第27話 ヴァイスとアステシア

『冷酷なる偽聖女アステシア』はゲームではハデス教の十二使徒序列二位の幹部である。ゼウスの力とハデスの力を使いこなす強敵だ。

 ネットでは命乞いをした兵士すらも、皆殺しにする容赦をしない戦い方と、その反面、仲間には優しく、特に子供には甘いというギャップとが話題になったクール系美少女キャラである。

 

 一番話題になったのは……胸元から神のいかずちを出す通称「おっぱいサンダー」と、倒した後に彼女が密かに保護をしていたハデス教徒の戦争孤児たちを集めた孤児院でのエピソードが印象的だった。子供たちはずっと彼女の帰りを待っており、彼女の私室には悲しい過去に関する出来事が書いてあったのだ。

 そんな事を思い出しながら俺は誰にも聞こえないようにぼそりと呟く。



「そうだよ……俺は彼女の事も救いたいと思っていたんだ」



 ヴァイスが男性キャラの推しならば、彼女は俺の女性キャラの推しである。そして……ヴァイスやアイギスのように彼女もまだ救えるかもしれないのだ。

 俺の反応に彼女が怪訝そうに眉を顰める。



「あんた……アステシアを知っているのかい?」



 ああ、そうだよな……なんで地方領主が一人のプリーストを知っているんだって話だよな? アンジェラが不審に思うのも無理はない。どう言い訳をするか……とかふつうの転生者だったら思うんだろうなぁ!!



「ああ、確か数年前に王都で強力なゼウス神の加護を持つ少女で現れて、聖女と呼ばれていたのだろう? その子が確かアステシアだったな。結局偽物だったという噂が流れて彼女は王都から追い出されたと聞いたが……」



 アンジェラの疑問に俺はスラスラと答える。俺はヴァイス同様彼女の事もちゃんと頭に入っているんだぜ!! しかもファンブックには彼女の過去まである程度書いてあった。ヴァイスと違ってボスの幹部だからね!! 情報量も段違いなのさ!!



「へえ、あんたが子供の頃の話だって言うのに随分と詳しく覚えてるんだね」



 アンジェラが感心したようにうなづいて、そして……悲しそうな表情で言葉を続ける。



「あの子はね、別に偽物とかじゃないんだ。本当に強力な力を持っていたんだよ……だけど、そのせいか他の人間に疎まれるようになって……いや、それだけじゃないんだよ。なぜか彼女を見ると……みんな苦手だなって思ってしまうようになったんだ……」

「それで、あなたはそれを邪神か何かの呪いだと思っているんだな? そして、神獣の加護を持つ俺ならば他の神に力に対抗できるから、救ってほしいとそういうわけか」



 アンジェラの推測は正しい。アステシアは強力な力を持っていたが故に、その存在を警戒したハデス教徒の幹部によって呪いをかけられているのだ。その呪いは強力で……おそらく、彼女自身もかけられていることに気づかず、日々を過ごして……そして、人々に傷つけられたところをハデス教徒によって、救われたのだ……いや、救われたと思ってしまったのだ。

 そんな彼女もゲーム本編よりも前の今ならばまだ救えるかもしれない。だけど気になった事がある。



「話はわかった。だけど、なんであなたは彼女の事をそれだけ心配するんだ? 同じプリーストというだけの関係ではないだろう?」

「それはね……あの子と私は姉妹の様に育ったんだ。だけど……私じゃあ、あの子を救えなかった。抗えないんだよ……だから……」

「アンジェラが冒険者になったのも、元はその子を救う方法がないかを調べるためでしたもんね。残念ながら高価なお金で買った聖水をとどけても効果がなかったようですが……」



 子供の相手を終えたのだろう、ロザリアが扉を開けて俺の隣に座る。アンジェラは神妙な顔をして頷いている。

 この人アステシアとそんなに関係が深かったのかよ……不自然にキーキャラクターがいる気がするが、元はこのハミルトン領は主人公が拠点とする街なのだ。おかしくはないだろう。もしかしたらアップデートでイベントが入る予定だったのかもしれないな。



「てか、聖水を送ったって事はアステシアの居場所はわかっているのか?」

「ああ、隣のインクレイ家の領地の教会で働いているよ。あまり扱いは良いとは言えないみたいだけどね……」



 悲しそうに言う彼女が、それでもアステシアを強引に連れて来なかったのは呪い効果が強力なせいだろう。呪いの対象はアンジェラでも例外ではない。だから、直接会ったりはしないのだろう。

 アンジェラの力になれない事を悔やんでいる表情が何とも辛い。



「我がハミルトン家とインクレイ家の仲はあまり良いとは言えません。おそらく、彼女に会いに行くとしても領主としてではなく、平民のふりをしてインクレイ家の領地に行くことになると思います。そして、ヴァイス様の正体がばれたら危険がその身に降り注ぐかもしれません。どうしますか?」



 ロザリアにしては珍しく無表情で俺に訊ねる。アンジェラは昔の仲間だ。力になってあげたいという想いと、俺の身の危険を案じる思いがぶつかり合っているのだろう。

 心配するなよ。俺の気持ちなんて決まっている。だって……俺がこの世界に転生した理由は悲惨な目にあった推しを救う事なのだから。



「アンジェラ、このヴァイス=ハミルトンがアステシアを救って見せると誓おう、その代わり、神霊の泉の管理の件は頼むぞ」

「本当にいいのかい? あんたの身に危険が……」

「そんなものはないよ。だって。俺の傍には優秀なメイドがいるからな。なあ。ロザリア」



 冗談っぽく言う俺の言葉に、ロザリアの表情にいつもの笑顔が戻る。



「はい、ヴァイス様の身は私が守ります」

「違うだろ。二人でお互いを守りあうんだ。俺とお前なら何でもできるさ。じゃあ、準備をするぞ」



 そして、俺達はアステシアと会うことになったのだった。




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