第126話 アステシアと??2

『君がヴァイスだと慕っていた人間はこことは違う異世界の住人なんだよ。彼は君たちがどうなるか知っていてね。それで君たちの悲劇を回避するように動いていたのさ、まるで神様のようにね』

「そうなの……」



 異神は険しい顔をしたアステシアの反応を楽しむようにして語る。

 それは常人であれば信じるに値しない荒唐無稽な話だった。だが、目の前の異神の存在には、不思議とそれが真実だと納得させる説得力があった。



『不快だろう? 不気味だろう? 彼は君が……君たちが、困難に陥るのを知っていて、それを助けて、恩を売ってるだけなのさ、本来ならば君が慕うような人間ではないんだよ』



 異神はまるで、ヴァイスを悪役のようにかたる。それに対してアステシアは一瞬眉をひそめ、口を開く。



「その……異世界の人間はいつくらいにヴァイスに乗り移ったの?」

『うん? そうだな、大体二年くらい前かな……それがなにか?』



 予想外の問いに異神が困惑の声を漏らす。だか、アステシアはその答えを聞くと安心したかのように吐息を漏らす。



「そう、よかった……ならロザリアとも二年くらいの付き合いなのね、ならまだまだ勝ち目はあるわね。子供の頃から親しくしてたと思ってたから少し焦ってたのよね」

『は? きみは一体何の話を……』

「何って恋バナに決まってるでしょう? 異世界の神様にはわからないかもしれないけど、私だって必死なのよ」



 異神が息を呑んだ音がしたのは気のせいだろうか? だか、それだけ予想外だったのだ、アステシアの反応は……



「だって私は本当のヴァイスなんて知らないもの。私が知ってるヴァイスは私を救ってくれた今のヴァイスよ。異世界の人間だろうがなんだろうが関係ないわ」

『君は僕の話を聞いていたのかい? 彼は本当のヴァイスじゃ……』

「そんなことはどうでもよいのよ、私にとっては彼が本物なの。大体ヴァイスが、恩を売っているだけですって? 失礼なことを言わないで! 彼は自分の命をかけても救ってくれたのよ!」



 アステシアは覚えている。呪いによって誰も信用出来なかった自分を気遣ってくれた優しさを……彼を敵だと思い込み薬までもった自分をエミレーリオから助けてくれて、呪いまで解いてくれた彼の優しさを……

 あれが演技でなく本気で救おうとして、アンジェラとの再会を彼が喜んでくれたのをアステシアは誰よりも知っているのだ。

 そんな彼だからこそ、自分は惚れたのである。



「だから、ヴァイスに仇なるものならばなんだって私は戦うわ。それが仮に異世界の神であってもね」



 その言葉と共にアステシアの腕から光が発生して、目の前の異神を浄化する……ことはなかった。一瞬だった。目の前のソレが纏う空気が一瞬にして変化したのだ。

 


『予想外の反応だなぁ……だけど、君は神を馬鹿にしすぎている。それは僕という存在への不敬ではないかな?』

「あ、ああ……」



 異界の神のまとう雰囲気が一変しアステシアは意識が飛びそうになっていく。ソレを見ているだけで頭が狂う。ソレを見ているだけで心が狂う。それは圧倒的な死をまとうハデスとは違う圧倒的なまでの狂気をまとった存在だった。



『ああ、ごめん。人間には強すぎたかな……でも、君が僕のことを誰にも話さないと約束してくれれば……」

「つぅ!!」

『なっ……痛みで僕の狂気に抗うだって……』



 それは反射的な行動だった。アステシアは隠し持っていたナイフを膝に刺したのだった。真っ白い肌に赤い血が流れる。

 そして、彼女は痛みに耐えながらもにやりとわらうと神の奇跡を行使する。それも自分の治癒ではなく、ヴァイスの体に入ったソレを浄化するために。



『正気かい? 確かに他の神の力は僕を倒す力になる。だけど、君の負担は相当なもののはずだ。このまま死ぬかもしれないんだよ』

「それが何かしら、私の力でヴァイスを救うことができるなら本望よ!!」



 ゼウスとハデスの加護を得た輝きがソレを包むと徐々にその力が弱まっていく、だが、険しい顔をしたアステシアの顔は徐々に疲労に染まっていき、鼻からはつーっと血が流れていく。



『あははは、本当に自分の命を犠牲にしてでも、彼を救おうというのか!! いいね、君は本当に狂っている!! 気に入ったよ、君には僕に抗う力をあげよう!!』

「あなたの力……そんなものはいらないわ。私は……」

『なに、遠慮する必要はない。どのみちこのままでは僕が有利になりすぎてつまらなかったところだからね。それに……この力があればヴァイスを僕から解放することだってできるかもしれないよ」



 その言葉と共にソレは不気味な光を発する。一瞬具現化したその体はまるで触手のようでアステシアは何かを思い出す。



 ああ、あれはナイアルの育てていた植物に似て……



 そして、そのままアステシアは意識を失った。




「うーん……」



 俺は眠りから覚めると、なにやら肩に重みを感じる。しかも、なんか柔らかくてむっちゃ良い匂いがするんだけど……

 そして、目を開けると視界に入った光景に思わず俺は驚きの声をあげる。



「うおおおお!? アステシア!? なんでぇぇぇ!?」



 そう、俺の目の前にはアステシアの寝顔があったのである。彼女は俺の肩をまるで枕にするようにしてすやすやと眠っていたのだ。近くで見ていると本当にきれいな顔をしている。

 流石は俺の推しである。じゃなくて……




「一体なにが……」



 確か儀式の前にアステシアに精神が落ち着くお茶とやらをもらったらいきなり眠くなって……こいつ、また俺に薬をもったのか?



「おい、アステシア……」

「ううん……」



 俺の腕を枕にしている彼女をゆっくりとゆすると甘い声をあげながら目を開ける。「ふぁーあ」と可愛らしくあくびをする姿がなんとも目の毒だ。



「ああ、ごめんなさい。疲れて寝ちゃったみたい」



 寝起きの、いつもは他人には警戒心の強い彼女の無防備な姿にちょっとドキッとする。



「いやいいんだが……儀式はどうなったんだ?」

「ああ、それなら何の問題もなかったわ。今回のハデス十二使徒に呪いを使うやつはいなかったようね」



 十二使徒の加護を知っている俺からしたらまあ、そりゃあそうだろうな……とは思ったが、彼女は心配してくれたのだ、ならば感謝の言葉を言うべきだろう。



「俺のことを心配してくれてありがとう、アステシア」

「……どういたしまして」



 俺の言葉に嬉しそうにいびつだけど笑みを浮かべる彼女に胸がドキドキするのを感じ、このままでは色々とまずいと思った俺は慌てて彼女に言う。



「それでさ、そろそろどいてくれないか? この状態は色々とまずいだろ」

「最近ヴァイスがいなくて寂しかったの……だから、もうちょっとこのままじゃダメかしら?」



 アステシアが甘えるように俺の胸元に顔を寄せてくる。ふわっと甘い香りと彼女の吐息が胸元を刺激してきてなんとも魅惑的である。



 うおおおお、やべええ!! いつもはもっとクールなのになんでこんなに甘えてくるんだよぉぉぉ!!



 何度も言っているがアステシアは俺の推しなのである。ゲームでは誰にも心を開かなかった彼女にこんな風に甘えられると色々と俺の自制心がやばくなってしまう。

 色々と限界になった時だった。



「ホワイトちゃんが必死な顔でやってきたのですが、ヴァイス様、アステシアさん、ご無事ですか!!」



 肩にホワイトののせたロザリアが彼女にしては珍しくノックもなく扉を開けてやってきて……俺たちを見てその表情が固まる。

 そして、じとーっとした目になる。



「ヴァイス様……何をされているのでしょうか?」

「いや、これはだな……儀式かな……」

「そうね、儀式よ」

「キュー……」

「ふーん、そうなんですね……」



 ロザリアの目がさらにジトーっとしたのは気のせいだろうか? ホワイトもこころなしか呆れた声で鳴いている気がする。まあ、はたから見れば儀式という口実でいちゃついているだけにしか見えないしな……

 

 あとでロザリアが不機嫌だったとメグに愚痴られて無茶苦茶事情を聴かれることになったのは別の話である。そして、なにはともあれ俺たちはハミルトン領に戻ったのだった。





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アステシアさんはなにも覚えていません。なんででしょうね……


新作を二作品はじめました。


勘違いものとラブコメです。よろしくお願いいたします。



処刑フラグ満載の嫌われ皇子のやりなおし~ギロチン刑に処され死に戻った俺ですが、死にたくないので民に善行を尽くしていたらなぜか慕われすぎて、いつのまにか世界を統べる王になっていました~

https://kakuyomu.jp/my/works/16817330660264806569




エルフ語でこっそりデレる美少女転校生エルフは、異世界帰還者である俺には筒抜けなことをまだ知らない


https://kakuyomu.jp/my/works/16817330660472639402

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