第107話 ヴァイスとロザリア

「久しぶりだな、ロザリア」



 目の前のヴァイスが一瞬目を瞑ったかと思うと、目を開き、何かを噛み締める様にしてそう言った。その様子にはロザリアは違和感を感じる。

 目の前のヴァイスの雰囲気が先ほどとは明らかに違うのだ。声は同じ、口調も同じ。顔も同じ。だけど……どこか陰のある表情と皮肉気な笑みに懐かしいものを感じる。



「ヴァイス様……なのですね」

「ああ、そうだ。俺はヴァイス=ハミルトンだ」



 ロザリアの言葉に彼はうなづき、ひと呼吸いれて、言葉を続ける。



「そして、あいつもまたヴァイス=ハミルトンだよ。あいつは俺の……俺達のためにヴァイスになってくれたんだ。わかるな」

「はい、わかっています。あの人がいるからこそ、今、私たちはこうして会話をできて……あのような未来にならないですんだのですね」



 ヴァイスの言葉にロザリアは、これまであったことを噛み締めるように思い出しながら頷いた。実の所、今の彼女を占めている感情は驚きと、混乱、そして、『彼』に対する尊敬の念だった。

 そう、ロザリアは彼から自分は異世界の住人であり、自分や、ヴァイス、アイギスや、アステシアにおきるであろう破滅フラグを救いたかったと聞いて純粋にすごいと思ったし、信頼に値すると思っていたのだ。そこに嫌悪の色はない。



 だって……彼が本当は私達に害をなすつもりだったら、もっとやりようがあったはずですから……



 それこそ、ボロボロのハミルトン領を切り捨てて、その知識を使ってお金儲けをしたり、力を得たりと、悪い事はやり放題だったのだ。だけど、彼は違った。彼は私たちのために頑張って、辛いときは支えてくれて、ハミルトン領を発展させてくれたのだ。これで信じないのがおかしい。

 


「ああ、そうだ。あいつのおかげで俺は正気に戻ったよ。ロザリア……今まで迷惑をかけて悪かったな。俺は悪い主だったな」

「そんなことありません!! ヴァイス様はいつでも一生懸命だったじゃないですか、それに本当は心優しい方だって言うのも私は知っています!!」



 ヴァイスの言葉に珍しくロザリアが声を荒げる。その様子を見て彼は嬉しそうに微笑んで、目元に涙を溜める。



「ああ、くそ、なんで俺はこんなにも尽くしてくれるお前がいたのに腐ったんだろうなぁ……お前だけじゃない。フィリスの話をもっと聞いてやればよかった。カイゼルの忠誠心をもっと信じればよかった。父上の……いや、クソ親父の言葉なんて無視をすればよかった。そうすれば俺だってハミルトン領をもっと……いや、俺じゃあそれはできなかったんだうな……俺にはあいつほどの熱意がなかった……心の強さがなかった……」

「ヴァイス様……?」



 涙を流しながら独白するヴァイスを見てロザリアは困惑の声をあげる。それはまるで別れの言葉の様で……思わずつかもうとする彼女の手を、ヴァイスは優しく押し返す。



「俺じゃあ、多分これからの危機は乗り越えられない。だから全てをあいつに託そうと思う。今までありがとう。ロザリア」

「ヴァイス様!!」 

「俺の最後の命令だ。やりたいように生きろ。お前の忠義はもう十分受け取ったよ。だからさ……自由になってくれ。恩に縛られず生きてくれ」



 その一言で彼が消えようとしていることをロザリアは理解した。そして、頑固なところがある彼は自分が何をいっても意見を変えないと言う事も……

 そもそも、一人の身体に二人がいるという状況がイレギュラーだったのだろう。だから、せめて彼が安心して消えれるように涙を溜めつつも笑顔をつくる。



「ヴァイス様……私はあなたに仕えることができて本当に幸せでした」

「……そうか、ありがとう。お前も頑張れよ。ハミルトン領を守るのもそうだが、恋愛面もさ。アイギスはよくわからんが、アステシアとかいう女は結構手強いぞ」

「恋愛面……ですか……?」



 ロザリアがきょとんとした様子で聞き返すと、ヴァイスはふっと笑う。



「お前はさ……あいつのことが好きなんだよ。俺に対するような親愛ではなく、男女の好きっていう感情だ。これでまでの感じた感情を自分の胸に聞いてみろって。それでさ、忠義とか気にしないでアタックしてみろよ。きっとあいつなら悪いようにはしないだろう」



 ヴァイスの言葉の通りこれまでの事を振り返ってみる。『彼』がアステシアと二人っきりにいると聞いて時々もやっとしたこと、ピュラーに襲われたと聞いて、守らなければという気持ちの他に、離したくないと思ったこと、そして、『彼』に褒めてもらうと嬉しくて……ほほ笑んでもらえると胸がポカポカして……それは最近になって気づき始めた感情で……



「ああ……」



 ロザリアはようやく理解する。曖昧だった感情。これまでとは違う、彼を想うことで感じる嬉しさと、独占欲の入り混じった苦い感情の正体に。ああそうか……私はあの人に恋をしていたんだ。

 


「ようやく、理解したか。悪いな。本当だったらお前が自分で自覚をするのを待つべきなんだろうが、それでは間に合わない気がしたんだ。俺はアステシアとかいうよくわからん女よりも、お前と結ばれてほしんだよ。あいついわくこういうのは推しカップリングというらしい」

「な……なにを……いや、ですが……私は……」

「好きな人と結ばれたいというのは本能だろう? そろそろお別れみたいだ。といっても俺も消えるわけじゃないから安心しろ。また会えるさ。それと……最後に一つだけ……ナイアルってやつに気をつけろ。俺はどういうきっかけであいつと仲良くなったのか、思い出せないんだ。気をつけろ……」



 そう言い残して、ヴァイスは糸の切れた人形のように倒れこみそうになり、素早い動きで、ロザリアがそれを抱きしめる様にして受け止める。

 すると、『彼』の顔が間近にあって……自分の気持ちを自覚したロザリアは自分の顔が真っ赤に染まり、心臓がドクンドクンと早鐘のように鳴り響くことに気づく。




 やわらかい感触といつもの甘い匂いが、俺の鼻孔をくすぐる。先ほどいきなり気を失ったのはなんだったのだろうか?

 俺が目を開けると、なぜか顔を真っ赤にしているロザリアに抱きしめられていた。



「ああ、悪い……話の途中で気を失っちゃったな……」

「あ……」



 驚いた声を上げる彼女とその目にたまっている涙で理解する。ああ、そりゃあそうだよな。本当の主がよくわからんやつに身体を乗っ取られていたのだ。泣きたくもなるだろう。

 そんな状況でも怪我をしないように体を支えてくれた彼女に感謝しつつも胸が痛むのを感じる。



「いきなり変なことを言われて理解するのも難しいし、信用できないかもしれないけどさ、俺は本当にヴァイスやロザリアが大切なんだ。だからさ、ハデス教徒を倒すまでいいんだ。俺に力を貸してはくれないかな?」



 今の俺の表情はどれだけ情けないだろう、それでも何とか微笑みかけることができたと思う。そして、彼女は……俺がじっと見つめると、なぜか顔を真っ赤にして逸らされてしまった。



「まあ、そうだよな……そんなことを言われても信じられないよな……だけど、俺は勝手にお前を救うよ。それだけは許してくれると嬉しいな」


 

 俺はヴァイスに誓ったのだ。ヴァイスを、ロザリアを……そして、ハミルトン領を救うと……たとえ彼女に認められなくてもその決意は変わらない。

 これ以上はここにいても彼女がつらいだろうと思い抱きしめられている身体を振り払い立ち上がろうとした時だった。力強い手に腕がつかまれた。



「ロザリア……?」

「違うんです!! 私は……あなたを信じていないわけではないんです。そのまだ色々と混乱してまして……それで失礼な態度をとってしまっただけなんです。すいません」



 彼女はどこか必死な様子で俺の腕をつかむ。まるで……俺がどこかにいくのを恐れるかのように。



「本当に信じてくれるのか? だって俺は……」

「はい、だって、あなたはこれまでも、私を……私やヴァイス様を助けてくれたじゃないですか? それに……ヴァイス様に言われたんです。あなたは信用できると……そして、あなたもヴァイス様だと……」

「ヴァイスがそんなことを……」



 ああ、そうか……さっき意識を失ったのはそういう事なのか? 俺がいない間に彼がロザリアを説得してくれたようだ。

 そして、俺は本人にもヴァイスだと認められたようだ。「俺がガンダムだ」みたいなノリである。そう、俺がヴァイスだ。すごい嬉しい。推しに推しであることを認められたのだからな……



「ですが……ヴァイス様にも本当の名前があったのでしょう? 良いのでしょうか?」

「ああ、気にしなくていい。俺はこの世界にヴァイスとして転生したんだ。だから、俺の名前はヴァイス=ハミルトン以外はなくていいんだ」

「あなたは……本当にすごい方ですね……」



 ロザリアが、少し驚いた表情で俺を見つめる。そして、少し緊張した様子で口を開いた。



「一つだけ質問があるのですが、なぜヴァイス様は私に真実を教えてくださったのですか? あのままごまかすこともできましたよね?」

「ああ、そうだな……だけど、ロザリアには嘘をつきたくなかったんだよ。ロザリアが初めて俺を信じてくれた人で……俺にとっても特別な人だからさ」



 そう、俺の物語はロザリアが支えてくれたからこそここまでくることができて、皆を救うことができたのだ。彼女が一緒にいてくれたからこそ俺はここまでこれたのだ。

 俺にとってもっとも救いたかった人物のひとりであり特別な仲間なのだ。



「私は特別ですか……」



 俺の言葉を繰り返すロザリアの瞳がどこか熱を帯びた気がする。そして、彼女は意を決したようににぎったままの俺の腕を引き寄せる。

 


「ロザリア……」

「すごい嬉しいです。ヴァイス様……そして、私にとってもあなたは特別な人です。元のヴァイス様と同じくらい……いえ、同じくらい大事ですが、違う意味でも……」

「うおおお!?」



 そういうと彼女は俺をぎゅーと抱きしめる。柔らかい感触にいやでも、彼女を意識してしまう。少し荒い息が俺の耳元に聞こえてくる。

 どれくらいそうしていただろうか? ようやく解放されて、顔を上げて彼女を見つめると、どこか熱い視線で俺を見つめていて……



「え? ロザリア……違う意味って……」

「あ、その……それはですね……」



 彼女もつい言ってしまったという様子で、珍しく動揺してる彼女が可愛いなどと思ってしまう。もしかして、俺が好きとか? いや、それはないな……だって、俺の正体がばれたばかりなのだから……彼女が好きだったのは本来のヴァイスなのだから……



 ボーンボーン



 時計の音が日付が変わったことを教えてくれる。そして、ロザリアは意を決したように俺を見つめたまま口を開く。



「私はヴァイス様のことが……」

「はっはっはー。あえて、日付が変わったと同時に、訪れる。予想外だっただろう。ヴァイスよ」



 ロザリアがなにかを言いかけたと同時に三階にあるはずの外に面した窓が乱暴に開けられて、一人の男が風と共に乱入してきた。

 そして、彼はみつめあい抱き合っている俺たちを見つめて……



「その……お取込み中でしたか?」



 素のテンションでダークネスはそんなことをいうのだった。



----------------------------------------------------------------------------------


空気を読まないダークネスさん……


カクヨムコン用に新作をかいてみました。よんでいただけたら幸いです。


不遇冒険者の成り上がりものですー



レベルダウンから始まる召喚無双〜俺だけ使える『マイナス召喚』は経験値を対価にあらゆるものを召喚するチートスキルでした。『英雄』『神獣』『聖剣』『魔王』を召喚し最強へ至る~


https://kakuyomu.jp/works/16817330651384780269





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る