第87話 アステシアという少女

「これは……何なのかしら?」

「うふふ、ゼウスを信仰するあなたにこの世の不条理を知ってもらおうと思いまして、用意させていただきました。お気に召しましたか?」



 アステシアの目の前にうつる水晶には絶体絶命のヴァイスとロザリアが映っている。てか、なんでヴァイスは抵抗しないのよとか、ロザリアは大丈夫かしらと思いつつも胸が騒ぐ。

 こいつは一体何を考えているのと睨みつけるが、パンドラは何が楽しいのかむかつくほど無邪気な笑みを浮かべている。



「気に召すはずがないでしょう? さっさと二人を解放しなさい。殺すわよ」

「うふふ、こわいですね……何で二人がこんなに目にあうのか理由を知りたいですか?」



 その言葉に私は嫌な予感を覚える。パンドラは何を言うつもりなのだろう? 彼女はまるでとっておきの宝物でも自慢をするかのように言う。

 聞いてはいけない……本能が私に訴えかけてくる。だけど、もう遅かった。

 パンドラの口から呪詛のような言葉が紡がれる。



「あなたのためですよ」

「私のため……?」



 パンドラの言葉をアステシアは理解できず思わずおうむ返しをしてしまう。私のせいではなく、私のためだと? こいつは一体何を言っているんだ?

 この女の言葉はよくわからない。だけど、ヴァイスが……ロザリアが……教会の子供たちが巻き込まれたのは私のせいなのではないか……? その事実が私の胸をひどく締め付ける。



「そう、あなたのためですよ」



 私の言葉には答えずパンドラは嬉々とした表情で語り続ける。



「今までの不幸な出来事が、ゼウス神の試練……とか思っていませんよね? 違いますよ。だってゼウスは何も救ってくれないですから……だって、あなたが呪いで苦しんでいる時にあの神は何かしてくれましたか? 何もしてくれませんでしたよね? ハデス神こそが迷える人間を救うのです。これはあなたがハデス神の素晴らしさに目覚めるための儀式なのです」

「あなた一体何を言っているの? ハデスの素晴らしさって何なのよ!!」

「ハデス様はその力によって全てを救います。例えば謎の病に侵された母の病も救うでしょう。呪いに苦しめられた少女も救うでしょう。そして……その欲求の扱い方をわからなかった哀れな少女も救いました」



 アステシアの言葉にパンドラはどこか、恍惚とした表情で言った。そんな彼女に底知れぬ不気味さを感じながらもアステシアは考える。

 他の人間はわからないが呪いに苦しめられた少女というのは私の事だろう。こいつは本気で私を救うと言っているのか? その傲慢な言葉にカチンとくる。



「何がハデスの救いよ。全部あんたたちがやったんじゃないの。自分たちで人を苦しめておいて、手を差し伸べて救うなんてマッチポンプじゃないの!! そんなの救いじゃないわ!!」

「いいえ、救いですよ? だって、人は実際痛みを感じないと、救われた時の素晴らしさがわからないですからね。だから、ハデス様の素晴らしさを知ってもらうために苦しみを知ってもらうのです。結果的に救われて幸せになるんですからそれまでにどんな目にあってもいいじゃないですか」



 アステシアの言葉に何をいっているんだとばかりにキョトンとした後にパンドラは再び笑みを浮かべる。その瞳はまっすぐとアステシアを見つめており、自分が間違っていないと信じ切っているようだ。

 だけど……パンドラは一つだけ大きく間違っていることがある。それを言う前にパンドラは再び口を開く。



「だから、ハデス様を信じましょう。私はみてられないのです……かつて私と同様に聖女候補と祭り上げられていた哀れなあなたが散々な目にあうのが……私と同様に間違った道を進もうとするのが……たとえハデスの呪いがなくともあなたは貴族たちの病や怪我を癒すだけの政治の道具になるだけです。だから、ハデス様に救ってもらいましょう? 私はあなたがハデス様を信仰するまであきらめないつもりですよ」



 パンドラの瞳にある感情は慈愛だった。彼女は本心で私を救おうとしているのだ。だからこそ質が悪い。こいつのせいでヴァイスやロザリア、教会の子供たちが苦しんでいるというのに……。



「だったら、私だけを勧誘すればいいじゃない。なんで私の周りまで巻き込むのよ」

「違いますよ。大事なあなたの仲間だからこそ、一緒に救ってあげることにしたのです。教会の子供たちはハデス様を信仰することによって、自分が救われると信じるでしょう。彼等には生きる目標ができたのです。救われるのはあなたの大事なヴァイス様とロザリア様もです。ヴァイス様と一緒にいた子はですね……サキュバスとのハーフなんです。彼女を抱いたヴァイス様は今まで領主という立場のせいで抑圧していた欲を解放し自由を得るでしょう。ロザリア様は、苦しみの果てに、ハデス教の教えに目覚めたヴァイス様に救っていただく予定です。男嫌いだと言うのに、ずっと忠誠を誓っていたのです。おそらく好意以上の感情を抱いているのでしょうね? 身分違いを理由に自分の気持ちに蓋をしていたのかもしれませんが、ハデス教徒は十二使徒以外は平等です。二人は身分を気にせず結ばれるでしょう。みーんなあなたと仲良くていたおかげで幸せになれるのです。素晴らしいですね!!」



 まるで、みんなが幸せになるとでもいうように勝手な事をべらべらとしゃべるパンドラにアステシアは絶句する。こいつの言う幸せと私たちの幸せがかみ合わない。言葉が通じているはずなのに、決定的に分かり合えない。

 だけど、今の言葉で確信してしまった、私といたからみんなはハデス教に目をつけられたということなのだ。



「みんなが苦しむのはわたしのせいなの……?」

「いいえ、違います。あなたのおかげで幸せになるのです。ハデス様に従っていれば皆幸せになるのですよ」



 パンドラの言葉にが耳に入ってこない。だって教会のみんなはようやく、復旧して日常が戻ってきて頑張って暮らしていた。ヴァイスはようやく領地が落ち着いたと……これで、色々と新しい事にチャレンジできると嬉しそうに言っていたのだ。そして、ロザリアはようやく自分の気持ちに気づいて……ぎこちないながらもヴァイスに好意を見せているのだ。

 それが全て私のせいで壊れてしまうのか……何でこうなってしまったんだろうか? やはり私は呪われていた時のように、最低限しか関わらないようにしていたほうがよかったのではないだろうか?

 そんなかつてのネガティブ思考が心を染めていた時だった。とある青年の……顔が思い浮かぶ。彼がかけてくれた言葉が、私がいてうれしいという言葉が胸の中で蘇る。



 そうよね、私がやることは決まっているわ。



 そして、私は賭けに出ることにした。顔をうつ向けたまま私は、口を開く。



「どうすればハデスを……いえ、ハデス様の加護を得ることができるのかしら?」

「素晴らしい、ようやくハデス様の教えを聞く気になってくださったのですね!!」



 嬉しそうに微笑むパンドラに、私は何も答えない。そんなこちらのようすにも気づかないのか、彼女は意気揚々と語り続ける。



「本当はじっくりとハデス様の教えを学んでもらうものなんですが、あなたは特別です。私が直接教えを伝えましょう」



 そう言うとパンドラは手を掲げ、私の頭に置く。何を……と思うと同時に脳内にハデス教の歴史や、教え……そして、ハデス教の力の使い方が染み込んでくる。

 そして自分の中の欲望を……望みを叶えよという囁いてくる。



「くっ……」

「どうでしょうか? ハデス様の教えは? 私がハデス様よりいただいた加護は『神意』……周囲の信仰心を依り代にしてハデス様の力をつかうことができるのです。その力であなたに直接ハデス様の教えを伝えました。あなたの素質は素晴らしい……ひょっとしたら十二使徒にもなれるかもしれないんです」



 ようやく素質のある信者が増えるとパンドラが歓喜しているところだった。その姿が滑稽でそれまで顔をうつ向いていた私はまるで馬鹿にするような笑みを浮かべる。



「へぇー、確かに強力な力ね……だけど、これ以上深入りしたら危険ね」

「は?」


 

 その言葉と共に、パンドラの手を振りほどき、私の胸元から雷が現れて、パンドラを吹き飛ばす。



「な……? いいんですか? 私に抵抗すればあなたの大切な方々は……」

「心配してくれてありがとう。でも、もう大丈夫よ。戦う力は今あなたがくれたもの。教会は私が守るし、ヴァイスやロザリアはあんたのくだらない罠に負けるほど弱い人間じゃないわ。水晶玉をみて見なさいな」



 そう言って指さす水晶玉にあるのは影によってしばられているピュラーと、ロザリアがとらえられていた場所で、ボコボコに……それはもう、悲惨なくらいにボコボコにされている男達だった。



「な……え……なんで……」

「ヴァイスの精神力とロザリアの忠誠心を甘く見たわね」



 動揺するパンドラを私は鼻で笑って答える。



「まあいいでしょう。ゼウス教の神聖魔法には攻撃系のものはなかったはず。あなたを捕らえ、再度説得すれば……」

「だから、ハデスの力をあんたに教わる事にしたのよ。邪神の爪よ、我が敵を貫け」



 その言葉と共にパンドラを黒い爪が襲う。その威力よりも私がハデスの力を使ったことが衝撃的だったようで無様に目を見開いている。



「あなた……ハデス教に目覚めながら私に敵対をするつもりですか?」

「くだらない教えは秒で忘れたわ。獣じゃないんだからみんな好き勝手やってたら、うまくいくわけないでしょう」

「だったらなぜハデス様の力をあなたが……」

「いい事を教えてあげるわ。神聖魔法って言うだけあってね。魔法と同じように覚えちゃえばもう信仰心何て関係ないのよ。だって、そうでなきゃ、私が大して信仰していないゼウスの力を使えるはずがないのもの」

「は……? あなたがゼウスも信仰していない……ですか?」



 驚くパンドラに私は誇らしげに答える。そう……私が信じているのは苦しんているときに救ってくれなかったゼウスじゃないし、もちろんハデスでもない……信じているのは……



「私が信じているのはヴァイスだけよ。ヴァイスの役に立つための力が欲しかったから、あなたの誘いに乗ったの。ありがとう、私に戦うための力をくれて」



 もしも私が信心深いゼウス教徒だったら、邪神の力を使うのはタブーだろう。信仰心が揺らぐことだってあるかもしれない。だけど、それはもう今の私には関係ない。

 私が信じているのは彼なのだから……



「いいことを教えてあげる。私が信じるのはゼウスでもハデスでもないヴァイス=ハミルトンという一人の青年よ」



 そう言って私はヴァイスの笑顔を思い出して、微笑むのだった。

 

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アステシア


武力 30→35(護身術をならいアップ)

魔力 80→85(日々の仕事でアップ)

技術 80


スキル


神聖魔法LV3

棒術LV1

薬学LV2→LV3(ヴァイスのために色々と学ぶうちにアップ)

邪教魔法LV3 NEW


職業:プリースト


神への忠誠度


98→10(ヴァイスの言葉によって、救ってくれなかった神よりも自分の意志を大事にすることに決めたため大幅にダウン)



ヴァイスへの信仰心

100


ユニークスキル


ゼウス神の加護


ゼウス神に祝福された存在に与えられるスキル。神聖魔法を使うときに効果および、成功率がアップ。他の神の関係者と戦うときにステータス上昇


ハデス神の加護


ハデス神によって強制的に与えられた加護。呪いをきっかけに今までわずかにあったが、パンドラによって開花させられた。邪教魔法を使うときに効果および、成功率がアップ。他の神の関係者と戦うときにステータス上昇


バットステータス


恋煩い


ヴァイスがかかわるとちょっと冷静さを失う。


備考

優れた容姿とあいまってクールな印象を受けるが、実はコミュ障なだけである。だが、冷たい塩対応に、最近は領地の一部の兵士から大人気。


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やっぱり闇の力と光の力を使うって心惹かれますよね!!

ダークネスさんとかむっちゃ羨ましそうにしそう。



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