第72話 ヴァイスとロザリアの関係

魔物の巣を滅ぼして……比喩でなくマジで滅ぼして、村に戻った俺達を待っていたのは村人による感謝の宴だった。

 ケガ人たちは教会に避難させて、無事だった村唯一の酒場でその宴は開かれており、疲れたから休むと言って辞退したアステシアをのぞいて、俺達も参加させてもらったのだが……



 だめだ、全然輪に入れない。



 元々そこまでコミュ力があるわけではない上に、冒険者と、村人たちはすでにグループが出来ているのだ。村に入ったときに最初に絡んできた冒険者は俺の顔を見たらさっと逃げやがったし、助けた村人の女の子もなぜか俺を見つめて顔を赤らめるとどこかに行ってしまった。すっかり壁の花である。

 じゃあ、いつもの連中と飲めよって話なのだが、ロザリアは久々に会う冒険者仲間と楽しそうにしゃべっているし、フィリスは酔っぱらったスカーレットに「どうやったら好きな人に素直になれるかしら?」と絡まれており、めんどくさそうなので関わりたく無いし、アイギスはというと女冒険者達と意気投合しているのが意外だった。素直にアイギスの魔剣と剣の腕を褒めていたので、打算の無い彼女達と気が合うのかもしれない。

 俺もアステシアみたいに辞退すればよかったなぁ……



「ヴァイス様お疲れ様です。ワインでもいかがですか?」



 そんな俺に気を遣ってか、ロザリアが隣に来てくれた。酒か……元アル中としては抵抗があったのだが、今はアステシアの薬があるおかげで安心である。



「ヴァイス様はこういうのは苦手ですか?」

「いや、そういうわけじゃないんだけどさ……こういう輪に入るのはなんか抵抗があるっていうかさ……」

「では、私と一緒に飲んでいましょう。うふふ、不思議な気分ですね。屋敷では最近ヴァイス様はお酒を飲まなくなったので、ご一緒出来て嬉しいです」



 ロザリアはグラスを俺の前に置き、どこからか拝借してきたワインを継いでくれる。ブドウの香りが心地よい。



「それでは乾杯しましょう」

「ああ、乾杯」



 ワインには詳しくは無いが意外にも適度な渋みがあり、結構うまかった。隣でニコニコと笑みを浮かべているロザリアに話しかける。



「顔見知りもいるんだろ。俺に気を遣わなくてもいいんだぞ」

「いいんです。私がヴァイス様と一緒にいたいんですよ。それともご迷惑でしょうか?」

「そんなはずないだろ!! それにしても冒険者って思ったよりも普通の人が多いんだな。もっと変わった人ばかりだと思ったよ」



 村を守った冒険者達は今も楽しそうに騒いでおり、村人達とも仲良さそうだ。「どっちが飲めるか勝負だ!!」「いいぜ、かかってこいよ!!」などの威勢の良いかけごえが聞こえるが、許容範囲だろう。



「そりゃあそうですよ。ヴァイス様は冒険者に一体どんな偏見を持っていたのですか……」

「いやぁ、結構アウトロ―な感じかなと……」

「以前のゲスっぽい感じでしょうか?」

「あれは忘れてくれ、メグに騙されたんだよ……」



 アステシアを助けに行った時の事を持ち出されて、顔を真っ赤にする。あの後メグに抗議をしたら「え、ヴァイス様、本当にやったんですか?」と笑われてしまったのだ。理不尽極まりない。



「ああいうヴァイス様も新鮮で私は好きですよ」

「ロザリアがいじめる……」



 ロザリアが笑顔でめずらしくからかってくる。その顔は上気しており、少し酔っぱらっているのだろう。いつものかしこまった姿とは違い新鮮で可愛い。

 そんな俺達に話しかけてくる影があった。



「なーに、今日の主役がこんな所で縮こまっているのさ!! せっかくだ、私の酒も飲んでおくれよ。ほら、二人ともコップを空にしな!!」

「もう、ガーベラったら……ヴァイス様のまえで失礼ですよ」


 

 彼女はリザードキングの元に向かうときにすれ違った冒険者のガーベラだ。ロザリアとは顔見知りだったな。

 ワイン瓶を片手に豪快に笑っている。



「はっはっは、こういう時は無礼講じゃないのかい? ねえ、領主様」

「まあな、ここは屋敷じゃないし、ましては祝勝会だ。身分は気にしなくていいぞ。せっかくだしいただくな」

「ヴァイス様、あんまり無理をしないでくださいね」



 俺はコップのワインを飲み干して彼女に突き出すと、こぼれそうなくらいつがれる。豪快だなぁと思っているとガーベラはロザリアにも継いだ後にラッパ飲みをしやがった。

 こっちに来た時にはワイン瓶は空いていたが、これって間接キスじゃ……などと思っているのは俺だけなんだろうなと考えながらちびちびいただく。



「それにしても領主様は噂とは違ってずいぶんと立派じゃないか。私達が逃げ出したリザードキングを倒したんだろ。一歩も引かずに戦い王級魔法まで使いこなすなんて……そんな度胸のあるやつは、私達冒険者でも中々いないよ!! すごかったってロバートのやつが興奮気味に話してたよ」



 そう言って上機嫌に笑いながら、彼女は俺達が最初に会った冒険者を指さす。あいつの名前はロバートっていうのか……

 それにしても噂か……やはり街ならばともかく、こういう田舎村の人間のイメージはまだまだ悪いってところだろう。前世と違いテレビなども無いのだ。仕方の無い事だろう。



「もちろんです。ヴァイス様はすごいんです」

「そうだね、あの男嫌いのあんたがこれほどまでに惚れこむんだ。本当に立派な男なんだろうねぇ」

「え、ロザリアって男嫌いだったのか? 冒険者時代はどんなかんじだったんだ?」



 いつも俺のために尽くしてくれている優しい彼女とのイメージの違いに俺は思わず口を挟んでしまう。そういえば、俺は冒険者時代の彼女のことを全然知らないのだ。ゲームでも情報はなかったしな。

 俺が興味深そうにしていると、ロザリアが焦ったように声を上げるが、ガーベラがにやにやとして笑った。



「ちょっと……ガーベラ!!」

「いいじゃないか、この子はね、パーティーも女の子としか組まなかったし、浮いた噂もない上に、護衛をしていた貴族に求婚されたりもしたのに、興味ありませんってすっごい冷たい感じで振ったんだよ。だから、この子があんたのメイドになるって聞いて驚いたもんさ。よっぽど気に入ったんだろうねえ。どう、この子とずっと一緒にいるんだろ? 手を出したなら責任はとってあげな」

「もう……やめてください。そういうんじゃなくて、ヴァイス様は私が困った時に助けてくれた恩人で、すごく優しい人なんです。だからこの人に仕えようと思ったんですよ。そういう関係ではありません」



 ロザリアが珍しく顔を赤くして慌てている。それを見たガーベラがさらに意地の悪い笑みを浮かべて言った。



「まあ、確かにヴァイスは魔法も使えて、剣もすごいもんねぇ。おまけに貴族様ときたもんだ。ロザリアとはそういう関係じゃないんだろ。だったら私とちょっと遊ぶかい? 私は強い男になら抱かれてもいいって思ってるからね」

「いや、あのな……」



 そういうとガーベラが冗談っぽく体を寄せてくる。筋肉質だが女性としても魅力的を失っていない……むしろ健康美であり、蠱惑的な彼女の肌に触れてちょっとどぎまぎしてしまう。

 まあ、ロザリアは「流石です、ヴァイス様はおもてになりますね」と苦笑するんだろうなと思ってたが予想外の事が起きた。



「ダメです!!」

「うおおお!?」



 大きな声と共に、今度はロザリアに体が引っ張られて、俺は彼女の方に倒れこむ。柔らかい感触と共に安心する匂いに包まれる。

 


「ロザリア……?」

「……」



 俺がおきあがって、いつもとは違う彼女の反応にびっくりしてるとロザリアもまた、困惑した顔で俺を見つめ……そして、先ほど俺を引き寄せた自分の手を見つめると、顔を真っ赤にした。



「失礼なことをしていまい申し訳ありません、ヴァイス様……酔っぱらってしまったようなので頭を冷やしてきます。ガーベラもヴァイス様がお優しいからと言って失礼なことをしないでくださいね」

「え? おい。どうしたんだ?」



 彼女はそう言うと顔を真っ赤にしたまま酒場を出て行ってしまった。俺が追いかけようとするとガーベラに腕を掴まれる。



「今は放っておいてやんな。ようやく自分の気持ちにきづいたんだろうさ。今頃あの子は色々と考えているだろうし、少しぎこちないかもしれないけど、明日の朝はいつも通りに接してあげるんだよ」

「それはどういう……」

「はぁ……こっちも鈍感なのか、それともハーレムを作っているから気づかないようにしているのか……ちなみにさっきの抱く云々は冗談だよ、あんたは確かに魅力的だけど、私も『殺戮の冷姫』を敵に回すほど馬鹿じゃないからねぇ」



 あっはっはと楽しそうに笑いながら、彼女はワイン瓶を片手に持って去っていった。それにしてもガーベラが言ったことはいったいどういうことなのんだ? ゲームでもロザリアとヴァイスは主人とメイドであり、強い信頼関係にこそ結ばれていたが恋愛関係ではなかった。

 だけど、あの反応はまるで恋する乙女の様で……



「だめだ、酔ってるからか、思考がまとまらないな……」



 ロザリアの事を考えるとドキドキしてしまう自分に酒のせいだと言い聞かせているとアイギスに呼ばれた。



「ヴァイスこっちに来なさい!! この子が英雄譚を歌ってくれるらしいわ!! あなたもきっと気に入るはずよ」



 そのまま満面の笑みを浮かべてやってきたアイギスにすさまじい力で引きずられていく。いや、俺何も言っていないんだけど……てか、力やべえ、確かにこれだけの武力ならなんでも解決しそうだな……

 そして、さっきまでアイギスがいた女冒険者達のグループへとへと連れていかれ、当たり前のように彼女の隣に座らせられる。



「ほら、ジェシカ、お客さんを連れてきたわ!! さっそく歌ってよ、チップも払うわ」

「え? ヴァイス様……私、この人の前で今日つくったばかりの英雄譚を歌うんですか!?」



 ジェシカという少女は俺の顔を見ると顔を覆って悲鳴をあげるのだった。





ラブコメのターンがやってきた

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る