第82話 別荘地にて

何人かの信頼できる兵士を引き連れて、ロザリア、アステシア、そして道案内のピュラーはヴァサーゴの隠し別荘へときていた。

 すでに調査が入った後だからか、中は所々踏み荒らされており、家具の一部は破壊されている。



「大丈夫か?」

「はい……ありがとうございます。ヴァイス様。お優しいですね。そんな風に暖かい言葉をかけていただいたのは初めてです」



 複雑な顔で室内を見つめているピュラーに声をかけると彼女は一瞬目を見開いたように嬉しそうに微笑んで、お礼を言う。なぜだろう、その視線はどこか熱を帯びているようにすら見え、ちょっとどきりとしてしまう。



「ねえ、ロザリア……事情は聴いているけど何かライバルが一人増えていないかしら?」

「まあ、ヴァイス様はお優しく、魅力的な方ですからね……」



 後ろでアステシアとロザリアがなにやらぼそぼそと話している。なぜかアステシアが攻めるような視線で見つめて来てちょっと怖い。



「それにしてもあのバカ貴族相当稼いでいたのね。こんなところに別荘を持っていたなんて……この家具とか結構年代物で高いわよ。悪い事で稼いだんでしょうね。奴隷売買に……ハデス教という邪教と懇意をするとそんなに儲かるのかしらね?」



 アステシアが敢えてハデス教という言葉をして、一瞬ピュラーの表情を確認したのは気のせいではないだろう。

 ハデス十二使徒がこの街に紛れている可能性をアステシアには話しているため、彼女もまたピュラーを怪しんでいるのだろう。

 俺が見たのがヴァイオレットかパンドラかはわからないが、ゲームではアステシアはパンドラの言葉で、ハデス教徒になったこともあり、彼女には教会で待機してもらおうとも思ったのだが、彼女の性格上内緒にしていたほうが怒るだろうと思ったのだ。それに……俺達が留守の間を狙って、パンドラがアステシアに接触するかもしれないしな。



「はい……あの男は相当羽振りが良いようでした。そして、奴隷だけでなく、魔物もどこかから買っててなづけてましたから。あ、ここです。この本棚に細工があるんです」

「魔物か……嫌な予感がするな……」



 本棚に駆け寄りいくつかの本を抜き取り始めたピュラーの言葉に俺は思わず呻く。罠を警戒して、ロザリアが彼女のそばについている。

 これ、絶対隠し部屋に魔物がいるパターンじゃん。ゲームではスタンビードの時にいたリザードキングレインボーはハデス教徒の魔物使いに操られていたのだ。

 そいつの力があればヴァサーゴが魔物をペットにすることも可能だろう。



「なんで金持ちって変な生き物を飼いたがるんだろうな?」

「他の人間にはできないことをやって、自分が優れた人間だと思いたいんじゃないのかしら」



 俺の言葉にアステシアが辛辣に答える。容赦ないなぁと苦笑していると、遠くで何かが動く音がした。隠し扉が開いたらしい。

 そして、アステシアが音がした方を見つめ、顔をしかめる。



「多分、地下に何かいるわ。嫌な感じがするもの」

「やっぱりかよぉぉぉ!! ロザリアは前衛でいつでも結界を張れるようにしてくれ!! アステシア、俺達にサポートを、ピュラーは……」

「私もついていきます。あなたたちを巻き込んだのは私ですから」



 俺の言葉を遮るように言うピュラーの言葉にどうしようと一瞬悩むが、ここまで来たのだ。今の俺達なら一人くらい守れるだろう。

 それに……彼女が何か尻尾を出すかもしれないしな。



 すさまじい音と共に現れた地下への階段を降りると、怪しい気配と共に、何やら甘ったるい匂いがする。何だこの匂いは……無茶苦茶空気を読めない感想だが、ちょっとエッチな気分になってきた。いや、マジでなんなんだよ。これ?

 ロザリア達は平然としているので、ばれたらまずいと思い俺は素数でも数えようとした時だった。柔らかいものが押し付けられる。



「うお……?」

「申し訳ありません……ちょっと怖くて……」

「確かに……ダンジョンの探索の経験などが無い方には怖いかもしれませんね」


 

 奥に潜むであろう禍々しい感じに、恐怖を感じたのだろう。ピュラーが抱き着いてきたのだ。魔物とかとの戦いの経験が無い人間には確かに心細くなるだろう。

 けどさ……こんな風に抱き着かれたら身動きとりにくいんだけどな……

 



「ああ……大丈夫だ。君の事は俺達が守るから安心してくれ」

「ヴァイス様……ありがとうございます」

「ふーん、やるわね、この子……きゃあ、私も暗くてこわいわ!! 助けてヴァイス」

「いや、アステシアは荒事なれてるだろ!!」



 俺がピュラーを安心させるようにして、微笑むと今度はアステシアまで抱き着いてきた。いや、後半棒読みじゃん!! お化け屋敷に入ったバカップルかよ!! まあ、推しに抱き着かれるのは悪い気はしないけど……



「ヴァイス様、アステシア様、申し訳ありません……魔物がいるのであまりふざけないでいただきたいのですが……」

「「はい」」



 真面目な声色のロザリアに俺とアステシアは素直に謝る。そして、階段を下ると小さな広間のような空間が開いていた。

 そして、そこには一人の少女が鎖に囚われているのが見える。下着同然のぼろきれを着ており、どこかアステシアに顔立ちの似た少女である。

 そして、その少女は俺と目が合うとかすれた声で言った。



「オネガイ……タスケテ……」

「ああ……大丈夫か……?」



 ああ、助けなきゃ……なぜか頭がぼーっとする中、片言でそんな事を言った彼女に駆け寄ろうとすると、ロザリアに腕を掴まれた。



「ヴァイス様!! おかしいです。ここの隠し通路は封鎖されていたはず。彼女は半年間何も食べずにどうやって生きてきたのでしょうか?」

「でも、助けなきゃ可哀そうだろ……」

「こいつ、魅了されてるわね。神よ、このものを浄化せよ」



 俺がロザリアの手を振り払おうとすると、アステシアが唱え俺の身体に光を覆う。すると、頭がすうーと晴れていく。すると驚くほど思考がクリーンになっていく。

 ロザリアの言う通りだよな。なんで俺はあいつを助けようなんて思ったんだ。怪しすぎるだろ。




「正体を現しなさい!! 神の雷よ!!」

「ーー!!」



 アステシアのおっぱいサンダーによって、鎖につながれて少女が悲鳴を上げて……そして、その正体を現す。

 そこにいるのは水着のような胸元と下半身を最低限隠すだけの服を着た妖艶な顔をした美女である。ただ明らかに人間ではないのを証明するかのように、蝙蝠のような翼が生えている。

 彼女は俺を見つめるとにやりと笑った。その笑顔が何とも魅力的で……俺は再び思考が……とはならねええ!!



「いっつーー!!」

「ふーん、やるじゃないの、ヴァイス。痛みで快楽から逃れたのね」

「そう何度も喰らってたまるかよ。俺はヴァイスだぜ」



 俺が自分の腕を全力でつねって正気を戻すと、アステシアが感心したようにうなづいた。これは魅了っていう状態異常か……ゲームでは相手の言うことを聞いてしまう効果で、物理ダメージを喰らうと正気に戻るのだが、現実で受けると不思議な感じだな。



「ひっ……魔物……」

「これはサキュバスですか……厄介な魔物ではありますが、同性である私には魅了は聞きませんよ。ヴァイス様はピュラーさんをお守りください」

「なるほど……さっきから、ヴァイスがいつもよりいやらしい顔をしていたのはこういうことだったのね。それにしても、奴隷売買に、サキュバスとは……本当に救いがないわね、あの男」



 ロザリアが槍を構え、アステシアもまた、ピュラーをかばう俺とサキュバスの前に立つ。

 サキュバス……それはこのゲームにでも出てくる魔物である。異性を誘惑し、同士討ちをさせる厄介な魔物だ。設定ではサキュバスに魅了されて、エッチな事をすると、サキュバス依存症になり、しばらく抱かないと発狂するというものである。



「これがサキュバスか……」


 

 ゲームのグラフィックではエッチだなぁと思った程度だがリアルで会うとやばいな。豊満な体にどこか蠱惑的な笑みを浮かべた美しい顔……さっきから変な気分になっている原因の香りもこいつが発生源だろう。

 思わず喉を鳴らすと、ロザリアとアステシアがジトーっとした目で俺を見ているのに気づく。アステシアはともかく、ロザリアまであんな顔するのショックなんだけど!!



「ヴァイス様……私たちが倒しますから、ピュラーさんと後ろを向いていてください」

「え? でも……」

「あなたがまた魅了されたら厄介でしょうが!! まったくデレデレしちゃってエッチ……」



 推しにエッチって言われるはちょっと興奮しますね……などと言っている場合ではないので俺は素直に後ろを向く。

 こういう精神的な攻撃はマジで対処法がわかないな……と思っていると、ピュラーが震えているのがわかる。



「大丈夫だ、あんな魔物……二人が倒してくれるよ」

「ヴァイス様はお二人を信用しているのですね」

「ああ、大切な仲間で……俺を支えてくれるやつらだからな」



 そう、二人がならさっさとサキュバスなんて倒してくれるはずだ。そう笑顔で返すと背後から物騒な声と魔物の悲鳴が聞こえてくる。



「もう……ヴァイス様を魅了する何て許されませんよ」

「そうよ、それは私の役目よ!! 己の愚かさを悔いて死になさい」



 振り返ると男性には強敵のサキュバスだが、ロザリアとアステシアにあっさりと倒されていた。二人ともいつもよりもこわかった気がするんだけど!!



「その……お二人ともとても強いですね!!」

「ああ、すごいだろ」



 俺がそう答えるとピュラーはなぜかもじもじとしながらいった。



「でも、ヴァイス様もとても頼りになってカッコよかったですよ」

「そうかな……あはは……」



 生前あまりもてなかったから素直に褒められるとちょっと弱い。だけど、何でだろう。そう言うピュラーの笑顔の質が先ほど違う気が……それに、さっきのサキュバスの香りが似ているように感じたのは気のせいだったろうか?



「ヴァイス様、魔物はもういないようです、探索を始めましょう。私は上にいる兵士たちを呼んできますね」

「ああ、わかった。ありがとう」



 そうして、俺たちは探索を始める。その結果ヴァサーゴの隠し財宝や彼とつながりのある犯罪組織との証拠を見つけることができたのだった。




ーーーー




サキュバスって男からしたら天敵ですよね。

ゲーム知識あっても逆らえない気がする

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