第147話 ヴァイスの悩み

「どうするべきか……」



 クレスの頼みに俺は即答できずにいた。いや、即答どころか半日も悩みっぱなしである。

 そりゃあ俺がいれば戦いが有利になるのはわかるし、こちらを警戒しているハデス教徒を倒すのは賛成だ。だけど、せっかくやつらから救ったアステシアや、アイギス。そして、ずっと俺を守り続けてくれているロザリアまで巻き込んでいいものだろうか?



「だけど……スカーレットさんやダークネスを見捨てるわけにもいかないんだよなぁ……」



 俺は転生してから自分の推しである悪役意外とも関係性を築いて来た。その結果守りたいものが増えすぎてしまったのが悩みの原因である。

 まあ、もう一つ大きな悩みもあるんだけどな……いつもはそばにいるはずの彼女がいないことにため息をつく。



「きゅーーー!!」



 気分転換にと散歩している俺を元気づけるかのようにホワイトが胸元に駆け寄ってきてくれた。可愛らしく鳴きながら頬を摺り寄せるホワイトに少し心が落ち着いてくる。

 ホワイトの可愛らしさに思わず笑みを浮かべていると、一人の少女と目があった。



「ちょうどいいわ。ちょっと付き合ってくれるかしら」

「アステシアか……どうしてここに?」

「良い天気だからホワイトとお茶でも飲もうと思っていたのよ。ほら、ホワイトも構ってって言ってるわ」

「きゅーきゅー!!」



 プリーストの仕事はどうしたんだろうと思ったが、今は戦いはあまりないから彼女も手が空いているのだろう。

 幸い俺もちょっと気分転換をしたかったので付き合うことにする。



「おやおや、ヴァイス様も私の美味しいお茶を飲みに来てくれたんですか?」



 中庭につくとそこではメグがお茶を準備しているのが目に入った。アステシアが淹れるわけじゃないんだ……

 と思っていると、少し気まずそうな彼女と目が合った。



「私が特製のお茶っぱを準備していたら彼女がやってくれるって言ったのよ。別に押し付けているわけじゃないわ」

「きゅーーきゅーー」

「うふふ、ホワイトちゃんには新鮮なミルクを用意していますよ。味わってくださいね」



 言い訳するアステシアをよそにメグがホワイトにミルクを与えると美味しそうにそれを舐めている。

 

「ではではー、私はお仕事があるので去りますね。アステシアさんあとはお願いします」

「ええ、任せてなさい。あなたはお仕事に専念してね」



 お茶を淹れ終わったメグがお辞儀をするとアステシアが満足そうに頷いた。なんか二人でガッツポーズをしているんだけど……

 この二人ってこんなに仲良かったかなとおもいつつせっかく淹れてもらったので冷める前に茶に手を付ける。

 ……なんだろう、変わった味だ。紅茶というよりもハーブティーとかの方が近い気がする。



「それでヴァイスは何を悩んでいるのかしら?」

「え……?」

「ごまかしは不要よ。あのクレスとかいう客がきてからずっと険しい顔をしているもの。専属プリーストをなめないことね」



 ゲームの無表情とは違い得意げな笑みを浮かべるアステシアに感慨深いものを覚える。ああ、そうだよ。俺は彼女たちを救うことができたんだ。アステシアにはこのまま幸せに過ごしてほしいと思う。

 だから、申し訳ないけど適当にごまかして……



「クレスがやってきてゼウス十二使徒とハデス十二使徒で決戦をやるから手を貸してって言われたんだ。だけど、俺はお前らを巻き込みたくなくて……ええええ?」

「ふーん。なるほどね。相変わらず優しいわね」



 あわてて口を閉じるがもう遅かった。隠すべきことを全てしゃべった後である。というかなんで俺は口にしてしまったんだ……まさか……



「ふふ、自白作用のある薬草で作ったハーブティーの味はどうだったかしら? あなたのことだからどうせ私たちをまきこまないように……って考えていたんでしょう?」

「な……お前また薬をもったのかよぉぉぉぉ」



 にやりと笑うアステシアに言葉を失う。この子やることが悪役すぎない? 悪役だったわ……

 げんなりしている俺をよそに彼女は真剣な眼差しでこちらを見つめる。



「巻き込まないようにしようというあなたの優しさは本当に嬉しいわ。だけど、私はもちろん、ロザリアやアイギスの覚悟を無視しないでほしいの」

「アステシア……」

「それにもしもあなたがあいつらに怪我させられたり、殺されたら私たちは勝ち目がなくても復讐しにいくから内緒にするより最初っから話した方がいいわよ」



 一瞬感動したのに復讐者になる彼女たちが簡単に浮かんでしまい思わず苦笑する。

 アステシアは己の信仰を。アイギスは自分の家族を奪われてゼウスに復讐を誓っていたのだ。俺がそれと同じくらい大切な存在になったのは素直に嬉しい。それと同時にアステシアの言葉が本気だとわかる。

 だからだろう、一つの覚悟が決まった。



「アステシア、ありがとう……みんなを呼んでからになると思うけど、これからのことをはなしたいと思う」

「ええ、それでいいのよ。ああ、この薬は三十分ほどで、効果はなくなるから安心してね。あなたにはこれからもう一つ大事な仕事があるの。わかるでしょう」

「……ロザリアか……」



 アイギスのパーティーでの戦いの後から、彼女に元気がないのはわかっていた。しかも、話しかけようにも避けられている気がするのだ。

 でも、今がいい機会かもしれない。どのみちハデスとの戦いに関して話し合う必要があるのだ。

 それに……何よりも俺はまた彼女にそばにいてわらってもらいたいのだから……



「アステシア、ありがとう」



 申し訳ないがお茶は残して席を立ってロザリアの部屋へと向かうのだった。


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