第80話 会議と少女
「ヴァイス様!! 正気ですか? ここまで税金を下げるとは……」
「ああ、本気だ。ハミルトン領ではこの規模の街での税率はこれくらいだからな。十分経済は回っているぞ。ロザリア、資料を配ってくれ」
「はい、こちらを見てください」
「ほう……これはわかりやすく纏められていますね」
俺がこの街の町長を含めた権力者達にアステシアたちと作った資料を見せると、町長のドノバンが悔しそうに呻き、副町長のジャミルが感心したように頷いた。それにはあらかじめこの街の収支を調べさせて無駄金を使っている部分に関しての指摘や、ハミルトン領での予算の使い方などが分かりやすいように書いてある。
事前に調べてもらった通りだな……
俺はそれぞれの予想通りの反応を見てロザリアの調査力に感心する。目の前の不満そうな顔をしているのがふくよかな四十歳くらいの男のドノバンは昔からこの街を支配していた地方貴族であり、ヴァサーゴとも懇意にしていたようだ。その証拠というわけではないが、俺に賄賂を渡してこようとしやがった。おそらく奴隷売買に関しても知っていた可能性がある。
対照的にスレンダーな体格と鋭い目つきの副町長のジャミルは、平民でありながら商人時代に経験を活かしてこの街を発展させたやり手というのがこの街での評判である。
渋い顔をしている町長のドノバンのやつは中抜きで税金を着服しているのだろう。そして、そのうちの一部の金はヴァサーゴにいっていたのかもしれない。まずは減税で住民たちの俺への抵抗感を弱めつつ、この街に巣くうクソな権力者の力をそぐ必要があるだろう。
資料を見て、感心していたジャミルが手を上げたので、頷いて言葉を促す。
「申し訳ありません、こちらの治安維持及び犯罪者組織の摘発にかなりの費用が割かれているのですが、今のこの街にそれだけの税収を払う余裕はないのですが……」
「それなら心配はない。その費用に関しては我がハミルトン領の税収で賄い、俺が連れてきた兵士たちも力を貸すよ。ここはハデス十二使徒がいたんだ。邪教と奴隷組織の壊滅は最優先だからな」
「おお、援助していただけるのですか、それはありがたい……」
俺の言葉にジャミルが安堵の吐息を漏らす。ひょっとしたら自分たちの私財を投げうてと言われるとおもったのだろうか? そう言う事をする貴族もいるだろうが、我が領土は金はあるが人は少ないし、元々ここを管理していた人間が善良で有能ならば、その力を借りたほうがいいに決まっているだろう?
「ヴァイス様……申し訳ありませんが、ここの費用を削るのはやはり問題があるかと……」
媚びるような笑みを浮かべて言ったのは先ほど苦い顔をしていたドノバンだ。今の俺の言葉で甘い男だと感じたのだろうか? こいつの顔はバルバロやグスタフを思い出させるな。こういうやつらには容赦はしない方が良いと経験的にわかっている。
俺はニヤリと笑って強い口調で言い放った。
「残念だが、これは決定事項だ。ここはもう我が領地になったのだ。従ってもらうぞ。文句があるならば町長を止めてもらっても構わない。うちの領地にも人材がいないというわけではないのでな」
「くっ……ですが……」
「ヴァイス様のお言葉に不満があるのですか?」
文句を言いかけたドノバンだったがロザリアが冷たく睨むと、押し黙る。戦争したばかりだからな。三将軍を倒したという俺と彼女の武勇も聞いているのだろう。そうして会議はこちらの思惑通りに進んでいき一通り話し合いが終わりをつげる。ドノバンが不満そうに部屋を出て行ったのを見届けた時だった。
「ヴァイス様に会わせたいものがいるのですが少しよろしいでしょうか?」
ジャミルの言葉に、俺とロザリアは目をあわせて相談する。『町長のほうはともかく、こっちはまともそうなんだから大丈夫だよな?』と視線で問うと、彼女も同意見らしく『なにかあっても必ず守りますからご安心を』とアイコンタクトをしてくれる。
「ああ、構わないぞ。一体何者なんだ?」
「はい、ヴァサーゴの隠れ屋敷で奴隷として働いていた少女です。どうしても直接あなたにお礼を言いたいと言ってまして……」
「なるほど……大変だったんだな、その子……構わない。通してくれ」
「では、お言葉に甘えさせていただきます」
ジャミルが使用人に少女をつれてくるように命令を下す。それにしてもヴァサーゴの奴隷か……そう言った立場だった人間を保護する制度とかも考えないとな……ジャミルの意見を聞いてみるのもいいかもしれない。
しばらくするとノックの音がして、少女が入ってくる。彼女は俺と目があうとどこか熱を帯びた声で言った。
「あなたが、ヴァイス=ハミルトン様ですか!! 助けていただきありがとうございます!! 私はピュラーと申します。あなたにどうしてもお礼を言いたかったのです。そして……一つお願いがあるのです」
少女の願いというのは一体何なのだろうか? パンドラがいる上に色々と厄介な事に巻き込まれたくは無いが彼女もここの領民であり、俺を頼ってくれているのだ。むげにはできないだろう。
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