第143話 カイザードという男

 カイザードは元々正義感の強い人間であり、良き領主になるといわれていた。


 そんな彼は貴族の長男として生まれ育ち、一般教養はもちろん剣術にかんしてもかなり積極的に学んでおり、その才能はかなりの物だったといえよう。

 そして、彼は父の伝手を使ってラインハルトに何度か剣をみてもらい、模擬戦を行った時に全く相手にならなかったことに衝撃を覚えた。



 俺もいずれかこのお方の様に強くなれるだろうか?



 当時同い年の人間を圧倒し、熟練の騎士とも良い勝負をする彼にとって圧倒的なまでの負けは衝撃的であり、まるで英雄譚の英雄のように見えたのだ。

 そんなラインハルトに聞かれた言葉を彼は忘れたことはなかった。



「君はなんのために剣をふるっているんだい?」

「俺は正義を実行するためです。正義の英雄になるために剣をふるっているんです」

「いい目標だ。君の夢が叶うのを願っているよ」



 おそらくラインハルトにとっては数多くの剣を交えた少年への軽い言葉だったのだろう。だが、カイザードにとってはあこがれの英雄からの言葉で……この人が自分の夢を肯定してくれたというのは大きな原動力になったのだ。

 そして、大人になった彼は貴族という存在が正義とばかりは言えないことも知っていく。貴族である父が大なり小なり後ろめたいことをやっていることもわかってしまった。

 だけど、自分は高潔であろうとし続けた。不正は許さない彼を後継者にするのはどうか? という声も上がったが、武勲を立ててはその声を消していった。


 そして、ひたすら剣技を極め騎士や冒険者たちとの模擬戦は彼にとって良い気分転換になっていた。

 そんな彼の人生を変えたのは、父が奴隷売買をしていたという嫌疑をかけられた時だった。

 しかも、その調査に訪れるのは人間を知って、衝撃を受けた。



「あのラインハルト様がいらっしゃるのか……」



 久々の再会だったが状況は最悪だった。しかも、カイザードの父は無実の罪を着せられたと憤慨し、徹底抗戦するらしい。時間を稼いで同じ派閥の貴族に助力を頼み調査を中止にしてもらうつもりらいい。

 正義感の強いカイザードにとってそれは醜い悪あがきに見えてしまった。だから、彼はラインハルトの率いる軍勢と父の軍勢が争いを始めた混乱に乗じ、己の父を殺したのだ。



「これでいいんだ……正義はなされた……」


 

 咎人である父を息子が殺す。それは民衆たちの同情を得ることに成功し、家はとりつぶしになったものの、家族の命と親族の名誉は守られた。


 もちろん、実の親を手にかけたてにかけたのだ。罪悪感はあった。だが、それ以上に自分は正義を行ったのだ。だから、これが正しかったのだと自分に言い聞かせていた。

 そして、剣の腕を見込まれて、付き合いのあった貴族の元に身をよせていたカイザードだったが、とある商人が捕まったことをきっかけに、実は父は無罪だったかもしれないと聞かされ気が狂いそうになった。

 そんな彼に近づいてきたのがハデス教徒の男だった。



「あなたは騙されたのです。彼らが本当に正義だったのか試す力をハデス様ならば与えることができるでしょう」


 普段だったら耳を貸さないカイザードだったが、父が無罪だったかもしれないと聞いた今、邪教と噂されているからといって、無下にすることはできなかった。


 それは誤解かもしれないからだ。父が奴隷売買をやっていたといわれた時の様に勘違いかもしれないからだ。


 そして、半信半疑のまま彼は話を聞いて……まんまとハデス教にはまっていくことになったのだった。

 そして、今回の襲撃に至るのだった。


 ★★★



「……何をすがすがしい顔をしてやがる」



 パーティーが終わり、ラインハルト話したあとカイザードは馬車で監獄まで運ばれていた。

 目つきの鋭い男の問いにカイザードは憑き物が採れたような表情で答える。 



「なに、いかなる人間も失敗はあるのだなと思ってな……」



 気を失った彼の目の前にいたのはあのラインハルトで「ちゃんと調べずに行動してしまい申し訳なかった」と謝ってくれたのだ。

 王命だったのだ。任務だったのだ。だから本来ならばラインハルトが自分に謝る必要はない。なのに、彼はずっと自分に謝ろうとしてくれていたことを知って嬉しかった。正体を隠し名前を変え知り合いの貴族の元に身を寄せていた自分を探してくれていたらしい。

 カイザードの名を再び名乗ったのはハデスの加護を得た最近だったのだから見つけられなかったのも無理はない。



「罪悪感を覚えるのは悪い場合だけではないのだな……ラインハルトさんはずっと悔いていたからこそわが力に屈したのだな……」



 正直、自分の加護でラインハルトが動けなくなったのを見たときによぎった感情は失望だった。


 ああ、彼は絶対の正義ではなかったと思った。だが、違う。正しい気持ちを持っているからこそ罪悪感を覚えたのだ。



「正義が常に正しいとは限らないのだな……」

「はっ!! 何か悟ったような顔をしているけどなぁ、お前はこれからゼウス十二使徒である俺様の華麗な拷問を受けるんだ。わかってんだろうな!!」



 そういうと目つきの鋭い青年は何もない空間から何本ものナイフを生み出した。それは空間魔法という貴重な魔法であり、とても難易度が高い技である。

 それだけで目の前の青年が強者のだということがわかる。だが……



「その必要はない。私の知っている限りのハデス十二使徒の加護や拠点はペラペラしゃべれるつもりだ。それが正義だからな」

「え? いきった俺の立場は?」



 青年が間の抜けた声を上げた時だった。馬車がいきなり止まると同時に青年とカイザードは顔を合わせる。

 青年のナイフがカイザードを拘束していた縄をほどき、青年とカイザードはそのまま馬車から出ると同時に先ほどまでいた場所が爆発する。



「何者だよ、お前ら!!」



 姿を隠さずに一組の男女が道をふさぐようにして立っていた。



「……バイオレットとアムブロシアか。大方口封じのつもりでやってきたのだろう?」

「あらあらせっかく助けに来たって言うのにひどい言い方ね、あなたもハデス様に救われたんでしょうに……」



 カイザードの言葉に襲ってきた二人のうちの一人の女が口を開く。その表情には薄ら笑いに包まれており、本心ではないのがわかる。



「あー、こいつらハデス教徒か。ちょうどいい。俺様の力を見せてやるよ。ダークネスだって倒せたんだ。やれるだろ。お前はどうするんだ?

「ふふ、私はもうハデス教には興味がない。真の正義の目覚めたわが力を知るがいい!!」


 青年の周りにナイフが生み出され、カイザードの剣が輝くのだった。




いよいよ、5月17日にこの作品の二巻が発売されます。


よろしくお願いします。

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