第73話 ヴァイスとアイギスの関係

 なんで俺を知っているのだろうかと思ってじっくり顔を見ると、彼女は俺がリザードマンの襲撃から助けた少女だった。教会までアイギスが護衛をしていたが、その時に仲良くなったのだろうか?

 それにしても、アイギスが女冒険者やジェシカと仲良く話しているのを見ると胸が暖かくなるな。ゲームの彼女は、誰も信じずこんな風には笑ったりはしなかった。母親が無事ということもあるが、嘘が苦手で素直な彼女は、お世辞や地位が大事な貴族達よりも実力主義の冒険者達の方が気が合うのかもしれない。



「それで英雄譚って言うのはどんな話なんだ? せっかくだし、聞かせてくれよ」

「ですが……」



 俺の言葉にどうしようとばかりにアイギスや冒険者に視線で救いを求めるジェシカだったが、彼女たちはなぜかニヤニヤと笑っているばかりだ。

 その様子を見て諦めたように大きくため息をつくと彼女はリュートという楽器を片手に英雄譚を歌い始めた。



「~~~~~♪」



 それはとある悪徳領主の物語だった。その領主は親が死に、領主の座を継いだものの何もかもうまくいかないが、それでもあきらめずにおつきのメイドと一緒に頑張り、やがては、邪教に騙されている大貴族の令嬢を救って、それから共に時間を過ごしていくうちに恋仲に落ちる話だった。

 なんか聞いたことのある話だなぁっ……てかさ……

 


「俺の話じゃねーか!!」

「そうよ、ヴァイスはすごいのに、ここの人たちは知らなかったんですもの!! だから歌にしてもらったの。これが流行ればあなたの民衆の評価も上がるんじゃないかしら!!」



 俺の突込みにアイギスは嬉々として答える。彼女は大貴族の令嬢である。俺の良い評判も悪い評判も色々と聞いていて気にしてくれていたのだろう。確かにこういう風な英雄譚として広がれば俺に興味をもってくれている人も増えるかもしれない。

 だけど、一点だけ気になっていることがある。



「でも、これだと、俺とアイギスが恋仲になっているだけど、いいのか?」

「それはよくわからないけど、みんながそっちのほうが物語としていいって言うんですもの。英雄譚にヒロインは必要らしいわ。それに……ヴァイスとならそういうふうに勘違いされてもなぜか悪い気がしないもの」



 少し顔を赤らめて答えるアイギスを女冒険者達がニヤニヤと笑いながら、だけど、微笑ましいものを見るように眺めている。くっそ、こいつらわざと物語でアイギスとくっつけたな……

 まあ、弱小貴族が大貴族の令嬢と結ばれるというのは英雄譚でもよくあるパターンだけどさぁ……



「いいじゃないの、領主様。この子ったらさっきからヴァイスはすごいんだから!! とばかり言っているんだよ。相当あんたのことを気に入ってるんじゃないの?」

「そうそう。女の子にそこまで言わせているんだ。責任取ってあげなよ。何だったら防音のしっかりとした宿の部屋を案内しようか?」


 

 女冒険者達がからかうように煽ってくるので俺はため息交じりに文句を言う。アイギスはまだ十三歳である。そういうのは早いだろうし、貴族の令嬢だ。英雄譚でならともかく、迂闊な噂が流れるようなことは避けた方が良いだろう。



「アイギスはまだ子供なんだから変な事を言うなっての! それに、彼女はマジで大貴族の令嬢なんだぞ」

「もう、ヴァイスってば私を子供あつかいして!! 私だって一緒に寝ることの意味くらいわかっているわ!! その……一緒に寝て、キスをしたら子供ができちゃうんでしょう? お父様が言ってたわ!!」



 ふくれっ面をするアイギスの言葉で、周りはより微笑ましいものを見るようにしてニヤニヤとしている。

 ラインハルトさーん!! 剣術も大事だけど、貴族なんだからそういうことは教育しておいてくれよ。それともこの世界ではこれが普通なんだろうか?

 俺が困惑していると歌い終えたジェシカと目があった。彼女は申し訳なさそうに頭を下げる。



「あの……いかがでしたか? 自分の事を歌われるのはやはり抵抗がありますよね?」

「いや、歌は良かったと思うぞ。ただ……ちょっと美化しすぎかなと……これじゃあ、本当に物語の英雄みたいぞ。実物を見た人ががっかりしてしまうよ」

「そんなことないです!!」



 苦笑する俺の言葉を彼女ははっきりと否定すると、言葉を続ける。



「絶体絶命のピンチの時に私とお母さんを助けてくれたその姿は本当に英雄の様でした!! だから、私はヴァイス様が、悪いように言われているのが嫌なんです!! リザードマン相手にも余裕に満ちた笑みを浮かべて魔法を放って倒し、私達に優しくしてくださった姿は、一生忘れません!! ヴァイス様は私の英雄なんです!!」



 強く早口で語るジェシカに俺はシンパシーを感じる。ああ、これは俺が……推しを語るときのテンションだ。だったら、俺も誠意を込めて彼女の推しへの解像度を上げてあげないとな!!

 


「すいません、ちょっと熱くなってしまって……」

「いや、構わない!! ヴァイスは君を魅了するくらい素晴らしい人間だってことは同意だしな。ただ、個人的にはメイドとの関係をもっとエモい感じで頼む。例えば……領主が領民全員に嫌われても忠誠をつくし続けるそんな素晴らしい主従関係なんだよ」

「予想外にダメ出しが来た? あ、でもそこらへん詳しく、話してもらえますか!!」

「あ、ジェシカ、ずるい!! 私もヴァイスについて語りたいわ。だってヴァイスはすごいのよ!! この前だって、魔剣を持った相手にも……」



 そんなこんなで推し語りが始まる。すっかりヴァイスについて語る俺達三人を冒険者達が、呆れた様子で見守っていた。冷静に考えたら今の俺はヴァイス=俺なわけでちょっと恥ずかしくなってきたな。

 だけど……アイギスが本当に楽しそうにジェシカと話し、女冒険者達にこんな風にからかわれているのを見て、俺は胸が熱くなるのを感じた。

 



「なあ、アイギス。人といるのは……こういう宴会は楽しいか?」

「ええ、とっても楽しいわ!! これもヴァイスのおかげよ。ありがとう!! あなたは私にどんどん楽しい事を教えてくれるわ。これからもよろしくね!!」



 俺の質問にアイギスは満面の笑みで答えた。今の彼女ならば、他人を信じずに戦場を駆け回るそんなことはしないだろうと不思議と確信が持てる。まあ、そんな事には絶対させないけどな!!



「そっか、ちょっと飲みすぎたから、外に行ってくるな」



 彼女の言葉に満足した俺は、立ち上がって外へと向かう。アイギスが少し寂しそうな顔をしていたが、なにかを女冒険者に囁かれて顔を真っ赤にして頬を膨らましている。楽しそうで何よりである。

 酔いのせいか、みんなが楽しそうだからか俺も高揚しているようだ。とはいえ戦いの疲れが出てきたな……そろそろ眠るかな……



「お兄様ここにいらっしゃったんですね?」

「ああ、フィリスか……宴会を楽しんでいるか?」

「お師匠様にからまれてようやく解放されたところです。お兄様は助けてくれませんでしたね」



 やっべえ、藪蛇だったのか、ジトーっとした目でフィリスに睨まれてしまった。いやだって、スカーレット絶対めんどくさそうじゃん。あれ……



「せっかくですし、二人で少しお話をしませんか?」

「ああ、いいぜ。酔いも醒ましたいしな」



 そうして俺とフィリスは二人で少し散歩がてら歩く。俺達の間に流れる空気は最初とは違い、とても穏やかなものだった。



--------------------------------------------------------------------------------

やったね、アイギスに友達ができたよ!!


ヴァイス君の英雄譚が広まるといいなぁ……しかし、異世界でも推しトークをする主人公……



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る