第83話 パンドラ
ここはドノバンの屋敷の一室である。そこでパンドラとその部下である『従者』は丁重に保護をされていた。
「ふむ……報告によると、アステシア様と仲が良いのはヴァイス様と、そのメイドのロザリア様のようですね。彼らを使えば案外簡単にいくかもしれません。そして……ロザリア様はあなたのかつての仲間というのは本当ですか?」
「はい……彼女とは一時期何人かでパーティーを組んでいました。かなりの手練れでしたが、彼女は使用人となり、私は今だ現役でパンドラ様のために戦い続けています。今の私ならば彼女をたおせると思います。その……パンドラ様のためならば手にかけることも……」
「それはそれは素晴らしい気持ちです。私はもちろん、ハデス様もお喜びでしょう。ですが、殺してしまってはいけませんよ。それではハデス教徒として目覚める事ができなくなります」
「は、申し訳ありません。考えが足りませんでした」
冒険者風の女の言葉をパンドラはたしなめるように遮った。やはり冒険者という暴力の世界で生きてきたからか、彼女は少し短絡的である。
だから、パンドラは優しくアドバイスをしてあげようと思った。
「あなたもロザリア様と一緒の方が嬉しいでしょう? ですから、仲間にしてあげましょう。彼女の苦手なものはなんでしょうか?」
「苦手なものですか……彼女は母の影響で、男が嫌いですね。男性とはパーティーを組むこともしませんでしたし、触れられるのも嫌と言っていました。だから、ヴァイスという男に仕えると言った時は驚いたものです……」
「男性が苦手ですか……」
どこか懐かしそうに語る部下の言葉を、パンドラは反芻し、名案を思い付いたとばかりに、無邪気に微笑んで言った。
「では、彼女を捕らえて男に襲わせましょう!! その光景を見ればアステシア様も、私の話を聞いてくれるでしょうし、ロザリア様の心も折れるでしょう。うふふ、色々とうまくいきそうですね」
「は……?」
まるで画期的なアイデアを思いついたかのように楽しそうに語るパンドラに、さすがに冒険者風の女が間の抜けた声をあげる。そんな彼女に様子に気づいているのか、いないのかパンドラは話を続ける。
「それではあなたには映像を流せる水晶を渡しておきますね。あとは、できるだけ汚らしい浮浪者や乱暴な冒険者をあつめておいてください。絶望の淵に立たされることによってロザリア様もハデス様の素晴らしさに目覚めるでしょう。それにヴァイス様は女性を囲っているようなお方です。あの子の毒からは逃げられないでしょうし……うふふ、全てを奪われてゼウスに絶望したアステシア様がハデス様の素晴らしさに目覚めるのが楽しみですね」
「ちょっ、ちょっとお待ちください、パンドラ様!!」
ニコニコと無邪気に嬉しそうに笑うパンドラに、思わず冒険者風の女が声を上げる。パンドラに心酔している彼女ですら、かつての友人の尊厳を無視する提案は看過できなかったようだ。
「ロザリアならば私が説得してハデス教徒にしてみせます。ですから……」
「何がいけないんですか? ロザリア様を殺すわけではありませんよ? ただ、この世の不条理を知ってもらい、それにあらがう存在であるハデス様の素晴らしさを知ってもらうだけです。確かに辛いこともおきますが、最終的には今より幸せになるんですからいいじゃないですか? あなたもそうやってハデス様に救われた身じゃないです。それとも……あの時の感動を忘れてしまったのですか?」
「それは……」
珍しく反抗する冒険者風の女性の言葉にパンドラは無表情となる。一瞬冷たい視線を浴びた冒険者風の女はまるで、親に捨てられた子供の様に顔を歪め……
そんな彼女を眺めていたパンドラは、再び無邪気にほほ笑む。
「まあ、ロザリア様がハデス教徒になるなら構いませんよ。あなたに任せましょう。ただ、ちゃんと見ているアステシア様が絶望するようにしてあげてくださいね。信じていますよ」
「はい、お任せください、パンドラ様!!」
パンドラの言葉に顔を輝かせる冒険者風の女を優しく抱きしめる。パンドラの豊かな胸に顔をうずめ、冒険者風の女性は本当に幸せそうに恍惚の表情をうずめる
「頑張ってくださいね、あなたには期待してるのですから」
「もちろんです。私の全てはパンドラ様の物ですから……」
そうして、二人が見つめ合った時だった。ノックの音が響くと、さっと離れ、パンドラは何事もなかったように「どうぞ」とすました顔で答えるとドノバンが入ってきた。
「夜分遅くにすまんな。パンドラ殿……」
「パンドラ様、それでは私は準備があるので失礼いたします」
未だ興奮が醒めず上気した様子の冒険者風の女は、せっかくの幸せな時間を邪魔したドノバンを睨みつけ、入れ替わるように出て行った。
なぜ、そんな目で見られるのかわからず眉をひそめる彼にパンドラは優しく微笑む。
「失礼いたしました、ドノバン様。彼女は少し人見知りなのです」
「ああ、それならば構わないが……」
「流石ドノバン様です、私たちを家に保護してくださった上に、あの子の無礼な態度を許してくださるなんて……やはり、この街を統治するのはあなたのような方が理想ですね」
パンドラが感嘆したように黄色い声をあげて、彼を見つめるとドノバンの表情がだらしなく崩れる。その視線が顔と自分の豊かな胸元に注がれているのは気づいているがパンドラは気にしない。
「そういえば、さっきの部下の名前はなんというのだ? キミが彼女の名前を読んだところを見た所が無いのだが……」
「彼女は敬遠なハデス教徒の信者ですよ。私とずっと一緒にいてくれるんです」
ドノバンの質問にパンドラは笑顔で答える。名前を聞かれて答えなかったわけではない。本当に知らないのだ。昔に助けた時に聞いたとは思うが、すでにハデス教徒なった時点で彼女は、他の人間と同じ、ハデス様の素晴らしさに目覚めた敬遠なる信者である。
ハデス教徒に目覚めた人間はみな素晴らしい人々ですからね。特別な加護を得た十二使徒以外を差別するのは失礼に当たりますから……
それが彼女の心情である。あくまで、彼女にとっては数いる大切な仲間の一人でしかないのである。
「そんなことより……何か用があったのではないでしょうか?」
「ああ、そうだ。ヴァイスのやつを倒すために暗殺者を雇っておいたんだ。大金をはたいたが、この街の未来のためだ。これくらいの投資は問題ない。あいつがこの街に帰ってきたときが年貢の納め時だ」
「まあ、流石はこの街の真の支配者であるドノバン様です!!」
パンドラは嬉しそうに手を叩きドノバンを熱い視線で見つめられ自尊心を刺激された彼は得意げに口を開いた。
「あははは、ちょうどいいタイミングであの男が街を留守にしたのでな。簡単な仕事だったよ」
そんな彼を見つめながら、パンドラはこれからの事を考える。暗殺とは、何とも短絡的な手段に出たものだ。成功しようが失敗しようが、彼の犯行であるとばれるだろう。貴族の……しかも領主に手を出すのだ、徹底的に調査をされるだろう。
だけど、そんな愚かな彼も救いましょう。己の愚かな犯行がばれ、全てを失った彼に手を差し伸べてハデス教徒の一員として向かえてあげましょう。彼女はドノバンを見つめながらそんな事を思う。
それよりもだ……
私もそろそろ、アステシア様を説得するための準備をしなければいけませんね。そして、彼女をハデス教徒にすればハデス様もお喜びになるだろう。その時の事をかんがえると彼女は思わず笑みをうかべてしまうのだった。
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