第15話 アイギス=ブラッディ

「ヴァイス様……大丈夫でしょうか? 緊張されているようですが……」

「多分大丈夫なはずだ。ロザリアも色々と練習に付き合ってくれたしな」



 ブラッディ家の屋敷に向かう馬車の中で俺がよっぽど硬い顔をしていたのか、ロザリアが心配そうに声をかけてくる。現実世界では礼儀とは無縁だった俺だがヴァイスはきっちりと学んでいてくれたのだろう。一度教わると不思議なくらい頭の中に入ってきた。

 とはいえ、実際やるとなると緊張するものである。俺は推しになったのだ迂闊な事は出来ない。



「これをどうぞ……心の落ち着くハーブの香りを染み込ませております。緊張したときはこれをお使いください」

「ロザリア……ありがとう!!」

「うふふ、私はヴァイス様の専属のメイドですから」



 俺がお礼を言いながらハンカチをうけとって香りをかぐと良い匂いがする。確かにこれを嗅いでいるとなんか落ち着く気がする。



「ヴァイス様……自分で渡してあれですが……私物の匂いを嬉しそうにかがれるとちょっと恥ずかしいですね」

「そう言う事言うと変に意識しちゃうからやめてくれる?」



 俺はハンカチを見ながら顔を赤くするロザリアにツッコミを入れながら馬車を下りて立派な屋敷の方へと向かう。

 パッと見た感じ街の方はあまり活気はなかったが、うちとは規模が違うだけあって、屋敷もかなり立派である。俺はロザリアと共にパーティーホールへと向かう。



「すっげぇ」



 俺はそこに広がる光景に思わず感嘆の声を上げた。パーティーホールには豪勢な食事と共に綺麗に着飾った男女が談笑している。まさにゲームでみた貴族のパーティー会場だ。こういう場合は偉い順に貴族が主賓に挨拶をして自分の番が来るまで友人と談笑するのだが……

 そう、ヴァイスは昔はともかく、身分の低い地方貴族のためあまり社交経験が無い上に最近は引きこもって領地の治安を悪化させたという事もあり悪い意味で注目を浴びているのだ。くそ……前世で先生に二人組を組んでと言われた記憶が思い出されるぜ。だが、そんな俺にも今は救いがある。



「おい、ロザリア……」



 俺が声をかけようとした彼女は同じメイド仲間なのか、どこかのメイドと楽しそうに談笑をしている。これ邪魔をしたらまずくないか……救いはないのか……そんな風に絶望している時だった。



「おや、親友殿!! 久々じゃないか。色々と災難だったようだねぇ」



 そう言ってこちらにやってくるのは胡散臭い笑みを浮かべた、俺と同世代の糸のように細い目の彫刻の様に美しい顔の少年だった。いや、だれだこいつ。ゲームにも出てきていないぞ。というか俺に声をかけているのかもわからないしな……とりあえずどうしようかと悩んでいると彼は今度は俺の目の前でやたらとポーズをとりながら、再度声をかけてくる。圧がやべえな!! そして、イケメンだからか、無駄に似合うのがむかつく。



「おやおやお、どうしたんだい親友殿よ。まさか僕の事を忘れたのか? いやいや、忘れたとは言わせないよ。君の親友のナイアルだよ。一緒にメイド調教物のエロ本を読んで、ロザリアに「まだ早すぎます」って怒られた仲じゃないか!!」

「ろくな思い出じゃねえな!! おい」

「はっはっはー、やっと口をきいてくれたね。でも、キミがメイド萌えに目覚めたのは僕のせいじゃないぜ。それともお見舞いに行かなかったことを怒っているのかい? さすがの僕もそこは空気を読むさ。君の領地は後継者問題などで大変だったからね。邪推をされたらお互い大変だろう。その代わりと言ってはなんだが君には『ジョセフィーヌ』を送ったと思うけど可愛がってくれているかな?」

「ジョセフィーヌ?」



 なんだろう、犬かなんか送られたのだろうか? だったらロザリアが何か言ってくるはずだしな……そもそも見舞い品なんて触手みたいなあのキモい食虫植物しか来てないんだが……そう言えば親友からって書いてあったな。



「あのキモい花を送ったのはお前だったのかよ!!」

「キモいとは失敬な。あの美しさを理解できない……その点だけは君と意見が合わないねぇ。まあ、いいさ。僕の領地では様々な植物を育てていてね、そのおかげか珍しい植物も産まれてくるのさ。でも、元気そうでよかった。本当に心配したんだよ」



 彼はうさんくさい笑みを浮かべながら手を差し出してくる。まあ、この距離感からして本当に親しかったぽいし、変に警戒したほうが怪しまれるだろう。

 俺は彼と握手を交わし、ついでステータスを見ようとするが、なぜか何もおきなかった。


 

 なんで何も映らない? こいつなんか魔法でも使っているのか? いや……こいつの存在はゲームをやりこんだ俺でも知らなかった。まさか、ゲームに登場しない存在に関してはステータスを見ることができないのか? だったら、まずい。俺のアドバンテージが通じない相手が多数いるというこになる。そして、それは俺がゲームとは違う道を進むにつれて増えてくるだろう。



「どうしたんだい、そんな、山でオークに出会ったみたいな顔をして……ふふん、最近引きこもりがちだった君がわざわざやってくると理由、そして、キミの視線……君も彼女の婚約者候補になるのが目的だろう? ブラッディ家の次女アイギス=ブラッディのね!!」


 

 俺の驚愕の顔を見て変な勘違いをした彼はそう言うと主賓たちの席を指さす。いやいや、俺はお前を見て驚いていたんだが……だけど、言われてみると俺の視線の先には鍛えられた体躯の壮年の男性と俺より少し年下の血のように赤い髪の美少女が座っていた。

 彼女は壮年の男性が来客であろう貴族の男性と話しているのをつまらなそうに見つめているだけだった。そのどこか人を寄せ付けない表情を俺は知っている。

 彼女はこのころから他人に興味がないのだろうか……婚約破棄をしてきた婚約者の首を引きちぎって、先祖代々伝わる魔剣を戦場で振りながら指揮をするその姿はまさに苛烈さから『鮮血の悪役令嬢』にふさわしい姿だったといえよう。

 


 そして……彼女もまた、悲惨な最期を迎える。徐々に主人公達に追い詰められるも、最期まで魔剣を手に戦うその姿はすさまじいものがあった。

 主人公が何度降伏をすすめても一向に話を聞かずに斬りかかってくるため、最終的には一騎打ちで打ち合って死ぬのである。



「彼女は顔だけならば美しいからね。だけど、あれは刺だらけの薔薇だよ。ほら、みてみなよ。君の隣の領地のヴァサーゴもコテンパンにやられるぜ」



 ナイアルの言う通り、意気揚々と言った様子で俺より年上の青年がアイギスに声をかけるが、彼女は興味なさそうに何か一言言うと、青年の表情が固まり、そのまま半泣きで戻ってきた。



「あのクソアマ……舐めやがって……」



 青年はぶつぶつと貴族らしくない言葉を呟きながらそのまま会場から出て行ってしまった。まって? 何をいわれたんだよ。メンタルぶっ壊されてるじゃん。



「あれでも……彼もって他に誰かフラれたのか?」

「フッ、ちなみに僕は三秒でフラれたよ」


 

 俺の質問にナイアルはキザったらしい笑みを浮かべて言った。お前かよ!! しかし、顔はいいこいつでもダメなのか……確かに胡散臭いしな。結婚詐欺とかやりそう。



「親友殿、今なんかすごい失礼な事を考えなかった? 実は結構へこんでるんだけどなぁ!! お、今のを話してもいくのかい?」

「気のせいだっての、それに俺には秘策があるんだ。いきなり、口説こうとするから失敗するんだよ。見てろよ」



 俺は情けない顔をしているナイアルにドヤ顔で返す。そう、前世でモテるコツ、簡単に彼女を作る方法などの本を読んでいた経験を見せるしかないな。え、実績? 女の子に声をかけれるような勇気あったら童貞じゃねえよ。

 だが、俺はかつての俺ではない。ヴァイスは貴族だけあってそこそこ整った顔をしているし、何よりも俺には秘密兵器がある。ファンブックに書いてあったが彼女は薔薇の花が大好きなのだ。もちろん今回のために街で買っておいてあるし、なによりも今はヴァイスだ。フラれるはずがないだろう。俺だったら喜んでダンス踊るもん。



「本日は招待していただきありがとうございます。ラインハルト=ブラッディ様」

「おお、良く来てくれたね、ヴァイス=ハミルトン。君のご両親は不幸だったな。だが、この前は領地内の犯罪者たちを討伐したという噂は聞いている。君の様な若者がいる事を誇りに思うよ」



 そう言うとラインハルト様は素直に俺の功績を褒めてくれる。その目には少しの嘲りもない。悪い評判も聞いているはずだが、昔よりも今を見てくれるというのだろう。

 そして、アイギスは……俺を一瞬見ると興味なさそうに庭の方を眺めていた。うわお、きついな……



「ほら、アイギス挨拶をしなさい。この子は君とも年が近い仲良くしてもらえると嬉しいんだが……」

「アイギス様、初めまして、ヴァイス=ハミルトンと申します。よろしくお願いします」



 俺は精いっぱいの笑顔を浮かべて彼女に挨拶をする。すると彼女は……



「そう、私はあなたが嫌いよ!!」

「こら、アイギス!!」



 とだけ言ってそっぽをむいて、ドリンクの方へと行ってしまった。その反応にラインハルト様も頭をかかえているようだ。さすが誰にも心を開かない『鮮血の悪役令嬢』である。こんな子供時からあんな感じなのかよ。



「すまない、我が家も色々大変でね……そのせいかあの子は誰にもあんな感じなんだ。気を悪くしないでもらえると助かる」

「いえいえ、いきなり声をかけた俺が悪かったんです。気にしないでください」



 ラインハルトさんは申し訳なさそうに俺に言った。俺は気にしていない旨を伝えて挨拶を終える。しかし、色々大変か……ヴァイスが父親や、義妹と色々あったように彼女がああなったのに何か事情があるのかもしれない。

 ゲームでは数行のテキストで過去の経験から人を信用できなくなっていると書いてあっただけなので実際何があったかはわからない。だからこそ、今の彼女を知り、その問題を解決することができれば、彼女を救う事ができるのではないか? そう思うのだ。

 俺の悪役推しの血が騒ぐぜ。せっかくだ、彼女の心を開かせて見せる!!



「アイギス様、先ほどはいきなり声をかけてすいませんでした。お詫びにこれを受け取ってください」


 

 再度気合を入れておもいっきり笑みを浮かべて彼女にバラの押し花を差し出す。そう……アイギスは亡き母が好きだった薔薇を見せると少し動きが止まるのだ。彼女と彼女の想い出なのである。

 現に彼女は薔薇を見てから、俺の目を見て……



「いらないわ、私はあなたが嫌いよ!!」



 結局フラれんのかよォォォォ、なんかすっげえ心が傷つくんだが!? そういうと彼女はさっさとパーティー会場から出て行ってしまった。



「やあやあ、やっぱり親友殿もフラれたじゃないか!! でも、二回も行くなんて勇気あるねぇ」

「ヴァイス様……私はあなたの事が大好きですからね!!」



 ナイアルは笑いをこらえながら、ロザリアは優しい笑みを浮かべながら俺とアイギスのやり取りを見ていた二人が声をかけてきた。

 いや、こんなんどうしろってんだよぉぉぉぉぉ!!

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