第41話 アステシアと神霊の泉

「それにしても、ナイアル様を置いていってよかったのでしょうか?」

「まあ、あいつならなんとかするんじゃないかな……」



 エミレーリオを倒した後に、俺達はハミルトン領の神霊の泉へと馬車を走らせていた。本当はナイアルと一緒に帰る予定だったのだが、何やら用事があるとの事で、先にハミルトン領まで送ってもらったのだ。

 そして、今はうちの馬車に乗り換えて、神霊の泉に向かっているのである。



「その……アステシアさんは大丈夫でしょうか? 私のせいでお一人で乗っていただくことになってしまって……」

「気にするなって。それだけ邪教の呪いは強烈なんだよ。ロザリアが悪いんじゃない。それに彼女はホワイトと一緒だから大丈夫なはずだ」



 今頃無茶苦茶幸せそうにもふもふしてそうだなぁと、ホワイトとじゃれて、嬉しそうなアステシアの顔を想像して思わずにやける。

 アステシアだけ馬車が違うのはロザリアへの配慮と、アステシアが望んだからだ。彼女いわく、「呪いから解放されるための心の準備が欲しいので誰とも会いたくない」との事である。

 そのかわりにホワイトを貸してほしいと要求してきたから、実はモフモフしたいだけなんじゃないかなと思ったがつっこむのは無粋だろう。色々と考えたいことはあるだろうし、それに……彼女はこれからは普通の犬とかもモフモフできるのだ。



「ああ、それと、例の手紙もあっちに届いているかな?」

「はい、もちろんです。今頃少し遅れてこちらに向かってきていると思いますよ。それにしても、ヴァイス様はお優しいですね。さすがです」

「そりゃあ、推しには幸せになってほしいからな」

「推し……ですか?」



 俺の言葉を怪訝な顔をして、おうむ返しするロザリア。そうだよな。この世界には推しという言葉は無いんだ。なんて説明しようかと迷っていると、彼女は優しく微笑む。



「その言葉は存じ上げませんが、良い言葉というのはわかります。それならば、私にとっての推しはヴァイス様でしょうか?」

「え……ああ、ありがとう。何か恥ずかしいな」



 ちょっと悪戯っぽく笑うロザリアに俺は何かむず痒くなる。何というか照れくさいが……今の俺は前世の俺ではない。ヴァイスなのである。

 イケメンにしか許されないようなクサい言葉も『ガンガンいこうぜ』だ!!



「俺にとっての推しはロザリアもだよ」

「うふふ、ありがとうございます。お世辞でもうれしいです……そろそろついたようですね」



 顔を赤らめるロザリアと見つめ合い、ちょっと甘い雰囲気が流れる中、豊かな緑が目に入ってきた。俺は馬車から降りて、アステシアの馬車へと向かう。他の人間では彼女を傷つけてしまう可能性があるからな。



「おーい、アステシア」

「きゅーきゅー♪」

「あーもう、かわいいでちゅねー。うちの子になりまちぇんか? ずーっとこうしていたいでちゅ」

「……」



 ノックをせずに扉を開くと、ホワイトを抱きしめて恍惚の顔をして赤ちゃん言葉をしゃべるアステシアがいた。

 いや、馬車が止まったんだから準備しとけよと突込みを心の中でしていると、デレデレに笑っている彼女と目があって……アステシアが一瞬にして、全ての感情を捨てたかのような無表情に変わった。



「ようやく、神霊の泉についたのね……」

「あ、ああ……これで呪いから解放されるはずだ」

「そう……ようやくこの呪いともおさらばされるのね。長かったわ……ありがとう、ヴァイス。この恩は必ず返すわ」



 無表情にシリアスな事を言いだすアステシア。こいつ、なかったことにするつもりだぁぁぁぁぁぁ!! すました顔をしているアステシアをよく見ると少し顔が赤い。別に動物好きなくらい隠さなくてもいいと思うんだが。



「じゃあ、いくぞ。心の準備はできているか?」

「もちろんよ。ちょっと緊張しているけど、問題ないわ」



 俺は馬車の扉を背にして言う。先ほどの推しの可愛い姿を見て、ついにやけてしまう。



「動物を可愛がっているアステシアも自然でいいと思うぞ」

「最後まで見なかったフリをしてよ、ばかぁ!!」



 彼女の羞恥に満ちた悲鳴が神霊の泉をこだました。いやぁ、推しをいじりたくなる時ってあるよな。だけど、元気になって本当に良かったと思う。







 神霊の泉に行くまでに何体か魔物と遭遇したが、それ以外は大した問題がなく進む。前衛にロザリア、真ん中に俺、サポートにアステシアの布陣だが、まじでやばいくらい強い。そして、推しになって推しとパーティーをくんでる俺の精神もやばい。俺の語彙力もやばい。



「こんなに神霊がいるなんて……」

「何度見てもすごいですね……」

「ああ、すごい綺麗だよな……」



 泉の前に進むと前回同様に蝶々の形をした神霊や、ホワイトと同じ種族の神獣が水浴びをしていた。水面は太陽光を浴びてキラキラとしておりなんとも美しい。



「それではヴァイス様、アステシアさん、私は周囲の見回りをしてきますね。その……ヴァイス様が解けるって言うんです。絶対解けますから安心してくださいね」

「ええ……ありがとう」



 ロザリアと、アステシアが少しぎこちないながらもやりとりをする。呪いがあるだろうに笑顔を浮かべるロザリアの精神力すごいなと思う。

 そして、ロザリアの姿が消えると俺の肩にいたホワイトが、飛び降りて泉の方へと走って行った。



「きゅーきゅーきゅーー!!」

「きゅ? きゅーー!!」



 ホワイトが彼らに伝えてくれたのだろうか、入っていいよとばかりに、神霊や神獣たちが泉までの道をあけてくれる。まるでモーゼみたいだな。

 そして、神霊たちが俺達に対して微笑んだ、そんな気がした。



「じゃあ、行ってくるわね」



 呪いが解けるか不安なのだろう、どこか緊張した様子でアステシアが口を開く。俺はそんな彼女を安心させるように声をかける。



「大丈夫だ。神獣たちも見守ってくれているだろ。君は絶対治るよ。もしも、治らなかったら俺が責任を取るさ」

「なっ……責任って……あなたは少し言葉を選んだ方がいいわよ……でも、ありがとう。ちょっと勇気がでたわ」

「ああ……頑張れ」



  俺の言葉になぜか顔を赤くしながらも、彼女は頷いた。そして、意を決したように泉の前に進むと……なぜか、入らないで俺の方をちらちらとみつめてくる。

 一体どうしたと言うのだろう、ちゃんと見守っているから安心して欲しいんだが……



「あの……服を脱ぐからあっちを向いててくれないかしら?」

「え? ああ、そういうことか!! 悪かった」



 俺は慌てて反対方向を向いて、目を瞑る。そういえばゲームでも聖女が神霊の泉に入るときは服を脱いでたな……確か服についた穢れを泉に紛れさせないためだっけな……その時主人公が覗くか覗かないかで、仲間の好感度が変動するんだよな……

 シュルシュルと布をこすれる音が耳に入る。冷静になったらすごい状況じゃないか? 推しが今、後ろで服を脱いで全裸になっているんだぞ!! 前世では女の子に縁がなかったせいか変な気持ちになってきた。



 そう……後ろを向けばアステシアが裸で……



 ゲームでも見れなかった推しの裸が見れるのだ……思わず生唾を飲んだ俺は意を決して……全力で自分の膝をつねった!!

 覗きなんかしていいはずねえだろ!! 俺は推しを幸せにするために転生したんだよ!! 彼女を救ったのは推しに不快な思いをさせるためじゃないんだよ!!



「うぐぐぐ」



 我ながら力が入りすぎたためか、つねった膝が無茶苦茶痛い。俺が痛みと戦っていると、後ろから足音が聞こえた。



「もう振り向いていいわよって、何をやってるの?」



 俺が全力で呻いているのがきになったのか、怪訝な声を上げている。本能と戦ってたんだよ。しょうがないだろ!!

 振り向いたアステシアの長い髪にはわずかに水気が滴っており、いつもより少し色っぽかった……ってそうじゃねえよな。



「その……見てくれるかしら?」

「ああ、任せてくれ」



 緊張した様子の彼女を安心させるように微笑んで、俺はアステシアの白い手に触れて、ステータスを確認する。

 俺が彼女に結果を伝えようとすると、なぜか、信じられないものを見るかのように目を見開いた。その視線は俺の背後を見つめている。

 手紙を届けた相手がちょうどいいタイミングできてくれたようだ。



「アステシア!! 呪いが解けたって本当かい? 私はあんたにひどいことを……」

「アンジェラ姉さん!? なんで、ここに……」



 後ろの方から呼び掛ける声に彼女は信じられないとばかりに驚愕の声を上げて……俺に目で訴えてきた。



「ああ、大丈夫だ。久々の再会を楽しんでくれ」

「よかった……ありがとう。アンジェラ姉さぁぁぁぁぁん!!」



 そう言って彼女は涙を流しながら駆け出していき、アンジェラと抱きあう。俺が二人の再会を祝福しているとロザリアが隣にやってきた。



「アステシアさんは呪いから解放されたんですね。アンジェラもあんなに喜んで……本当によかったです。さすがですね、ヴァイス様」

「俺だけじゃないさ。ロザリアが力を貸してくれて、アンジェラがいつまでも彼女を救う方法を探していて、アステシアもあきらめなかった。だから、彼女は救われたんだよ」



 再会を喜ぶ二人の泣き声が神獣の泉にこだまし、それを見守るかのように神獣たちも見つめている。そう、みんなががんばったからこそ救われたのだ。俺の推しであるアステシアはようやく救われたのだ。ほっとすると、同時に胸の中から熱いものが溢れてきそうになる。

 ゲームでは救えなかった推しを俺は救う事が出来たのだ。俺は満足しながら彼女達を見守り続けるのだった。



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ファンタジー小説ってなんかみんな水浴びしている気がします。

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