第77話 パンドラ

「なるほど……エミレーリオ様が生きていた……ですか? ではこの方は何なんでしょうね? この方がエミレーリオ様だったと思うのですが……いまいち記憶に残らないんですよね、この人の顔……おそらく加護の影響だと思いますが……」



 パンドラは傍らに控える部下のから貰った手紙に目を通しながら、牢獄に捕らえられている廃人を無邪気な顔で見つめる。パンドラは人形のように整った顔でありながらなんとも愛くるしく、そして、起伏の激しい体はどこか蠱惑的な魅力を醸し出す不思議な少女である。

 ここは凶悪な犯罪者や、異常者がとらえられている牢獄であり、本来は関係者しか入れないのだが、看守にお願いをして入れてもらったのだ。これもハデス様の加護に感謝である。



「ミダス様は予言に固執しすぎますし、ヴァイオレット様は脳筋ですし、アムブロシア様は戦って傷つくことしか考えてませんからね……あの三人で会議をしてもちょっと不安なんですよね」

「やはりここは聡明なるパンドラ様がハデス教徒の士気を取るべきではないでしょうか? そして、私たちを導いてくだされば……」

「うふふ、他の方を貶めてはダメですよ。あの方たちもまた、ハデス様を信仰している思慮深い方々なのですから……それに、ハデス様の前では全てが同等の価値です。劣っているも優れているもありませんよ」



 傍らにいるどこか恍惚とした表情の少女の言葉をパンドラがやんわりと窘める。彼女の言葉に嘘はない。彼女にとって人間の価値の優劣はハデス教の教えに目覚めたか否かだ。

 そして……自分の使命は哀れにもハデス様の教えに目覚めていない人間を救う事である。人類が皆ハデス教徒に目覚めれば幸せになるに決まっているのだから……



「ねえ、何があったのですか、エミレーリオ様?」

「ああ……うう……」

「うーん、言葉が通じないくらい壊れてしまっているんですね……これでは私の加護も通じませんし詳しい話は聞けなそうですね……」



 パンドラは愛くるしく頬を膨らます。このままエミレーリオが生存している可能性があると他のハデス十二使徒に伝える事も考えたが、自分でも確証を持てない上に、パンドラの加護を知っている他の十二使徒が自分の言葉を信じる可能性は少ないだろう。

 パンドラはエミレーリオと思われる廃人から視線を外し、傍らの少女を見つめる。



「まあ、エミレーリオ様もハデス様のために戦ってこうなったのならば本望でしょう。それよりもアステシア様です。かつてゼウス教の聖女候補と呼ばれた彼女を何とかハデス教徒に目覚めさせてあげたいのですが……何いい方法は無いでしょうかね?」

「申し訳ありません、無知な私では何も思いつかず……」



 本当に悔しそうに唇を噛む少女に、パンドラは優しく微笑んで、頭を撫でる。すると少女は再び恍惚とした表情を浮かべて、パンドラに身体をあずけた。その姿はまるで、母親に甘えるの子供の様でありながらどこか淫靡である。



「いいんですよ、あなたは私の命令で色々と働いてくれたじゃないですか。その行いをハデス様も、私も知っているのです。だから、何も恥じる事は無いのですよ」

「はい……ありがとうございます。パンドラ様……」



 パンドラの言葉に少女が涙を流して震えている時だった。荒々しい足音共に20歳くらいの冒険者風の女性が駆け寄ってくる。



「パンドラ様!! 冒険者の仲間だった情報屋から話を聞いたところ、ヴァイス=ハミルトンがこの街にやってくるそうです。そして……その時にアステシアというプリーストも同行するらしいです!!」



 もう一人の部下の報告にパンドラが目を輝かせる。



「それは素晴らしい!! アステシアの様の主も、領主として新しく増えた領地の様子は気になるでしょうからね。ここで待っていた甲斐がありました。やはり神様は私の行いを見てくださっているのですね。感謝します、ハデス様」



 正直邪教への警戒が厳しいハミルトン領に忍び込むのは難しいと考えていたが、飛んで火にいる夏の虫である。これも日ごろの献身のおかげだろう。

 パンドラは目を瞑りハデスに祈りをささげると、他の二人もそれに続く。そして、十分ほどたち、パンドラが目を開けると、冒険者風の女が疑問を投げかけた。



「パンドラ様……なぜ、そんなにアステシアという女に固執をされるのですか?」

「うふふ、だって、可哀想じゃないですか。ゼウスになんて、なにもしない無能な神に、聖女認定をされてしまい人生を狂わされたんですよ? しかも、彼女は一度ハデス様に祝福されるチャンスがありながら邪魔をされてしまった。だったら……私が何としても彼女を救いたいじゃないですか。彼女の同行者に関しても引き続き調べておいてください。彼女を目覚めさせるのに使えるかもしれませんから。ハデス様の素晴らしさは絶望の淵でこそ輝きます。それはあなたもわかっているでしょう?」

「はい……私も、パンドラ様にあの絶望から救われ、ハデス様の教えを教わり真の幸福を知りました」



 パンドラの言葉に冒険者風の女も恍惚とした表情で言った。その様子にパンドラは満足そうにうなづいた。



「その通りです。ですから……アステシア様も救ってあげませんと……ついでに、ヴァイスという方も救ってあげてもいいかもしれませんね」



 そう言ってほほ笑むパンドラの目には完全なる善意に満ちていた。





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悪い百合が今回の敵です。ハデス教徒が敵だ――!!

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