第86話
「暗殺か……何ともまあ芸の無い方法で来たな……」
宿を離れて、兵舎に来た俺は果実水を飲みながら、これからの事を考える。暗殺者が口を割らなかったが調べる方法がないわけではない。
死体に関する情報を信頼できそうなジャミルと、冒険者ギルドに顔が聞くロザリアに大金を払って情報の提供を依頼している。近いうちにどこの組織で、誰が依頼したかもわかるだろう。
「だけど……今回の件はハデス教徒は関係ないのか? あの暗殺者たちは加護をもっていなかったしなぁ……」
「きゅーー」
「おお、今までほうっておいてごめんな、寂しかったか」
考え事をしているとホワイトが俺の首筋をぺろぺろと舐めてきてくすぐったい。お返しとばかりに、俺も全力で撫で返す。
そんな事をしているとコンコンっとノックが響く。
「申し訳ありません、ヴァイス様、今お時間をよろしいでしょうか?」
「ああ、大丈夫だ。どうしたんだ? 何か不便があったら遠慮なく言ってくれ」
俺が扉を開くと案の定ピュラーだった。俺の暗殺者襲撃に巻き込んでしまったこともあり、この兵舎でも丁重に扱うように部下には命じているので不自由はしてないと思うのだが……
彼女はどこか不安そうな目をしているのが気になる。
「ヴァイス様……あの暗殺者たちはいったい何者なのでしょうか? もしかして、秘密をばらした私を狙いに来たのでは……」
「ああそう言う事か……あいつらが狙っているのはピュラーじゃなくて俺だから安心してくれ。ヴァサーゴにそこまでの影響力はもうないからな。おそらく、俺がここを統治するのが気に食わないやつの仕業だろう」
俺は安心させるようにピュラーに微笑みかける。サキュバスとの遭遇や、暗殺者の襲撃など一般人の彼女には衝撃的な展開が続いたからだろう。すっかり怖がってしまっているようだ。
「でも……また、あいつらが襲ってきたかと思うと怖くて……」
「ここは俺の信用できる兵士しかいないから大丈夫だよ。もっと心配なら護衛も増やすぞ。なあ、ホワイト」
「きゅー? きゅ……」
こういう時のアニマルセラピーだと、ホワイトをピュラーにけしかえようとするがなぜか、鳴くだけで動かない。一体どうしたというのだろう?
なんかイヤな予感がするな……と思うと柔らかい感触とやたらと甘い匂いが俺を襲う。ピュラーが抱き着いてきたのだ。
「ピュラー?」
「すいません……どうしても不安になってしまって……少しだけ甘えさせてはいただけないでしょうか?」
「きゅー!! きゅー!!」
どこか上気した顔にうるんだ瞳をしたピュラーが俺の胸元に顔をうずめながら囁く。うおおおおおお、落ち着け俺!! ピュラーは不安だから俺を頼っているだけなのだ。ホワイトもやめろって言ってるじゃん。てか、この匂いを嗅いでいると頭がポーっとしてくる……
「ヴァイス様……少しベッドでお話をしませんか?」
そう言うと彼女は俺の手を引いて寝台へと誘う。その力は大したことはないはずなのに、なぜか抗う事は出来ない。
「ヴァイス様……この部屋暑いですね……」
「きゅーきゅー?……」
なぜかピュラーが上着を脱いで、投げ捨てたそれがホワイトを覆う。肌着姿が彼女の起伏の激しい部分を強調し何とも艶めかしい。
暑いか?まあ、暑いのなら仕方ないか。
「ヴァイス様も脱いでください」
「ああ……そうだな……」
そうして、俺は彼女の言う通りに……
「旧知の仲だとすっかり油断をしてしまいましたね……ベアトリクス」
「我が主の命令だ。許せとは言わないわ」
どこかの地下室だろうか、ロザリアは両腕を縛られて、閉じ込められていた。普段はこんなミスをしないと言うのに……
原因は二つだ。ヴァイスが暗殺者に襲われていたため焦っていたのと、久々に会った知り合いだから気を許してしまったからだ。
「私の飲み物に薬を盛ったのですね……冒険者ギルドで情報をくれると言ったのも全て罠という事でしょうか」
「ええ、この広い世界でそうそう偶然の出会いがあるはずがないでしょう? でも、本当に偶然だったらゆっくり話を聞きたかったのは本当よ」
レザーアーマーを身にまとう私と同年代の女性……ベアトリクスは、どこか自虐的に笑う。彼女とは同年代という事もあり特別仲が良く……だからこそ油断してしまったのだ。
特にアンジェラたちとは違い連絡がつかなかったため、ひさびさに会えてうれしかったというのもあるが……
「変わりましたね、ベアトリクス……昔のあなたはこんな事をする人ではありませんでした。少なくと私をはめるにしても、正々堂々と喧嘩を売って暴力で従えたでしょう」
「変わったのはあなたの方もでしょう、ロザリア。たかだか依頼主に騙されて奴隷として売られそうなところを助けられたくらいで、男に忠義を尽くしすために冒険者をやめて、使用人に成り下がるなんて……」
「私の生き方を何といっても構いませんがヴァイス様の悪口を言うのは許しませんよ」
「ふふ……本当に変わったのね」
ロザリアの言葉に淡々と返すベアトリクス。だけど、その表情には不思議と責めるような目は無い。そして、彼女は上を見てどこか恍惚とした表情で続けた。
「だけど、そうね……今の私ならわかるわ。絶体絶命を助けられたら……その人を救世主だと思うし、その後優しくされたらずっとついていこうと思うものね……」
「ベアトリクス……?」
その表情にかつての彼女には考えられなかった依存という感情を見たロザリアが怪訝な声を上げる。彼女もまた誰かに危機を救われたのだろうか? だけど、どこか危険な気がする。
「まあいいわ。あなたの精神的な支柱はヴァイスという領主でしょう? 彼がハデス様の信者に加わればあなたも何も言わずについてくるわよね?」
「なるほど……あなたはハデス教の十二使徒の配下になったわけですね……残念です。そして、確かに私にとってヴァイス様は全てです……ですが、ヴァイス様がハデス教徒になることはありませんし、万が一なったととしても、私が必ず正気に戻します」
ベアトリクスの言葉でもロザリアのヴァイスへの信頼は揺るがない。まっすぐと睨みつけるロザリアを見て、ベアトリクスは目を逸らす。
「それはどうかしらね……、まあ、いいわ。今頃ピュラーがあの男を魅了しているもの。あの子の言いなりになったヴァイスを見て、あなたはそれでも、今みたいな言葉を言えるかしらね?」
「やはりあの子もあなた達の手の者でしたか……」
ロザリアの言葉にベアトリクスはにやりと笑うとそのまま踵を返して、見張りをしていた配下たちに命令を下す。
「この子の事を見張っていなさい。決して食事は与えずにずっとこの水晶をみせていなさい。わかっているけど、彼女は貴重な戦力よ。手を出さないように……ただ、暴れたらその時は任せるわ」
「「はっ!!」」
素直に頷く部下らしき男たちの様子を見て、満足したベアトリクスが去っていく。ロザリアはその様子を見て、何とか脱走できないか縄の状態を見て……水晶の中でヴァイスとピュラーがベットの方へ行くのが見える。
このままではヴァイス様が危ないです。それに……魅了とはその……エッチな事でしょうし……
もちろん、ヴァイスの身の危険もあるが、その……彼が他の女性にふれていると、自分の中で何かがモヤモヤするのだ。
何とか脱出して助けねばと思考しているとベアトリクスの部下たちが無表情に近づいてきた。
「一体何の用でしょうか?」
「ああ……ベアトリクス様は甘いからなぁ……パンドラ様の命令で貴様を浄化してやろうと思ってな?」
「くっそ、異教徒を抱くのか……ああ、体が穢れそうだぜ……仕事とはいえ萎えるなぁ……」
「は?」
そう言うとベアトリクスの部下の男達が嫌悪に満ちた表情で迫ってくる。こいつらはまさか私に乱暴を……そして、パンドラ……と言っていた。
確か十二使徒のひとりだったはず……
ヴァイス様に何とか伝えないと……私は部下の男たちを殺意に満ちた目で睨みつけるのだった。
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ヴァイス君、エッチな事をしたら二人のヒロインに無茶苦茶嫉妬されそう……なんかNTR実況みたいになってしまっている……
私事ですがドラノベのコンテストの読者選考が本日までなので、面白いなって思ったら評価やブクマくださると嬉しいです。
受賞できたらいいなぁ……
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