第111話 嫌な予感

「ヴァイス、いきなり走り出してどうしたの、もう一人の十二使徒ってどういうことなのよ!」



 いきなり駆け出した俺にアイギスが問いかけてきた。



「あそこにいた死体は殺され方が二種類あったろ? バイオレットはあんな殺し方をしない。もう一人ハデス十二使徒がいるんだよ」



 追いかけてくるみんなが息を飲むのが聞こえた。

 まるで嬲るようにして、痛めつけられている死体に関してはバイオレットの仕業だとわかる。彼女はその心に強い破壊衝動を抱えており、定期的に適当な人間や魔物で発散しているからだ。

 だけど、奥で見た死体は違う。まるでどうやったら死ぬかを調べているようなやり方……あれはバイオレットではない。別の人間の仕業である。

 俺の言葉に一番に返事をしたのはスカーレットだ。



「バイオレット以外にもハデス十二使徒がいるのね……あの子が誰かを仲間にするなんて……」



 スカーレットは溜息をついた後、自分に言い聞かせるようにして言葉を続ける。



「まあ、クレスはともかく、ダークネスがいるんですもの。彼らも一方的に負けたりはしないはずよ」

「そうですね、ハデス十二使徒二人というのは厄介ですが、こちらにもゼウス教徒十二使徒と私たちがいます」

「あれだけで、敵の情報を見抜くなんてヴァイスはすごいわね!! ハデス十二使徒だかなんだかわからないけど、二人いるなんてラッキーじゃないの。一気に倒しちゃえば探す手間が省けるわね!!」

「ああ、そうだな……」



 彼女たちのいう通り、俺よりもはるかに強いダークネスと人生二回目のクレスがいるのだ。本来ならばそこまで心配をしなくてもいいはずだ。

 もしも、クレスがバイオレットだけを倒すために、とあるアイテムを使っていたら、あいつが……『不死のアムブロシア』がいた場合はおそらく苦戦は免れない。俺は嫌な予感を覚えつつ先に進む。

 やたらと長い通路を歩いていくとようやく明かりが見えてきた。



「この先にダークネスたちがいるのね!! どうしたのヴァイス?」



 気合を入れて突っ込もうとした彼女を俺は慌てて制止する。



「スカーレット様……無茶苦茶を言っていることはわかります。ですが、あなたにはここで俺の合図を待っていていただきたいのです? 」

「あなたは何を言っているの? 私に戦うなとでも言うつもりかしら?」


 

 案の定すごい目つきで睨まれてた。愛するダークネスと、直弟子であるクレス、それに実の妹であるバイオレットがいるのだ。当たり前だろう。

 アムブロシアを倒すには彼女の力が必須なのである。だから、時間がないのがわかっていながら、何とか説得しようと言葉を考えるとときだった。



「スカーレット様……きっとヴァイス様には何かお考えが……」

「でしょうね……わかったわ。その代わり、絶対ハデス十二使徒を倒しなさい」

「え……?」



 俺は何故か納得してくれたスカーレットに驚きの声をあげる。これがロザリアやアイギス、アステシアだったらわかる。だけど、彼女とはフィリスと一緒にいるときに行動を共にしただけだ。なのになんで信頼してもらえるんだ?

 俺の考えている事を読んだかのようにスカーレットが言った。



「フィリスが王都に帰ってからずっと言っているの……あんたはすごい人だって、自慢のお兄さんなんだって……私はあんたの魔法の才能は認めるけど、人格まではわからないわ。だけど……肉親であるあの子があれだけ褒めるんですもの。だったら、信じてもおかしくないでしょう」

「フィリス……ありがとう……。みんないくぞ!!」



 ここにはいないフィリスに感謝し、俺たちはバイオレットがいる奥の部屋へと入る。それと同時に感じる違和感……

 ああ、やっぱり、クレスのやつあれを使いやがったな……



「ダークネス、クレス大丈夫か!!」



 部屋に入った俺が見たのはハデス教徒らしき死体と、服はボロボロだというのに肌には一切傷がない男、戦闘中だというのに、椅子に座ったままのスカーレットに似た美しい顔の狂気に満ちた目をした女性。そして、傷だらけでクレスを背負いながら剣を構えるダークネスがいた。

 俺達に気づいた傷の無い男がニヤリと笑った。

 


「はっはっは、今日はお客さんが多いなぁ!! いいぜ。俺様に殺されにやってきたのか……?」

「く……ヴァイス。逃げろ……ここはまずい」



 珍しく冷や汗をかいているダークネスが声を荒げる。その理由を俺は知っている。



「ヴァイス様……大変です。魔法が使えません」

「ああ、だろうな……」



 ロザリアの言葉にうなづきながら……やっぱり、魔法が使えないことを確認して剣を構えるのだった。

 



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