第64話 ヴァイスの決心

 翌朝、起きると不思議なくらい心がすっきりとしていた。色々と吐き出すことが出来たからだろうか。ロザリアには感謝をしないとな……と思っていると、テーブルの上に液体の入った瓶と、可愛らしい字で書かれた手紙が置いてあった。



『昨日具合が悪そうだったから、精神安定剤を調合しておいたわ。ちゃんと飲みなさい』



 アステシアか……すっかり心配をさせてしまったなと嬉しく思うと同時に、あれ、なんであいつ俺の部屋に普通に入ってきてんの? 鍵をかけていたはずなんだけど……寝る前はなかったよな……という疑問が頭をよぎる。

 緊急時のために合い鍵は渡してあるが、まるで合鍵を渡したら彼女ズラをする女友達みたいである。



「まあいいか、推しに心配をされるのは嬉しいし」



 さっそく口にすると、以外にも甘みがあって美味しい。そして、心なしかさらに精神が落ち着いてきた気がする。今ならいけるかもしれないな……



「ホワイト」

「きゅーきゅー♪」



 着替え終わった俺が、呼び掛けるとベッドに横たわっていたホワイトが嬉しそうに、鳴きながら飛びついてきたので、頭を撫でてやる。うん、さらに癒された。

 そして、大きく深呼吸をして、俺はとある人物の部屋の前に行きノックをする。規則正しい音が響いた後、扉が開いて、寝ぼけ眼の少女が顔を出した。



「うーん、メグ……朝ごはんには少し早くないでしょうか……って、あれ、お兄様!? なんで、ここに……その……昨日は本当に失礼しました。あと、メグが言っていたことは忘れてくださって結構ですからね!!」



 意外な訪問客に慌てるフィリスに苦笑する。ああ、そうだよ……こいつの魔法の才能はやばい、だけど、年相応の少女で……俺の義理の妹でもあるんだ。

 だったら、甘えたいっていうんなら、ちゃんと甘えさせないとな……



「忘れていいのか? 俺は久々にまた、お兄ちゃんって呼んでもらいたいし、甘えて欲しいんだけどな」

「え……お兄様……?」



 嬉しさと、困惑が浮かんだ表情で彼女は俺を見つめる。まあ、昨日の今日で、態度が変わったのだ、当たり前だろう。そして、関係を再構築するのは一方的ではいけない。彼女の中の……ヴァイスに残る気まずさも払拭しなければいけない。



「お兄ちゃんにさ、魔法をみせてくれよ。魔法学校で習った魔法をさ」

「ですが……」

「もう、大丈夫だから。頼むよ。フィリスの頑張りを見たいし、俺の頑張りを見てほしいんだ」



 俺の言葉に彼女は、しばらく悩んだのちに頷いてくれた。





 フィリスが着替え終わったら合流するとの事なので、先に中庭につくと、なぜかロザリアが立っていた。しかも、その近くのテーブルにはポットとカップが三つほど置いてある。



「ロザリア……なんで」

「昨日のヴァイス様を見ていて、すぐに行動されると思ったので……さすがですね、ヴァイス様。昨日と同様、リラックスできるハーブティーです。魔法を使う前にお飲みください」

「流石なのはロザリアだよ……敵わないな……」



 俺の決意は彼女にはお見通しだったらしい。昨日あんな風に抱き着いたため少し意識してしまい顔が赤くなる。ああ、本当にこのメイドは俺の事を信頼しているうえに理解しすぎだろ……それがとても嬉しい。

 そして、彼女の笑顔を見ていると頑張れる、そんな気持ちになってくるのだ。



「お兄様、お待たせいたしました」

「あなたたち二人の魔法の練習を見れるなんて楽しみね!! 出し惜しみは許さないわよ」



 やってきたのはフィリスだけではなくなぜか、スカーレットもいた。俺の視線に気づいたのか、フィリスは申し訳なさそうに俺に頭を下げて、耳元で囁く。



「すいません、中庭に向かう時に師匠に見つかってしまって、どうしてもついていくと聞かなくて……魔法の事となると夢中になってしまいますし、あまり冷たくすると拗ねるんです」

「拗ねるって……」

「具体的に言うと、ずっとふくれっつらで、半日ほど私が話しかけても聞こえないふりをします」



 子供かな? ちょっと、想像すると可愛いけど、弟子としては大変そうである。まあ、そうはいっても彼女も、フィリスの事を心から心配しているのだろう。魔法云々は口実なのかもしれない。

 ゲームでも、彼女は主人公とフィリスを守るために命を捨てたくらいなのだから……



「じゃあ、フィリスの魔法をみせてもらおうか、魔法学園での特訓の成果はどんな感じだ? お前の全力を見せてくれ。せっかくだから闇属性で頼む」

「わかりました、お兄様」

「うふふふ、楽しみね!! 早く見せてみなさい。さっき教えた方法を使うのよ!!」



 フィリスが少し緊張した様子で一歩前に出るのを、スカーレットは目を輝かせながら激励する。むっちゃ楽しそうだな、この人。

 ゲーム開始時では確か、全属性の中級魔法を使えたはずだ。今の俺がゲームの知識を使って無理やり使うというチート無しでは闇魔法のみ中級魔法を使用できることを考えると本当に天才なのだろう。

 


「影の騎士よ……」

「違うでしょう、フィリス。今のあなたなら……ヴァイスが使用した魔法の裏道を知ったあなたならばもう一つ上をイメージできるでしょう?」

「それは……」



 詠唱途中の魔法が霧散して、そのまま消え去る。そして、スカーレットの言葉を聞いたフィリスが泣きそうな顔で俺を見つめる。それはヴァイスに領主になりたくないと言った時の顔であり、俺が志望していた大学を、滑り止めにしていたと言うのがバレた妹の顔と被る。



 ああ、そうか、お前らは決して俺を……俺達を馬鹿にしていたわけじゃないんだな……気を遣っていたんだな……



 彼女にそんな風な顔をさせてしてしまったのは俺やヴァイスの態度だったんだろう。だから、俺はフィリスを優しく見つめて、言い聞かせる。

 ヴァイスが俺と同じならば、フィリスにたいして抱いている感情は憎しみだけではなかったはずだ。だったら俺が救われるだけじゃない。彼女も救わなければいけない。そうするには彼女の全力を見た上で、俺が気にしていないという事……そして、俺だってやれるんだってことを見せる必要があるだろう。



「大丈夫だ、フィリス。俺を信じてくれ。お前の本気を見せてくれ」

「……わかりました。お兄様」



 俺の言葉に彼女は頷いて……詠唱を始める。



「影の暴君よ、その腕をもって我の敵を襲え!!」



 そうして、解き放たれた影の獣は、俺が作るものよりもはるかに強力で、精密だった。



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ドラゴンノベルス小説コンテスト今日までだったんでキリの良いとこまで更新するので、本日夕方にもう一話更新します


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