第81話 少女の願い

 俺達だけに話をしたいと言うのでジャミルには出て行ってもらい、俺とロザリアはテーブルを挟んでピュラーと向かい合っていた。

 万が一襲われてもロザリアがいるから安心だろう。



「人払いは済んだぞ。それで……話って言うのはなんなんだ?」

「はい……ヴァイス様は前領主のヴァサーゴ様の隠し別荘の事はご存じですか?」

「ああ……君がその……監禁されていたところだろう」



 ピュラーに配慮して言葉を選びながら答える。奴隷として監禁されていたのだ。良い思い出何てあるはずもない。現に彼女の声は少し震えている。



「はい……そうです。あそこはヴァサーゴにとって奴隷を弄んで楽しむ場所であり……秘密の書庫でもあったのです。あそこにはあの男が隠していた様々な書類があります。ヴァイス様は奴隷を売買を禁じてくださっているのですよね? 私は自分の人生を狂わした奴隷売買組織を許せないのです!! お願いします。何でも致します!! ですからどうか……私と一緒にヴァサーゴの隠し別荘に来てはいただけないでしょうか? お気に入りの奴隷だった私しか知らされていない隠し部屋があるのです」



 目に涙をためて声を震わせるピュラーの言葉に俺に頭を悩ませる。ヴァサーゴの隠し書庫か……確かにそこに残っている資料を集めれば、ハミルトン領だけでなく、ヴァサーゴの領地で活動している奴隷組織やハデス教徒の撲滅にもつながるだろう。

 でも、罠かもしれないんだよなぁ……俺が悩んでいるとロザリアが口を開いた。



「話は分かりました……ですが、わざわざヴァイス様にお話をする理由はなぜでしょうか? ここの衛兵にお話をすればよかったのでは?」

「それは……ここの領民では誰がヴァサーゴの息のかかった者なのかわかりません。誤った人間に情報を与えれば証拠を隠滅される可能性があります。だから……」

「ヴァサーゴと完全に敵対していた俺に頼むわけか……」



 ピュラーは今にも涙をこぼしそうにしながらうなづいた。筋も通っているな……それに、俺はここの領主になったのだ。ならば、こんな風に俺に救いを求める少女を無下にできるだろうか? いや、できるはずがない。



「わかった。任せてくれ。君は元々この街の人間なんだろう? ならば君ももう、俺の領民だ。君の願いは俺が聞き届けた」

「ヴァイス様、ありがとうございます!! 私のような人間の願いを聞いてくださって本当に嬉しいです」


 

 軽い衝撃と共に柔らかい感触となにやら甘い匂いが俺を襲う。ピュラーが抱き着いてきたのだ。なぜだろう。転生してから、初めてどこか弱々しい女性に頼られたからか、庇護欲を感じてしまい、彼女の嬉しそうな笑顔を守りたいな……などと思ってしまう。



「ピュラーさん、事情は分かりました。さぞかし大変だったと思います。こちらのお茶を飲んでみてください。精神が安定するはずですよ」



 そう言って笑顔でロザリアが強引に俺とピュラーを引き離す。なんだろう、ロザリアの声が少し硬い気がするのは気のせいだろうか?

 ピュラーが紅茶を飲んでいるのを確認しつつロザリアが彼女には聞こえないように俺の耳に小声で囁く。



「それで……ヴァイス様、どうしましょうか? 言いにくいですが……」

「そうだな……最悪、ハデス教徒の罠の可能性もある。だけど、奴隷売買組織やハデス教徒につながる書類を得るチャンスかもしれない。ハミルトン領から連れてきた信頼できるメンバーを集めておいてくれ」

「わかりました。すぐに手配をしておきますね。それとピュラーさんの事は色々と調べておきます。ヴァイス様も警戒を解かないでくださいね」

「もちろんだ。ありがとう、ロザリア」



 俺の言葉にロザリアは少し心配そうな顔をしながらもうなづく。ハデス教徒は厄介だからな……どんな手を使ってくるかわからない。ピュラーには悪いが、話がうますぎる気がするのだ。

 そんな事を思っているとピュラーと目があった。


 彼女は俺と目が合うとにこりと笑う。その笑顔を見て、できれば彼女がハデス教徒ではないといいな……そんな事を思うのだった。





「あのガキ、ふざけやがって!! 私を誰だと思っているんだ!!」



 夜の街で酒瓶を壁にたたきつけて荒れているのはドノバンだ。彼がこんな風になっている理由は言うまでもない、ヴァイスという新しい領主のせいである。ヴァサーゴが戦争で負けたため、この街はハミルトン領になる事になってしまい色々と変わってしまったのだ。



 やつは無能な悪徳領主ではなかったのか?



 幸いにも、ハミルトン領の兵士を置くが、管理者などは変えないので安心してくれと通達があったため安心していたが、予想外に面倒な男だった。



「金じゃなくて、女を手配するべきだったのか?」



 ヴァサーゴの時のように、町民から余分に吸い取った税金の一部を与えれば色々と便宜を図ってくれると思ったが、結果はドノバンの予想とは大きく外れた。

 あの男は自分が賄賂を渡そうとすると、断るだけでなく、不快そうな顔で説教までしやがったのだ。確かにあの男を称える英雄譚のようなものも流行っていると聞いたことはあった。だが、そんなものは民衆の支持を得るための作戦だと思っていたのだが、本当にあの男は英雄のような男なのか?



 いや、そんなはずはない。権力を振りかざし金や女を楽しむのが権力者というものだろう? 少なくとも私の周りは皆そうだったのだから……



 それよりもあんな若造に叱られるとは不快極まりない。おかげで、愛人を抱く気にもならず、酒を飲んでストレスを解消しているのである。こんな時に奴隷でもいれば八つ当たりできるのに……と思うが今のこの街に奴隷を連れて歩くほど自分も愚かではない。



「こんばんは、素敵な夜ですね」

「うん……?」


 

 周りから見ても荒れているのがわかるからか、通行人たちが避ける中、プリーストが着るようなローブにフードを深くかぶった人物が声をかけてきた。声で女だとわかる。

 こいつは一体何者だ? 服の上からでもわかる起伏のある胸元に思わずごくりと喉を鳴らしてしまう。



「町長のドノバン様とお見受けいたします。その様子ですと……悪党領主のヴァイスにひどい事を言われたようですね……この街のためにこれまで力を尽くしてきたあなたの苦労もわからないくせにひどいですよね」

「ああ、そうだな。よくわかっているじゃないか」



 女の心地よい声色と、自尊心を満たす言葉に、ドノバンは気分を良くする。



「ああ、そうだ。そもそも政治というのは綺麗ごとだけではやっていけないのだ。それなのにあの若造は他人の領地だったからといって無茶な減税をして、民衆に媚びるような事ばかり言いおって!!」

「そうですね……実際統治をして苦労したわけではないからこそ好き勝手言えるのでしょう。ひどいものです」

「ほほう、話がわかるじゃないか? 良かったら酒でも一緒に飲もうではないか、お前もヴァイスに何かをやられたのか?」

「はい……私はパンドラと言います。ドノバン様はハデス教というのをご存じでしょうか?」



 ドノバンの言葉にこくりとうなづいた女は、他の通行人の死角に入ると、そっとフードを上げて彼にのみ顔が見えるようにする。

 美しい顔と共にどこか憂いを帯びた表情が露わになり、ドノバンは思わず息を飲む。



「ハデス教徒だと……お前は……」

「その様子ですと、ハデス教を知ってらっしゃるんのですね……私達はゼウス様とは違う神を信仰しているというだけであの男に迫害をされているのです。ただ、自分の信じる神を信仰するのがそんなに罪でしょうか……?」



 その女はまるでこの世すべての不幸を背負っているかのように嘆く。確かにこの国ではゼウス教が主流であり、他の神を信じる事はあまり良い顔をされない上、ハデス教はヴァイスはもちろんこの周囲を支配しているブラッディ家も敵視をしている。

 だけど、本当に辛そうに目に涙をためている彼女が本当に悪なのか? ただ、あいつらがゼウス教から金をもらっており、悪い噂をながそうとしているだけではないだろうか? 



「私もあなた様と同様にヴァイスに傷つけられているのです。あの男は自分が気に食わない存在を拒絶する暴君なのです。おそらく、きれいごとを言って、あなたの資金源を奪い、勢力が弱まったら自分が甘い汁を吸うつもりなのでしょう。だって……あの男の悪徳領主だという噂は聞いたことがあるでしょう? 今は良い顔をしていますが、いずれ本性を現すに決まっています。私達を理不尽に邪教扱いしたように……」



 パンドラの言葉がドノバンの心を揺さぶる。そうだ……私腹を肥やすことくらいは誰だってやっている。ヴァイスはドノバンの築いた人脈を、資金をかすめ取る制度をそのまま乗っ取ろうとしているのではないだろうか? 

 現にドノバンが金を横取りしてもこの街はちゃんと回っていたのだ。むしろ、ヴァイスによってこの街はより悪い方向にむいてしまうかもしれない。



「ただ、私にはそれを断罪するだけの力がないのが悔しいです。誰かがあの男の野望を阻止してくれればいいのですが……」



 パンドラはまるで神に願うかのように儚い声色で言う。誰かか……それは私ではないだろうか? 今はまだ私兵や暗殺者を雇う金もある。そして……私を支持してくれる人間もいる。

 ヴァイスが本格的にこの街を支配したら、ドノバンは力を失っていくだろう。あの男は民衆に媚び、ジャミルとも良い関係を築き力を得るだろう。そうしたら誰も手を付けられなくなる。だったらそうなる前に立ち上がるべきではないか? そんな思考が頭をよぎる。



「私ではだめだろうか?」

「ドノバン様……?」



 ドノバンの言葉にパンドラは信じられないとばかり、声を震わす。そして、何故か必死の表情で腕に縋り付いてくる。



「いけません、ドノバン様はこの街を長年お守りしてくださっていたのでしょう? それに、あなたが失敗したら失うものが大きすぎます。あなたはこの街の必要な御方なのですから……私が余計な事を言ったばっかりに……申し訳ありません」



 そう言ってうなだれる彼女を見て、自分の胸が熱くなるのを感じる。そうだ……私はこの街を守ってきたのだ。だったら今も立ち上がるべきではないだろう。



「心配はいらん。私がなんとかしよう」

「ドノバン様……」



 まるで英雄を見つめるような視線にむず痒いものを覚えると共に何とも言えない高揚感に襲われる。ああ、そういえば自分も昔は英雄譚の英雄に憧れていたものだ。ふとそんな事を思い出す。

 だから、だろう。パンドラが笑みをうかべていたこのにきづかなかったのだ。


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美人に頼られたらついつい頑張っちゃいますよね

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