第21話 ヴァイスと神獣

「みんなあの獣を助けるぞ!! ロザリアはゴブリン達を引き付けて!! 二人はここで身を隠しててくれ!!」

「わかりました、ヴァイス様!! 動物にも優しいのですね。時間を稼ぐのは構いませんが倒してしまってもいいのでしょう?」



 俺の言葉にロザリアが武器を構えてゴブリン達に向かって駆けだす。なんか某弓兵みたいなことを言っているから一瞬不安になるが、ゴブリン自体は序盤のザコモンスターだ。彼女の敵ではないだろう。

 問題はこいつだ。神獣……強く正しい願いを持つものに力を貸すという獣である。ゲームのマスコット的存在であり、主人公やヒロインと契約を結び特別なスキルをくれたり、後半では乗り物になる便利な獣でなのだ。

 仲間にすれば強力なのだが、問題は契約できるかなんだよな……神獣に強い願いと覚悟を見せて認めてもらう。それが大事なのだ。主人公はハデス教の幹部と戦った時に、師匠が殺されて、自分の無力さを悔いて強くなりたいという願いから契約をしたという序盤屈指のエピソードを思い出しながら思う。俺にそれほどまでの強い願いはあるだろうか……?



「大丈夫か?」

「きゅーーー」



 神獣はゴブリン達から逃げる時に足を怪我したのか、擦り傷が目立つ。ウサギの様なありながら、その額には宝石のような石が埋まっている可愛らしい外見の生き物だ。

 俺が治療をしようと手を差し出すが思いっきり噛まれた。



「いっつ!!」



 思わず悲鳴をあげるが、深呼吸をして平静を保つ。神獣は嚙みながらも俺を睨みつけてくるがその体は震えている。

 そりゃあ、魔物に襲われたんだ。怖いよな。俺を警戒するのももっともである。前世で飼っていたウサギも最初はこんな感じだったなと思い懐かしい気持ちになりながら、神獣の背中を撫でて俺は優しく言い聞かせる。



「怖がらなくていいぞ。俺は味方だ」

「きゅーー?」



 言葉は通じないかもしれないがこっちの気持ちはきっと通じてくれるはずだ。

 しばらくそうしていると、神獣は噛みついてできた傷を舌で舐め始めた。まるで詫びるように……



「心配するな。別に痛くないよ。それよりお前の傷を癒したいんだ。信用してくれるかな?」

「きゅうー?」


 

 まずは噛まれてできた傷に薬草を塗って害がないことを示す。そして、安心させてから神獣に薬草を塗る。こいつの体毛がモフモフとしていて何とも癒される。



「きゅーーー!!」



 痛みが安らいできたのか、嬉しそうな声を上げて俺に体を擦り付ける神獣。ゴブリン達を倒したロザリアと、様子を見てきた二人がこちらにやってくる。



「いやぁ、ロザリアさんは強いんだねぇ」

「ほんとね、うちの兵士に欲しいくらいだわ」

「ありがとうございます。ヴァイス様を守るためには必要な事ですから……ヴァイス様、その子は神獣ですね。可愛い……」

「ああ、ロザリアのおかげで助けれたよ、ありがとう」



 ロザリアが俺が保護した神獣を見てうっとりとした顔で見つめる。ちょうどいい。魔力の高いロザリアが神獣の主になれば、強力な力になってくれるだろうし彼女の身を守るのにも役立つだろう。

 彼女の俺を守るという気持ちは強い。それこそ主人公たちが世界を守ろうとする気持ちと同じくらい……だから、彼女ならば契約できるはずだ。



「きゅーー……」



 そう思って、ロザリアと契約させるようとしたのだが、なぜか神獣は俺の後ろに隠れてしまった。俺以外の人間を恐れているのだろうか? 魔物に襲われていたから警戒をしているのかもしれない。



「きゅーーー、きゅーーー!!」

「うふふ、どうやらヴァイス様になついているようですね。この子もヴァイス様が優しい方というが伝わっているのでしょう」

「そんなものかな……俺はロザリアの方が優しいと思うが……」



 神獣との契約は先ほどの条件を踏まえた上で、その者の魔力を与えることで成立するのだが、この様子では難しそうだ。まあ、せっかく俺になついているのだ。無下にするのも悪いな。

 もう少し慣れれば、ロザリアにも懐くだろうし、神獣といて損はないだろう。何よりも癒される。



「じゃあ、俺についてくるか?」

「きゅーーきゅーーー!!」

「ああ、そんなにはしゃぐなって……それでアイギスはどうしたんだ? さっきから喋らないけど」



 俺は肩に登ってじゃれてくる神獣をあやしながら、何やら固まっているアイギスに声をかける。



「な……なんでもないわ」

「まさか、アイギス様は小さい獣が怖いのかなぁ。こんなに可愛いのにねぇ」

「うるさいわね。別にびびってなんかないわ!! ただ、どう行動するかわからないから反応に困っただけよ。それよりも神霊の泉に行くんでしょう。早く行くわよ」



 図星を突かれたのか大声を上げたアイギスの意外な弱点に驚きながらも、先を目指すことにする。彼女のお母さんの命がかかっているのだ。確かに無駄な時間はかけていられないだろう。



「そうだな、神霊の泉はもうちょっとだ。急ごう」

「その……別にその子が悪いってわけじゃないのよ……ただ、子供の頃にハムスターに噛まれたことがあって……それ以来小動物が苦手なの……感じ悪かったらごめんなさい……」

「いや、誰にでも苦手なものはあるしな。素直に言ってくれてありがとう。なんかより友達として親しくなった気がするよ」

「そうかしら……えへへ、なんかそう言われると悪い気はしないわね」



 そんなことを喋りながら神霊の泉へと歩いていると、肩の神獣が「きゅーきゅー」と何かを訴えるように鳴いて、それを見たアイギスの顔が固まる。気の強い彼女の意外な姿に思わず笑みをこぼすと睨まれてしまった。

 この反応はもしかして、神霊の泉が近いのか……と思いながら、俺達が少し進むと、そこにはキラキラと輝く水面の上に神霊たちが舞っている幻想的な景色が広がっていた。




「うわぁ……すごい綺麗ね……」

「うちの領地にこんなところがあったなんて……流石です、ヴァイス様!!

「これなら観光地にできるんじゃないかなぁ」



 三人が三者三様の感想を言う。俺は何も思わなかっただけではない。ただ言葉を失っていたのだ。ゲームでみたものよりも圧倒的なに綺麗で神秘的な景色に……

 そして、俺が泉に一歩近づいた時だった。



「ヴァイス様!! 危険です!!」



 ロザリアの槍が俺に向けて撃たれた矢をはじいた。奇襲だと!! ここに来るのは誰にも言っていないはずだが……



「誰ですか、出てきなさい!! このお方をヴァイス=ハミルトン様と知っての狼藉ですか!!」

「まさか、こんなところに神霊の泉があるとはな……」

「あんたたちは……」



 その奇襲をしてきた連中には見覚えがあった。アイギスの屋敷であったハデス教の連中だ。細身の男と巨体の男の二人組である。こいつら俺が治療薬を作るのに気づていたって言うのか……?

 俺は冷や汗を流す。ハデス教徒はゲーム中盤で戦う敵で、個人個人が特殊な能力を持った厄介な連中なのだ。大してこちらはまだろくに戦力も整っていないというのに……相手は二人とはいえ勝てるだろうか…

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