第16話 中庭での遭遇
「まずい……完全に迷ったな……」
あの後俺はやけ食いをしつつ、他の貴族たちと何とか談笑して、パーティーを過ごしていたのだが、流石に慣れない人と話したこともあり、少し気分転換に庭を散歩させてもらったのだ。しかし、完全に迷ってしまった。
ロザリア―!! って呼んだら劇場版青タヌキのように助けに来てくれるだろうか……とか思っていると、目の前の草むらが少し揺れるのが見えた。
ポケモンみてえだな。いや、この場合は侵入者の可能性もあるのか。ラインハルト様も色々とあるとか言っていたし、ここで何者かをとらえれば覚えもよくなるかもしれない。俺が気配を消して草むらに近寄ると、ブオンという音共に拳がせまってきた。
「うおおおおおおお!! あっぶねえ!!」
「あんたは……さっきの薔薇男!! なんでこんなところにいるのよ!!」
その拳は俺の顔面スレスレで止められる。拳の主はアイギスのようだ。てか、一応訓練も受けている俺に完全に奇襲を決めるってこの女やべえな!!
「アイギス様、なんでこんなところに……」
「いいから静かにしなさい。でないと……」
「誰かいるのか?」
俺とアイギスが話していると、何者かの声が聞こえる。この声はラインハルト様か……俺を恨めしそうに見ているアイギスからして、盗み聞きをしようとしていたのか。
だったら……
「ちょっと、何するのよ。私を襲うつもりね? 股間をつぶすわよ」
「いいから、静かにしてくれ。影よ、我らの身を隠せ」
誰がお前みたいなガキに発情するかよと思いつつ俺は彼女の口を手で塞いで魔法を使う。俺と彼女の体を影が包んで、完全なる闇となる。
身動きはできないが自分の体を隠す魔法で、ゲームでは1ターン身を隠すというサポート効果がある。回復魔術の準備を整えたりするのに便利なんだよな。
アイギスは抵抗するのかと思いきや、自分の状況がわかったのか静かにしている。
「すまない、気のせいだったようだ……それで……本当に寄付金を渡せば我が妻の病は治るのだな?」
「はい、わがハデス教の力ならば必ずや、奥方を救うと誓いましょう」
「わかった……好きなだけ払おう。その代わり頼むぞ……あと、これを売れば金になるはずだ。好きにつかってくれ」
ラインハルトさんは再び、目の前のフードを被った細身の男と巨体の男と会話を続け、細身の男に神秘的な輝きを持つ石が埋まった剣を渡し、それぞれ、別の道を行って解散した。細身の男がニヤリと笑みを浮かべたのは気のせいだっただろうか? それよりも俺は気になることがあった。
ハデス教……それこそ、ヴァルハラタクティクスの帝国を悪の道へと進ませた邪教である。ゲームでは主にハデス教徒の十二使徒という、四天王的な存在の相手との戦いがメインである。今はまだ、ゲームが始まる前なのだが既に有力な貴族に取り入る準備をしていたのか……
「お父様……あれは先祖代々に伝わる大事な魔剣だって言ってたのに……家族の次に大切なものだって言ってたのに……」
「アイギス様……」
魔法を解いた俺は自分の下ですすり泣いているアイギスを見て、言葉を失う。先ほどまでの攻撃的な彼女どこにいったやら、まるで幼い子供のように泣きじゃくっているその姿に、本当の彼女を見た気がした。
「アイギス様、ハデス教は邪教です。あいつらが約束を守るとは思いません。ラインハルト様に距離をおくようにお伝えください」
嗚咽をあげている彼女に、今日会ったばかりの俺の言葉なんて通じないだろう。だけど、言わずにはいられなかった。奴らは邪教であり、人を利用することに対して罪悪感など感じない。それに、今の帝国では悪とされているのだ。
彼らとラインハルト様がつるんでいるというのが他の貴族にばれたらまずいことになるだろうし、あいつらが自分たちとの関係をばらすぞとラインハルトさんを脅迫する可能性だってある。そして……俺の事をちゃんと評価してくれたあの人が苦しむのを見たくないと思うのだ。
「そんなことわかってるわよ!! でもね、うちは戦争でたくさんお金を稼いだけど、戦うこと以外はからっきしなのよ!! 病の治し方なんてわからないわ。だから、私達を騙そうとしてくるやつだっている……でも、しょうがないじゃないの!! 1パーセントでもお母様を救える可能性があるのよ!! だったら藁にもすがるしかないじゃないの!!」
信じたくないけれど、信じるしかないのだと、そうやって泣き叫ぶ彼女を見てゲームの中の彼女と重なる。きっと彼女はこれから後も騙され続けたのだろう。だから、彼女は誰も信じずに戦場を駆け抜けるようになったのだろう。
そんな彼女の事を主人公では救う事ができなかった。だけど、まだ信じたいという気持ちの残っている今なら救えるのではないだろうか。
「アイギス様のお母様の病気は一体何でしょうか?」
「なに? あなたが救ってくれるって言うの? 私は信じないわよ!!」
そう言う風に俺を拒絶しながらも、もしかしたらと期待している彼女の目がとても痛々しい。その絶望に満ちた目は、俺が推していたヴァイスに似ていて……だから俺は彼女を救いたいと思った。だが、今日ばっかりあった俺の言葉は彼女には届かないだろう。だったら行動でしめすしかないのだ。
「信じなくても大丈夫です。あなたが俺は信じられなくても、俺は勝手にあなたのお母様を救うと誓いましょう」
「なによ……なんで、あんたは私のお母さまを救おうとするのよ……」
「そうですね……私の領土は弱小なので、ブラッディ家の加護が欲しいのですよ」
俺はアイギス様が納得のできるような話を聞かせる。そして、それは嘘ではない。我が領地としても、有力な貴族の加護は欲しいからな。特に武力に優れたブラッディ家の力はのどから手が出るほど欲しい。
アイギスを救いたいという気持ちももちろんある……だけど、それだけではない、彼らに貸しをつくっておけばスタンビードの時の対抗策にもなるだろう。主人公ではない俺は彼女のピンチを利用する。そうでなくては弱者のヴァイスはこのまま生き残ることはできないだろう。
「そう……私はあなたを信じないわ。だけど、万が一があるから病名は教えるわね」
アイギス様はじっと俺を見てから少し迷って、病名を教えてくれた。そしてそれはゲーム内で将来、主人公達が苦しめられるイベントで発生する疫病の名前だった。
多少厄介だが、これなら何とかなるかもしれない……
それを聞いた俺は、ゲームでの解決方法を思い出しながら、アイギス様が泣き止むのを待って、パーティー会場へと戻ることにした。
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