第28話 とある館での出来事

「くそがぁぁぁぁぁ!! なんで、ブラッディ家の令嬢がハミルトン家のクズと仲良くなっているんだよ!!」

「きゃあっ!!」



 僕が……ヴァサーゴ=インクレイがイライラして、怒鳴りながらテーブルを叩くと質素な布のようなみすぼらしい服を着た少女が悲鳴を上げる。彼女の恐怖に満ちた表情に僕の溜飲が少し下がっていく。もちろん、彼女はメイドなどではない。奴隷である。

 


「ヴァサーゴ様……落ち着いてください……お飲み物が……」

「うるさい!! 僕に口答えをしていいって、いついった!? こぼれたんならさっさと拭けよ!! 大体ハミルトン家は代々僕らインクレイ家よりも格下なんだよ!! なのに、僕が口説き落とすはずのアイギスと仲良くなったうえに、僕が奴隷たちの売買ルートを口利きしてやったグスタフやバルバロまでを捕まえやがって!! あいつのせいで僕の計画はめちゃくちゃじゃないか!!」


 

 あわてて自分の身に着けている布で無様にテーブルを拭く奴隷に怒鳴りつける。この国では禁止されているが、やはり奴隷はいい。どんなふうに扱っても文句は言わないからね。

 そして、同じように使い勝手のいい奴隷を欲しがる貴族はたくさんいるのだ。だから、何かあった時の責任を押し付けれるようにハミルトン家の領地に奴隷売買組織の拠点を置いたっていうのにあいつのせいで……

 僕が自分の不運を嘆いていると、扉が開く。奴隷を飼っているこの屋敷を知っている人間は多くない。やってきたフードを深くかぶった男は僕の協力者である。



「おやおや、どうしましたヴァサーゴ様。今日は特に機嫌が悪いようですな……」

「お前は……お前の言うとおりにすれば安全に奴隷の売買ができる上に、何かあったらハミルトン家に全てを押し付けれるって言ってたじゃないか!! なのに……」

「そうですね……ハミルトン領の領主があそこまで優秀だとは予想外でした。私の予想ではこのまま悪徳領主としてグスタフたちの言いなりになると思ったのですが……」



 僕が怒鳴りつけていると言うのに、フードの男は涼しい顔をしてやがる。しかも……ヴァイスのやつが優秀だって……? フードの男の言葉がより僕をイラっとさせる。



「優秀なもんか!! あいつはたまたま運がよかっただけだ!! それとお前の計画が杜撰なだけだろ!!」

「そうですね……せっかくヴァサーゴ様に力を借りたというのにこのような結果になってしまい申し訳ありません」



 頭こそ下げているもの、奴隷と違い全然こたえていないであろう様子が何とも憎らしい。だが、この男には奴隷の販売ルートや麻薬の入手経路など利用価値がまだまだある。

 それに……こいつからもらった証拠の出ない毒薬のおかげで忌々しい親父と弟を毒殺することで僕が領主になったのだ。多少の恩はある。



 まあ、優秀だからって妾が生んだ弟を領主にしようとした馬鹿な親父や、身の程をわきまえない弟は死んで当たり前だと思うけどね。



「それで今日は一体何の様なんだ? 僕はこれからこいつで楽しむところだったんだけど……」

「ひっ……」



 僕の言葉にびくっとする奴隷の反応をみて加虐心がそそられるのと同時に、気が安らいでいく。



「それはせっかくのお楽しみの所を失礼しました。ただ、あなた様の領地にある教会に偽装した奴隷育成所が怪しまれているようなので、ご報告に来ました。王都から調査員がやってくる可能性があるとの事です」

「なんだって!? どういうことだよ? 絶対大丈夫だって言ったじゃないか!!」



 こいつの言葉に僕は動揺を隠せない。自分の領地での奴隷の売買が明るみになったらまずい……責任者を切り捨てればいいが証拠の隠滅などに手こずるだろう。

 しかし、なんでこいつはこんなに落ち着ているのだろう? もしも、ばれたらこいつだってただでは済まないと思うんだけど……



「私もまさか、怪しむ人間が現れるとは驚きでした。ただ、その程度では計画に支障はありません。あそこには嫌われ者のプリーストがいます。何かあったら彼女に全てを押し付ける準備はできています」

「ああ……あいつか……アステシアだっけか? 何というか美しいけど口説く気がおきなかったんだよな

……むしろ、関わりたくなくなるようなやつだったな……」



 僕は一度だけ遠目に見た女の顔を思い出す。確か綺麗な顔立ちをしていたけれど、生理的な嫌悪感を感じさせる不思議な女だった。



「それと……我らが十二使徒の一人を潜伏させておりますのでご安心を。性格に難はありますが、腕は確かです。王都からの調査員も相手にならないでしょう」

「十二使徒だって……」



 噂には聞いたことがある。ゼウス神の十二使徒と同様に、ハデス神から特別な加護をもらった十二人の人間だ。そんなすごいやつが僕のために動いているって言うのか……

 そう思うと胸が熱くなる。僕の気持ちに気づいたのか目の前の男もニヤリと笑った。



「それだけ、ヴァサーゴ様は我々にとっても大事な御方なのですよ。これからもよろしくお願い致します……それではあなた様にもハデス様の加護がありますように……」



 そう言ってお辞儀をすると彼はそのまま去っていく。ハデス教か……確かに胡散臭いが僕をこれだけ評価してくれているのだ。悪い気はしない。それに、利用価値があるから仲良くしておいてもいいだろう。もしも邪魔になるようだったら……利用するだけ利用して捨てればいいのだから。

 僕はさっていく男を見ながらニヤリと笑った。


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わかりやすい敵が出てきましたね……ハデス教はそこらかしこに蔓延っているなぁ……

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