第23話 ヴァイスとハデス
「おまえ……ハデスだな!!」
『我が正体を知っている? どこの神の使いだ? ゼウス? いや、この感覚違うな……』
まずいまずいまずい、こいつはこんなところで会っていいような敵じゃない。ゲームをやっていたからこそこいつの強さがわかる。
ゼウスの加護を受けるのは主人公だ、ヴァイスじゃない。でも、この言い方、俺も何かの神の加護を受けているのか?
まあいい、こいつが考え事をしている間に何とか打開策を考えねば……
神霊の泉に目を向ける。神々は異なる神々の加護に弱い。ゲームでも有効な弱点としては聖女の力でゼウス神の力を借りたり、神獣と契約して加護を得るのだが、俺の周りにつかえるものはいない。だったら何とかして異なる神の力が籠っている神霊の泉の力を与えれば……
「知ってるぞ、お前の弱点は神の加護だろう!! 神霊の泉の水さえあれば怖くないぜ!!」
『ほう、私の弱点すら知っているとはな。だが、貴様が泉に行くことは無い。どこの神の眷属か知らんが我が計画に干渉するとは不愉快だ。死ね!!』
「うおおおおおおお!?」
そいつが腕を振るうだけで紅い刃が発生して俺に襲い掛かる。とっさに回避できたのはゲームでこいつの攻撃方法を知っていたからに過ぎない。死を凝縮したハデスの得意技である。効果は単純、触れたら死ぬ。冗談みたいな効果である。流石はラスボスということだろう。
動作がムービーとおなじで助かったぜ。再び紅い刃を振るおうとしたハデスの身体が氷の矢を受け、その身を凍らせる。
「ヴァイス様ご無事ですか!!」
「ロザリア、助かった!!」
俺はロザリアの援護に礼を言いながら剣を構えて、凍り付いているハデスに向かって駆け出す。弱っている今のうちにとどめを刺さないと……!!
『フハハハハ、その程度の魔法で我の動きを止められると……なぜだ、なぜ動かん』
「何で俺がわざわざお前の弱点を叫んだと思ってるんだよ!!」
『まさか、この氷は泉の水で……くそ……力が……あれだけの情報で、よくこれだけの連携が……』
「俺のメイドは優秀なんでね!! 喰らえ!!」
俺の剣がハデスの喉を貫く。だけど、こいつは苦しそうな顔をしながらもこちらを睨みつけてきやがる。ハデスから感じる重圧は薄れてきているが徐々に氷も解けてきている。そして、こいつが弱ったのは一瞬だった。
再びハデスからすさまじい重圧を感じる。
クソが!! 聖女や神獣の加護がないとロクにダメージすら与えられないのかよ!!
そう思っている間にも氷が砕け散りハデスの身が自由になる。まずい……さっきは不意をうったからうまく行っただけに過ぎない。
このままじゃ、俺やロザリア……それにナイアルやアイギスも危ない。視界の隅にロザリアが武器を構えながらこちらに向かって駆け出してくるのが見えた。おそらく、何かがあったら俺の見代わりになってでも助けようとか考えてるんだろう。
ちょうどゲームで主人公の師匠が身代わりになって死んだように……そんなことさせるかよぉぉぉぉ!! 俺は急いで詠唱を唱える。
「影の暴君よ、その腕を我に貸し与えん!!」
『上級魔法だと……? うぐおおお!!』
俺の影が巨大な獣となり、その腕が俺と共に剣を握りより深くハデスの体により刺さる。これで倒せ……
「ヴァイス様!! 凍てつく鎧よ、我を守りたまえ!!」
ハデスと俺の間に氷の鎧を身に纏ったロザリアが割り込む。ハデスの奴は痛みに耐えながらも俺に反撃を仕掛けていたのだ。禍々しい死の力を纏う紅い腕が体に氷を纏ったロザリアと衝突して……均衡は一瞬だった。ロザリアが俺の方へと吹き飛ばされる。
「かはっ!!」
「ああ……」
とっさに受け止めたが、ロザリアは吐血して、苦しそうに呻いている。あばらでも折れてるのかもしれない。直撃をしなかったから生きているがこのままではまずい……
「ヴァイス様……逃げてください、ここは私が時間を稼ぎます……」
彼女は辛いだろうに、息も絶え絶えにそう言って、俺に微笑む。そのシーンはゲームの主人公を庇って死んだ師匠とかぶって……だめだ……このままじゃ、ロザリアが死ぬ……そして、主人公ではない俺には運よく助けなんかこないだろう。みんな死ぬのか……? せっかくうまく行きはじめていたのに……
そんなのイヤだ……俺はどうすればいい?
『ふはははは、ケルベロスごときの力で我を倒せると思ったか? 確かに貴様ごときが上級魔法を使うとは驚いた。だがそれだけだ……その女は無残に死に、貴様は何もできはしない。何もしない方がよかったな無能よ!! そして、その女も愚かだな……余計な事をしなければ死ななかっただろうになぁぁ……』
天から降りてくる声があざけるように嗤った。ふざけんな……そして……こいつは今何て言った? 俺達を何て言ったんだ?
「無能じゃねえ……」
『うん?』
「ヴァイスは無能じゃねえし、ロザリアは愚かな女なんかじゃねえんだよ!! クソみたいなチートをもってるてめえとちがって二人とも頑張って生きてんだよ!!」
心折れかけていた俺を復活させたのはヴァイスへの罵倒と……ロザリアを侮辱した言葉だった。俺の推しをろくに知らないこいつが罵倒するのがどうしても許せなかったのだ。
これはゲームの主人公が体験した負けイベントと同じだろう……だけど……負けたのは主人公だ。俺は主人公じゃねえ、踏み台にされた領主のヴァイスだ……そして、途中で死んだヴァイスの限界は誰も知らない。だから俺は信じるぜ。お前なら……苦労を超えたお前なら本来は到達できたってなぁぁ!!
「常闇を司りし姫君を守る剣を我に!! 神喰の剣!!」
『な……それは王級魔法……なぜ、貴様ごときがそれを……』
俺の影が今度は人の形をとる。それは闇そのものだった。まるで闇を支配するような圧倒的な黒。そして、俺はロザリアが纏っていた尖った氷を手に取りその黒を纏わせる。
一瞬で脳が焼き千切れるかと錯覚をするほどの痛みを感じる。だめだ……俺の魔力じゃ足りない……結局俺じゃダメなのか? 俺じゃあヴァイスやロザリアを救えないのか? ふざけんな!! 今やらなくていつやるんだよ!!
『一人では無理でも二人ならできるはずだ』
あの時のヴァイスのセリフが思い出される。それと同時に魔力が湧いてきて……
「うおおおお!!」
『大人しく喰らうものかよ!! なっ!?』
一瞬のふらつきの間に体勢を整えたハデスを氷の鎖がまとわりつく。ロザリアだ。彼女が最後の力を振り絞ってくれたのだろう。俺はそのまま駆け出して、今度はその腹を貫く!!
それと同時に圧倒的なまで闇がハデスの体内をむしばむかのように広がる。
『貴様ごときがぁぁぁぁ!! ゼウスに選ばれし存在でもないくせにぃぃぃぃぃ!!』
これだけダメージを与えても、まだ動きやがる。やはり、ダメなのか? まだ届かないのか? 俺が主人公じゃないから 主人公でなければ倒せないというのか?
一瞬弱気になった自分の中でロザリアを心配する感情と、俺への激励を感じた。ああ、そうだ。今の俺は一人じゃない。ヴァイスもロザリアだって力を貸してくれているんだ。
「負けるかよ!! 俺は主人公じゃねー!! だけど、俺達にしかない力だってあるんだよ。なあ、ヴァイス!! 一人じゃ無理でも二人ならできるはずだ。俺達は誰も死なせるわけにはいかねーんだよ!!」
「きゅーーーー!!」
絶対みんなを守るのだと、力を入れて更に剣に力を込めた時だった。それまで木々の間に身を潜めていた神獣が俺の肩に飛び乗って、叫ぶと不思議な力が湧いてくる。
この力はまさか……こいつか……
俺は肩の神獣にお礼を言って、更に力を込める。すると、剣が光り輝いて、ハデスが苦しみ悶えた。
『くっ、神獣の加護だと……所詮この器ではこれが限界か……貴様の名を教えろ……我が……』
「知る必要はありません!! この不審者!!」
氷を纏ったロザリアの槍がハデスの顔を貫き今度こそ息絶えた。細身のハデス教徒は正真正銘ただの屍になったようだ。
俺が戦っている間にポーション治療をしたのだろう。ロザリアが息を切らしながらもこちらにかけよって、俺にポーションを飲ませた。
「ヴァイス様、大丈夫ですか?」
「ああ、ロザリア、ありがとう……それにお前もな」
「きゅー!!」
「もう、心配させないでください。あんな相手に向かっていくなんて……あなたの身に何かがあったら私は……」
ロザリアは唇を尖らせた後、大切なものを逃さないとするかのように俺を抱きよせて、その豊かな胸に押し付けた。
やべえ、童貞にこの刺激はやばい……だけど……すごい安らぐな……自分でも気づかなかったが緊張したのだろう。どっと疲れが出てきた。このまま身を任せたいな……しかし、その願いが叶う事はなかった。
「何よこれ……争った跡が……こいつ死んでるじゃない」
「いちゃつくのはいいけど、屋敷でやってほしいなぁ。あ、それとも野外プレイがお好きなのかな?」
「いや、これは違うんだって!!」
「ああ、ヴァイス様……」
帰ってきた二人に気づいた俺は慌てて、ロザリアから離れる。そんな寂しそうな目で俺を見ないでくれ……
ハデスの事は隠し、細身のハデス教徒が暴れたと二人に事情を説明し、神霊の泉で薬を作る事にしたのだった。
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というわけでラスボスとの初エンカウントでした。
気合を入れて書いたのですがいかがでしたか?
面白いなと思ったら、ブクマや★、おすすめレビューなどいただけたら嬉しいです。
よかったらよろしくお願いいたします。
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