第9話 ヴァイスとバルバロ

 バルバロという名はヴァイス推しとしては印象深いキャラである。ゲームでも登場する敵であり、この領土の犯罪組織のリーダーがこいつなのだ。最終的に追い詰められた彼はヴァイスが立てこもる屋敷の秘密の通路を自分の命惜しさに教える裏切り者である。



「きゃぁ、おやめください。バルバロ様」

「うるせえ、俺に逆らったらどうなるかなんてわかっているだろう!!」



 客室から悲鳴と共に怒鳴り声が聞こえてくる。何事かと俺とロザリアは顔を合わせたとに急いで、扉の開きっぱなしの客室へと入る。

 足を踏み入れると同時に充満しているアルコールの匂いが鼻につく。そして、その奥にはソファーの上には酒瓶を片手に、メグの腕を引っ張って下卑た表情をしている短髪の男がいた。



 こいつがバルバロ……ゲームでは己の保身のために、ヴァイスを売った上に、この領地の犯罪組織をしきっていた男だ。

 今は治安隊長をしていようだが、こいつはその権力を利用して自分に都合の良い連中を兵士として雇い好き勝手しているのであろう。そいつらが将来作る犯罪組織の元になったのである。

 こいつもまた、ヴァイスの領地運営がうまくいかなくなった理由の一つである。



「ああ、領主様、上質な酒が入ったんですよ。会議何て放っておいて一緒に飲みましょう」

「バルバロ……メグから手を放すんだ……」

「はっはっは。一体どうしたんですか? そんな怖い顔をして……そういえば酒は教えましたが、女はまだでしたね。よかったら領主様……この女を抱いてみますか? 商売女もいいんですがやはり素人が一番ですよ」

「ひぃ……」



 俺と目があった彼は一瞬驚いたような表情をしたあとにすぐに媚びるような笑みを浮かべる。メグが恐怖に染まった顔で悲鳴をあげたが、それもバルバロの手によってふさがれる。おそらく、ヴァイスはいきなり領主を任せられて、色々と限界だった時に彼の甘い言葉にのせられ酒に逃げたのだろう。

 そして彼を信頼してしまった。その結果、彼のようなクズが権力を持ってしまったのだ。



「もう一度言うぞ……バルバロ、メグから手を放せ。そして、会議に出ろ。お前のこれからについての話もある」

「領主様……俺に剣を向けるなんて……何を考えているんですか?」

「今回の会議はお前の罪に関しても議題に入っている。商人を半分脅して、格安で商品を買ったり、言いがかりに近いいちゃもんをつけてその売り上げを奪ったりしているんだろう。その金で私服を肥やして……いつまでも許さると思うなよ!!」

「あ? ガキが調子にのってんじゃねーぞ!!」



 俺が腰から抜いた剣をバルバロに向けて突き付けると、憤怒の表情でこちらを怒鳴りつける。その声には当たり前だが尊敬の念も何もない。

 彼的には利用していた馬鹿な子供に反抗されてプライドを傷つけられたという感情しかないのだろう。本当に許せねえよなぁ!!



「ヴァイス様……」

「大丈夫だ、俺がやる」

「何をやるってんだよ!! クソが!!」

「きゃぁぁぁぁ」



 俺が無表情で魔法を唱えようとしたロザリアを制止すると同時に、バルバロが、まるでメグを物を扱うようにこちらに押してきたのを受け止める。

 彼女を受け止めた時の衝撃で体勢を崩しながらも、俺は彼女が怪我をしないように必死に支えると、バルバロが先ほどまで座っていたソファーを持ち上げてこちらに振り下ろそうとしていたところだった。

 すさまじい腕力である。でも……ただそれだけだ。



「喰らいがれ!!」

「お前がな!! そんな風に両手を塞いでどうやって身を守るんだ? 影の腕よ、我に従え!!」

「は? お前魔法を……ぐぉ……!!」



 カエルのつぶれるようなうめき声と共に俺の影で作られた拳がバルバロの顎にアッパーを放つと。彼はそのまま、円をかくように浮いた後に、どさっと床に落ちた。



「ヴァイス様……いまのは……」

「俺の魔法だよ。ロザリア……メグの手当てを頼む。俺はこいつを会議室へと連れて行く」

「はい、頑張ってください。ヴァイス様。メグ……大丈夫ですか?」



 俺の言葉にどこか誇らしそうにロザリアが頷いて、信じられないとばかりに目を白黒とさせているメグに声をかける。



「ヴァイス様!!」



 俺が影の手でバルバロをひきずりながらかかえながら、会議室へと向かっていると声をかけられる。何だろうと思って振り向くと、メグが涙を目にためながら言った。



「助けてくださってありがとうございます!! 私……ヴァイス様の事を勘違いしていました……影でひどい事を色々と言ってしまっていて……」

「気にするな、確かに俺もあれだったしな、それよりも怪我とかは大丈夫か?」

「はい、ちょっと怖かったですけど……ヴァイス様に助けてもらったので大丈夫です。その……今のあなたならきっと領主としてみんな認めてくれると思います。頑張ってください」



 彼女の言葉に俺も涙があふれそうになる。ロザリア以外に初めて他人に認められたのだ。だけど、まだ終わりじゃない。むしろこれからが本番である。



「そうか……わかってくれてありがとう……ヴァイスは本当はすごいんだよ」

「え……ヴァイス様はヴァイス様ですよね……? 何で他人事みたいに……?」

「いや、なんでもない。気にしないでくれ」



 やっべ、つい推しが褒められたからテンション上がってしまった。俺はごまかすように笑って会議室へとむかうのだった。

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