第102話 スカーレットの研究室

 そこには大量の書物が入った本棚と、壁には強力な魔力を放つっている魔物の素材や、錬金術に使うであろう不思議な金属製の窯が置かれている一室だった。そして、高価そうな机の上には書類がきれいに並べられている。



「ここが私たちの研究室です。師匠は今、外出中なんですが、明日に帰ってくるので、よかったらまた来てくださると嬉しいです。師匠もお兄様に会いたがっていたので……」

「ああ、こちらこそ、急に来てすまなかったな」



 俺はフィリスに魔法学園を一通り案内してもらい、スカーレットの研究室に連れてきてもらっていた。明日といえばダークネスとの待ち合わせの日だ。そうなると彼女も一緒の可能性が高い。



 ゼウス十二使徒が二人がかりの任務か……となると、やはりハデス十二使徒関係か……俺のゲーム知識が通じる相手ならいいんだけどな……



「お兄さま……何か悩み事ですか? もしや、王都に来たことと何か関係が?」



 考え事をしているとフィリスが心配そうな顔でこちらをのぞき込んできた。彼女には領地が落ち着いたこともあり、ダークネスに稽古をつけてもらうと話しているのだ。おそらく事情を話せば、彼女は俺と共にハデス教徒と戦おうとするだろう。

 だけど、俺は……フィリスを……ゲームと違い自分の道を見つけた彼女には学園生活を楽しんでほしいのだ。



「ああ、いや……この研究室が結構きれいだなって思ってさ……スカーレットさんは掃除とかできなさそうなイメージだったからさ」

「う……それは……」

「あはは、ご名答です。師匠は魔法以外はからっきしですからね。いつも僕やフィリスがかたずけてるんですよ」

「クレス、それはだれにもいうなって言われているじゃないですか!!」

「あはは、そうだっけ? こちら、よかったらどうぞ」



 余計なことを言ったクレスをフィリスが叱りつける。どうやら、スカーレットは想像通りのポンコツだったようだ。

 クレスはそんなフィリスにおどけた笑みをうかべながら、紅茶を出してくれる。



「ああ、でも、ヴァイスさんは王都に来るタイミングが悪かったですね。今はちょっと大変なんですよ」

「何かあったのか?」



 クレスの言葉に思わず俺は気を張る。まだゲーム本編よりも前なので、ハデス教徒が本格的にうごきだしてはいないはずだが、その前兆はあるのかもしれない。

 ここで情報を仕入れておけばハデス教徒に先手をとれるだろう。



「せっかく王都に遊びに来てくれたのに、変な気持ちにさせたら嫌かなとお兄様には黙っていたんですが、王都に住んでいる商人と貴族が『ゼウスの使徒』を名乗る人間に暗殺をされているんです。殺された人の名前は確か……」

「豪商ウィルとアーメット侯爵だね。二人ともそこそこ権力をもった人間ですからね。みんなぴりぴりしているみたいです」

「なんだと……」



 俺はその二人の名前に聞き覚えがあったこともあり、思わずうめき声をあげてしまう。その二人は王都にハデス教徒を送り込んだ主犯格の三人のうちだからだ。

 俺と関係ないところで歴史が変わっている……それとも本来は死んでいるはずのダークネスが関係しているのだろうか?

 俺がそんなことを考えていると、にやりと意味深な笑みをうかべるクレスと目が合った。俺は怪訝におもいながらも二人と雑談を続けるのだった。




「ヴァイス様……本当に襲撃者がやってくるのでしょうか?」


 魔法学園にから帰った俺は隠しショップで必要なものを買ったあとに、ハデス教徒を王都に招き入れる最後の一人が住んでいる屋敷の前で不審者がいないか監視していた。屋敷のまわりの警護がやたらと厳重なのは気のせいではないだろう。



「まあ、今日来るかはわからないけどな……でも、誘われていたような気がするんだよな」


 

 クレスのやつはあえて、俺に情報を漏らしたような気がする。幸い今夜は暇だし、あいつの考えや、『ゼウスの使徒』とやらも気になる。

 とりあえずは、現場をとりおさえて、逃げ場をなくし『ゼウスの使徒』とやらと話を聞くとしよう。



「なるほど……さすがはヴァイス様の情報取集力は王都でも健在なのですね……それで、この仮面には何か意味があるのでしょうか?」

「ああ、これか……一応今回は隠密行動だからな。正体を隠そうと思ってな。かっこいいだろう?」



 そういって、俺がどや顔で身に着けているのは通称パンプキンヘッドだ。ハロウィンの時のジャックオーランタンを身に着けているのだ。マフティーとは関係はない。

 ゲームで装備した時の効果はアクセサリー扱いで、これを見た相手は困惑して攻撃の命中率がさがるというものだ。



「ちなみにロザリアの分もあるが……」

「いえ、私にはもったいないです、大丈夫ですよ」

「だが、これって結構すごいアイテムなんだぞ」

「ヴァイス様、それよりも屋敷の方が騒がしくなってきたようです」



 俺の言葉にロザリアが笑顔のまま話を逸らすように、屋敷の方を指さすとすっかり騒がしくなっている。


 どうやら、襲撃がはじまったようだ。まあ、別に襲われる奴は敵だし、守る気はないからいいんだがな……

 そして、すさまじい速さで、屋敷から逃げ出していく影が一人目に入った。


「いくぞ、ロザリア!!」

「はい、ヴァイス様!!」


 そして、俺たちはその人影相手に、駆け出すのだった。





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