裂く圧倒的な切れ味を持つダインスレイブでも、ハデスの前ではなまくら刀と同じようだ。

 そして、こちらを握りつぶそうと、もう一つの腕がすさまじい速さでむかってくる。



「無駄ですよ、ヴァイス様。その剣もかなりの魔力を持っていますが……私の信仰心を超えるようなものではありません。今、ハデス教徒になってくださるなら、ハデス様に粗相をしたバツとして両目をえぐるだけで許してあげますよ」

「そう……じゃあ、私の力なら通じるわね。だって、私の信仰心は常にこの身を焦がすほどですもの。あなたごときの信仰心に何て負けないわ!! 神の雷よ、我が敵を浄化したまえ!!」



 不意打ち気味に放たれたアステシアの神の雷だったが、俺を襲おうとしていたハデスの腕が方向転換して、パンドラを持ち上げて宙に舞う。そして、どういう原理かそのままハデスも、パンドラの背後へと戻っていく。



「残念ですが……ハデス様は私を常にお守りしてくれているのです。その程度の攻撃当たりませんよ」



 どこか恍惚とした表情で、パンドラが地面に着地する。攻防一体のハデスを身にまとうパンドラに俺たちは決定打を見つけることができない。



「くっそ、こっちの攻撃は通じないうえにあっちの攻撃はやばい。流石は十二使徒か……」

「だけど、大丈夫よ。だって私のそばにはあなたがいるもの。この程度の試練は乗り越えられるって信じているわ」

「アステシア……」



 熱い視線を送ってくるアステシアに俺は気を引き締める。そうだ、俺には彼女がいる。弱気になってなんていられない。考えろ。あいつを倒す鍵はアステシアのはずだ。

 しかし、そんな俺の思考はパンドラの横やりによって遮断される。



「ヴァイス様、アステシア様!! いいですね、素晴らしい信頼関係です!! やはり人と人は支え合って生きていかなければいけませんからね。そして……そんなに信頼しているヴァイス様が死んだときにどれだけの衝撃が襲うでしょうか……? でも、ご安心ください。アステシア様のことはハデス様が救ってくださいますからね!! 我が神の爪よ、我らが敵を貫け!!」

「俺の死は確定かよ……」

「本当に頭がいかれてるわね。ヴァイスが死んだら絶対生き返られせてあげるから安心しなさい。この世のすべての禁忌をおかしてでもね」



 ハガレンみたいなことをしでかしそうなアステシアの言葉に冷や汗を流しながらも再び襲ってくる黒い刃を受け流して、俺は気づく。


 あれ、威力が無茶苦茶弱くなっているんだけど?



 先ほどと同様に弾いたはずなのに今度はあっさりと受けながせてしまった。



「おや?」



 そして、その違和感を感じたのは俺だけではないようだ。パンドラも不思議な顔をしている。しかも、心のなしかハデスの放つ威圧感が弱まっているようだ。

 


「何で……ですか、これは……まさかハデス様への信仰心が弱まっている? そんな……ありえない。この街には何人ものハデス教徒が潜んでいるというのに!!」



 パンドラが信じられないとばかりに叫びながら黒い刃を放つが、今度は俺の前に現れた氷の壁によって受け止められる



「ヴァイス様、アステシアさん、ご無事ですか!! だいぶ遅れてしまいました。申し訳ありません」

「流石ね、あなたもパンドラの罠を乗り越えたのね!!」

「ロザリア!! 助けに来てくれてありが……その腕は……?」



 俺たちとパンドラの間に槍を構えたロザリアが割り込んでくる。いつものように俺を安心させるように笑顔を浮かべるが、片腕の関節が外れているのか、ぶらりとしているのが痛々しい。



「ヴァイス様……私の事は大丈夫です。そんなことよりも大事なお話が……」

「ロザリアの事よりも大事なことがあるはずがないだろ!! アステシア!!」

「わかっているわ。傷を癒えよ!!」



 自分の事を後回しにしようとするロザリアの言葉を無視してアステシアを呼ぶと彼女も同意見だったのか即座に治療してくれる。

 彼女の腕が治るのを見て、俺はほっと一息つく。



「ヴァイス様……アステシアさん……」

「くっそ、ハデス教徒め!! 俺のロザリアを傷つけやがって、絶対許さないからな!!」


 

 ロザリアを傷つけられたことによって、怒りの感情が湧き上がり、パンドラを睨みつける。だが、なぜか傷を負っている本人は頬を赤らめていた。一体どうしたんだ?



「いえ……この傷は……ああ、でも心配されて喜んでいる自分がにくい。それと……街にいたハデス教徒の殲滅作戦がはじまっているのでご安心ください。不思議な事に彼らは町長の元に集結していましたからね。ヴァイス様の兵士たちが今事倒しているでしょう。あとは、この方がヴァイス様の言っていた十二使徒……でしょうか?」

「な……だから私の力が……」



 ロザリアの言葉一番反応をしたのはパンドラだった。ああ、そうか。なんで邪教を禁じているのに、ハデス教徒のこいつが普通に街を歩いているのかと思っていたが、町長のドノバンとグルだったのか。そして、こいつの力が弱っているのは、ハデス教徒が減っていっているからだろう。



「パンドラ……お前の負けだよ。俺の大切なロザリアやアステシアを傷つけたことは許しはしないが、抵抗をやめるならば命だけはたすけてやるぞ。俺は優しいからな、両目をえぐったりはしないから安心してくれ」

「あははははははははは!! 助ける……? 何を言っているのですか? まさか、この程度で私を追い詰めたつもりなのですか? 甘い、実に甘いですね、ヴァイス様。これは試練なのです。ハデス様が私の信仰をためしてらっしゃるのでしょう。あははははは、お見せしましょう!! これが私の信仰の本当の力です!!」



 盲信的な輝きを持った瞳をして狂ったように笑うパンドラの背後にいたハデスが、彼女と重なり合い、弱まっていた圧力が再び増していく。



「おみせしましょう。これが私の奥義……私の信仰心と命を代償に私がハデス様になるのです!!」



 パンドラは狂ったように、だけど、恍惚とした表情で笑った。



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 信仰相手=ヴァイス

 アステシアに公開告白されていることにきづかないヴァイス君だった。


 ご報告ですが、第4回ドラゴンノベルス小説コンテストの中間選考を突破しました。読者の皆様のおかげです。ありがとうございます。


 このまま受賞できたらいいなぁ……がんばるぞ

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