第148話 ヴァイスとロザリア


「少しいいか……」



 俺がメグからもらったお茶の入ったポットを片手にロザリアの部屋の前でノックするとしばらく間が空いて返事が返ってくる。



「ご心配をかけてしまい申し訳ありません。ですが、今は少し体調が悪くお世話をできずに申し訳ありません」

「悩み事があるんだった話してくれ。俺はお前の力になりたいんだ」

「……ですが……」

「ロザリアが開けてくれるまで俺はここを動かないぞ」



 彼女の悩みは大体予想がついていた。アイギスのパーティーから調子がわるいということはきっとカイザードとの戦いで嫌なことを思い出したのだろう。

 冒険者として長い間生きてきたのだ。きっといろいろな体験をしてきたに違いない。だったら話を聞きたいと思う。俺にできるのはそれくらいだから……



「そういえば俺はずっと一緒にいるのにロザリアの過去をあんまり知らないな……」



 彼女はゲームで言う序盤の中ボスのような存在だ。ヴァイスに仕えているというやたらと強いメイドという情報以外詳しいことは知らなかったのだ。

 彼女がどんな冒険者だったのかは聞いたことはあまりない気がする。



「……」

「……」



 鍵穴からこちらを覗いているかわいらしい瞳に気づく。俺は意地でもどかないぞとポットを抱えたまま見つめ返す。

 二、三分ほどそうしていただろうか、扉が開いて寝不足なのか、目の下にクマがあるロザリアがわずかにほほを膨らましてこちらを見つめている。



「もう……ヴァイス様にポットを持たせてこんなところに立たせられるわけないじゃないですか。ずるいです……」

「ごめん……でも、こうでもしなきゃ話せないと思ったからさ」



 咎めるような目線のロザリアに苦笑しながら俺は彼女の部屋へと入るのだった。




 ロザリアの部屋はいつぞやと同じようにきれいに整理整頓されていた。甘い香りにドキドキしつつも、ロザリアがポットにお茶を淹れ終わったタイミングで口を開く。



「ロザリアはカイザードの力で何を見たんだ? どんなことでも聞くし、人に話せば少しは楽になると思うからさ」

「ヴァイス様……」

「俺はさ……フィリスが来た時に悩んでいたことをきいてもらって……そのおかげでカイザードの力に打ち勝てたんだ。だから、今度は俺が力になりたいんだ!!」



 やつの力でフィリスをののしったときの記憶がよみがえって罪悪感を覚えた……だけど、それを即座に振り払えたのはロザリアはここで俺の悩みを聞いてくれて、そのおかげで打ち勝てたのだ。だからそのお礼をしたい……そう思ったのだが……


「ヴァイス様は私が悩んでいるのは過去の罪を思い出したから……と思ってらっしゃるのですね。本当に優しくて……強いですね」



 ロザリアがふっと笑う。だけど、その表情にはどこか寂しさをにじませていて……形の良い紅茶に口をつけるとこちらを見つめる。



「私がカイザードによって、見せられたのはあなたを救えなかった時のことです。燃えていく屋敷の中私はフィリス様とその仲間と対峙してました」

「な……」



 ロザリアが語ったのはゲームで迎えるはずのヴァイスの破滅フラグだ。なんで彼女が……と思ってクレスの言葉を思い出す。

 この世界はあいつが強くてニューゲームをした二回目の世界なのだ。ならば潜在的にでも記憶があってもおかしくはない……のか?

 それとも俺が異世界から来たことを伝えたのがきっかけで存在しなかったはずの記憶をおもいだしてしまったのだろうか?



「その表情……これはあり得た未来なんですね……あのあとヴァイス様はどうなりましたか?」

「それは……」



 助かったと嘘をつくべきだろうか? それとも素直に処刑されたというべきか……悩んでいる間にも彼女は俺の表情を見て答えを知ってしまったようだ。



「そうですか……救えなかったんですね。それが私が感じた罪です。だから……今度こそは私はあなたを守りたいと思ったのに……目を覚ましたすべてが終わってました。私は何もできていない。それが悔しくて……情けなくてあなたに合わせる顔がないんですよ」

「何を言っているんだ? 俺はいつもロザリアに助けられて……」

「助けれてませんよ!! カイザードさんとの戦いで私だけ何もできなかった。あなたを守らなきゃいけないのに私はただ苦しんでいるだけだった。アステシアさんやアイギスさんは打ち勝ったのに、私だけが負けたんです!!」

「ロザリア……」

「それだけじゃありません。かつてのあなたとは違い今は周りにたくさんの人がいます。戦いではアイギスさんに勝てませんし、アステシアさんのように魔法でサポートをすることもできない。私はあなたの役に立てなくなることが怖いんです」



 普段見せないロザリアの慟哭が部屋の中に響き渡る。その瞳には大粒な涙があふれていて……



「そんなことはない。少なくてもロザリアがいたから俺はここまでこれたんだ。決して役に立っていないってわけでは……」

「これまで……じゃだめなんです。私はあなたをずっと支えたいんです。だって、私はあなたが好きなんです!! あなたが本当のヴァイス様とは別人だというのは知っています。そして、私が抱いてる気持ちも本当のヴァイス様への敬愛の心と違い、異性として好きなんです。好きな人を一番近くで守って……一緒に勝利を分かち合いたいんです。あなたが英雄になるのを一番そばで見たいんです。なのに私は……私には……それだけの力がない。それが悔しくて、だけどそんなことを悩んでいる情けない自分をあなたにだけは見せたくなかったんです。だから、私は……」

「ロザリア……」



 涙ながらの告白に俺は思わず抱きしめる。転生してからずっと俺を支えてくれた頼もしかった彼女の体は想像以上に小さくて……華奢だった。

 俺の気持ちはどうなのだろう……推しカップルとかそういうふうに逃げている場合ではないということだとわかる。

 今は……今だけはヴァイスの気持ちじゃない俺の気持ちで考えないといけない。抱き合いながら見つめる彼女の顔は俺の胸元にうずめられていて見ることができない。



「俺はさ……異世界転生してヴァイスになってさ……最初はすっごい不安だったんだ……だけど、頑張れたのはロザリアが俺の力になってくれたからだ。ロザリアが俺のいうことを信じてくれたからだ。俺がヴァイスになってロザリアが信じてくれたから俺が英雄になる物語ははじまったんだよ。だから、役に立たなくなるなんて言わないでくれ。俺は……いつも俺を信じてくれて、ほめてくれて、助けてくれたロザリアが好きだ」

「ヴァイス様……?」



 思わず出た言葉に驚いて顔をあげるロザリア。だけど、不思議なくらい自然とその言葉は出てきた。

 きっとこれが俺の本音だったのだろう。ずっと支えてくれた彼女への好意はあったし、彼女からの好意も感じていた。だけど、俺の頭の中でずっとひっかかっていたんだ。彼女が好意を抱いているのは本当のヴァイスなんじゃないかって……そして、俺のような異物が彼女の運命だけでなく恋心までゆがめてよいものなのかと……。



「俺は……ロザリアに一緒に支えてもらって……みんなを救うところを特等席で見てほしいんだよ」

「本当ですか……?」



 ようやく顔を上げてくれた彼女の体をより強く抱きしめる。絶対逃がさないとばかりに力込めると柔らかい感触と共に胸が熱くなってくるのを感じた。



「ヴァイス様……本当にうれしいです。まるで夢見たいです。でも、一つだけご質問をしてもいいでしょうか?」

「ああ、何でも聞いてくれ」

「アステシアやアイギス様のことはどうおもっていらっしゃるんですか?」

「え、それは……好きだけど……」



 俺は何を言っているんだろう? 告白した直後にほかの女を好きと頭がおかしいんじゃないだろうか?

 おそるおそるロザリアを見るとなぜか嬉しそうにほほ笑んでいた。



「そうですか……それはよかったです。なら、みんなのことも愛してはいただけないでしょうか?」

「は、いったい何を言っているんだ? 俺は今ロザリアの告白を受けたし、好意も伝えたわけで……」

「はい、ですが、お二人もヴァイス様のことを悪くは思っていないと思います。だから……もしも、彼女たちがその気持ちを告げてきたら真剣に考えてはいただけないでしょうか?」



 堂々とハーレムを作れという言葉に困惑する……が、そういえばこの世界はファンタジーなんだよな……

 だけど、ロザリアがよくても俺はどうなんだろう? いざ、彼女にそう言われると嬉しさよりも罪悪感が勝る。



「……ロザリアはいいのか?」

「はい……そのかわり、はじめては私がいただきます」

「え?」



  彼女の唇が近づいてきたかと思ったら、柔らかい感触に襲われる。今のって……



「ちょっ、ロザリア……」

「では、行きましょうか、ほかの方々を心配させてしまいましたからね」


 そう言って逃げるように早足で出ていく彼女の顔は真っ赤だった。






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 ロザリア回でした。

 やたらと素直になって好意を伝え合った二人ですが、これには理由があります。

 メグが余計なことをした様子ですね……








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