第63話 前世と今

「寝れない……」



 フィリスをベッドに運んだあと、仕事に戻り就寝した俺だったが、胸の中のモヤモヤしたものがあるせいか中々寝付けなかったのだ。しかも、変な夢まで見てしまった。

 それにしても、フィリスが甘えたがっていたか……メグから聞いた言葉が胸に刺さる。そして……その言葉は前世で優秀な妹から逃げていたという事実が否が応でも思い出されるのだ。



 もしかして……あいつもそうだったのかな?



 そんな確かめる事の出来ない思考が頭をよぎる。皆が寝静まった深夜、厨房に行くとロザリアと会った。



「ヴァイス様……? こんな時間にどうされたんですか?」

「ロザリアか、こんな時間まで仕事か大変だな。悪いがちょっと寝付けなくてさ。水をもらえるか?」

「なるほど……」



 彼女は仕込みをしていた手を止めて、俺の方を向くと一瞬何かを考えて、笑顔を浮かべた。



「ヴァイス様は何かをお悩みのようですね、でしたらハーブディーを淹れますね」

「いや、そんな悪いだろ? ロザリアだって眠らないとだし……」

「気になさないでください。それとここではあれですので、私の部屋でゆっくり飲みましょう」

「は……? いや、流石にロザリアとはいえ深夜に女性の部屋に行くのは……」

「大丈夫ですから……ね?」



 彼女は俺の腕をつかんで逃がすまいとする。いつになく強引なロザリアである。もしかして、ヴァイスは定期的にロザリアの部屋でリラックスしていたのか? いや、それはなさそうなんだよな……そうおもいながらも俺は結局彼女に押し切られるのだった。





 ロザリアの部屋は使用人の部屋らしく、小さいテーブルと一人用のベッドに、わずかな私物が置いてあるシンプルな部屋である。強いてあげれば目立つのは壁に飾られている槍だろうか? 何で部屋にと思ったが冒険者の時の癖で手元にないとなにやら落ち着かないらしい。



「今淹れますから、ベッドに腰掛け少しお待ちください」



 そう言うと彼女は慣れた手つきでカップにハーブティーを注ぐ。俺がその様子を見ながらベッドに腰掛けると、ふわりと甘い香りが舞う。これはロザリアの香りだ……

 いつぞや、彼女に抱き着いた時を思い出して恥ずかしくなってきた。今の俺、絶対顔が赤いだろうなぁ……てか、俺は彼女の部屋で二人っきりなんだよな……昼間にメグと話したことが思い出されて余計彼女を異性と意識してしまう。



「それで……フィリス様と何があったんですか?」

「え?」



 それは完全に不意打ちだった。彼女はいつものように笑顔を浮かべながらカップを俺の前のテーブルに置き世間話をするかのように聞いてきた。



「いや、特には……」

「私はヴァイス様をずっと見てきました。だから、わかるんです。フィリス様を背負っている時に何か悩んでいましたよね? 人に話すだけでも楽になりますよ。それとも……私ではヴァイス様の話し相手になれませんか?」



 彼女が優しく微笑み、首をかしげる。その様子はいつものようにだけど……その瞳には強い意志が籠っており、まるで、頼ってくださいと言うかのように彼女は俺の手をやさしく包む。



「そんなことはない。だけど、多分俺の悩みはロザリアには意味の分からない……変な事だぜ。フィリスも関係ないよ」



 厳密にいえば、フィリスというよりもこれは俺の前世からの悩みである。彼女に言っても意味は分からないだろうと思う。だけど彼女は俺に諭すように言う。



「いいんです。私に意味はわからないかもしれないですけど、それでもお話を聞きたいんです。あなたの力になりたいんです」

「ロザリア……」



 うるんだ瞳で、そんな風に見つめられ黙っていることができる人間がいるだろうか? 彼女の俺を真摯に心配してくれている目に……全てを受け入れてくれそうな表情に俺は思わず甘えてしまう。



「変なことを言うぜ。そのさ……俺はさ……昔、とある人物に嫉妬しちゃってさ、そいつが俺を馬鹿にしているって思っちゃってろくに会話もしなかったんだ。しかも、それだけじゃない。俺は……そいつが俺に歩み寄ろうとしてきたのに、ひどい言葉を言って拒絶して……傷つけちゃったんだ」



 あれは……俺が高校の時にたまたまテストで百点を取った時だった。両親に自慢をしていたら妹も会話に入ってきて「へえ、兄貴もすごいじゃん」と口を挟んだのだ。今思えばあいつはあいつなりに気まずくなった俺とコミュニケーションを取ろうとしていたのだろう。だけど、俺はバカにされたと思ってしまった。そう、思い込んでしまいひどい言葉を言ったのだ。

 あの時の実の妹の顔と、夢で見たフィリスの顔がかさなってみえてしまうのだ。だからか、俺の胸のもやもやがどんどん大きくなってくるのだ。



「なるほど……ヴァイス様はその方に悪い事をしたと思っているのですね、でしたらきちんと謝るのはどうでしょうか?」

「そうだな……それができたらいいんだけどさ。もう会えないんだよ。それに……今、同じような関係のやつがいて……そいつにもひどい事をまた言ってしまうかもしれないって思うと怖くなっちゃうんだ」



 俺は自分の情けない心情をロザリアに吐露する。彼女とヴァイスはずっといっしょにいたはずだ。だから俺の言っているもう会えないやつのこととか正直意味がわからないだろう。何をいっているんだろうと思っているかもしれない。それでもつい甘えてしまった。



 ああ、そうだ……俺はこの気持ちを誰かに言いたかったんだ。ただ話を聞いてほしかったんだ……そんな簡単なことに今更気づく。



 きっと彼女はきょとんとしているだろう。そう思うと彼女の顔を見るのが怖い……などとも思っていると布ずれの音と共に、何やら柔らかいものに顔が包まれる。

 立ち上がり、こちらにやってきたロザリアに抱きしめられたのだ。



「ロザリア……?」

「ヴァイス様は後悔しているのですね……ですが、私は後悔も失敗も悪い事だとは思いません。人はそういう経験をして成長するんです。本当に悪いのは失敗を失敗と思わずに、自分は悪くないと目を背ける事ですよ。だから……ヴァイス様はすごいです」

「でも、でもさ、俺は傷つけたんだ!! それにそいつにはもう謝る事ができないんだよ!! その上、俺はそいつに似た奴にも、同じようなことをしてしまいそうなんだ!! そいつを見るたびにもやもやが止まらなくなるんだよ!! 俺はすごくなんかない。ただの屑なんだよ!!」


 

 あまりに優しいロザリアの言葉に俺は弱音と本音を吐く。声は涙声でかすれているだろう。ああ、そうだ。俺はフィリスに会って、ヴァイスの劣等感に直に触れて、そして過去を思い出してしまった。あんなに推しを幸せにするって言っていたのに俺は……自分の事となるとこんなに弱いんだ。

 いまだにフィリスを見ると妹を思い出してしまう。劣等感がよみがえってきてひどいことを言ってしまいそうで怖くなる。



「そうですね……確かにその人は傷ついたかもしれません。でも、ヴァイス様はその人を傷つけたって事に気づけたじゃないですか。それだけ苦しんでいるって事は、もう、傷つけたくないって思っているんでしょう? だったら大丈夫ですよ、ヴァイス様は……後悔して色々悩んでいるんでしょう? その人には会えないかもしれませんが、次、同じことをしなければいいんです。ヴァイス様はその……傷つけてしまった方と似た人には今何をしたいんですか?」

「色々と話したい……そして、謝りたい……傷つけた事とか、ひどい事を言ったこととか……」



 もちろん、フィリスと実の妹は別の人間だ。だからこそ、これは俺の自己満足だ。だけど……それでも俺は謝りたかった。ヴァイスは俺とは違いまだ謝れるのだ。

 だから、俺は謝って話をしたかった。自分勝手かもしれないけど、俺はフィリスと仲直りがしたかったのだ。



「だったら謝りましょう。話し合いましょう。大丈夫です。もしも一人だと怖かったら私もついていきます。私だけじゃないです。アステシアさんもアイギス様だってついてきてくれますよ。だから、できることころからやってみましょう」

「ありがとう……ロザリア……」

「えへへ、いっぱい頼ってくださいね。私はあなたの味方ですから」



 俺が感謝の言葉を漏らすとぎゅーと力強く、だけど、やさしく抱き締めてくれる。彼女の暖かい人肌と柔らかい感触、そして甘い匂いは心地よく、俺はしばらくされるがままにしているのだった。




「その……迷惑をかけたな……」



 しばらく、ロザリアに甘えていた俺は少し気恥しさを誤魔化すように目を逸らしながら、彼女から離れる。柔らかい感触が遠ざかるのが寂しいがいつまでもこうしてもいられないからな。



「迷惑だなんて……そんなことありません。だって、私はヴァイス様に頼られるのが嬉しいんですよ。一番つらいのは頼られない事ですから……」

「ロザリア……」

「逃げたくなった時は、逃げていいんです。その代わり、今度から逃げるのはお酒じゃなくて、私に逃げてくださいね。いつでもうけとめますから」



 そういうと彼女は微笑む。彼女が言っているのは領主になったばかりで酒におぼれていた時だろう。きっと彼女も後悔していたのだ。俺にもう一歩歩み寄らなかったことに……

 だから今回は多少強引にでも話を聞くために自分の部屋につれてきたのだろう。先ほどの言葉は自分にも言い聞かせていたのかもしれない。



「ああ、遠慮なく甘えさせてもらうよ。だけどなんだかロザリアには恥ずかしいところを見せてばかりだな」



 俺は羞恥の気持ちを誤魔化すように笑うと、彼女はなぜか自分の指から指輪を外して、手のひらに置いた。怪訝な顔をしている俺を横にそれを見つめる。



「私ですね……時々不安になったり寂しくなった気はこうやってヴァイス様からいただいだこの指輪をジーと眺めているんです。そうするとなんだか落ち着いてくるんです」

「え? ああ……」


 

 彼女の意図が分からず俺は適当な返事になってしまう。てか、俺からのプレゼントを大事にしてくれていて無茶苦茶嬉しいがなんて返せばいいんだ?

 と思っていると彼女は顔を真っ赤にして、再び指に指輪をはめる。



「その……ヴァイス様が恥ずかしがっていたので、私も恥ずかしい秘密を教えようかなと思ったのですけど……変でした?」

「いや、その……可愛いな」

「もう、からかわないでください!!」



 そう言って顔を真っ赤にするロザリアを見ているとなんだか元気が出てきた。ああ、くっそ、本当に最高だな。このメイドは……弱っている俺に気づき、声をかけてくれる上に元気づけてくれる。

 そこまで言われたのだ……やるしかないだろう。



「ロザリア、ありがとう……その、また失敗したりへこんだりしたらこうして弱音を吐きに来ていいか?」

「はい、もちろんです!!」



 俺の言葉に彼女は嬉しそうに返事をしてくれた。そして、俺は彼女に再度礼を言って部屋を出る。こうなったらやることは一つだ。フィリスと……向き合うのだ。

 そして、俺は浮かれていたのだろう。普段だったらこんなミスはしないはずだった。ロザリアの部屋から出た時にちょうど廊下を通っていたメグと目があってしまい……彼女は一瞬目を見開いて驚いていたがにやーーと笑った。



「流石です、ヴァイス様……けしかけた私がいうのもあれですが、即座に行動にうつすとは流石ですね、ヴァイス様、さすヴァイです!!」

「いや、ちょっと待て絶対誤解しているだろう。なあ!!」

「いえいえ、深夜に男女が密会してやる事なんて一つですからね、安心してください。私は口が堅いメイドとして有名ですから」

「ぜったいうそだぁぁぁ」



 結局この後メグをおっかけて、事情を説明する羽目になった











ロザリアのヒロイン力が強すぎる……


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