第131話 領主代行マリアベル

「うふふ、なんだか男の子と馬車に乗るなんて新鮮な気分ね。アイギスも楽しそうで何よりだわ」

「そりゃあ、ヴァイスと一緒ですもの。嬉しいに決まっているわ」



 マリアベルさんに連れられて俺はアイギスを含めた三人で、馬車に乗っていた。ロザリアもホワイトもいないというのはかなり心細いが、マリアベルさんから俺一人で来てほしいと言われたのだからしかたない。



「ここが、ラインハルトさんが侵略した街か……」

「ええ、かつて、奴隷の密売組織があり、領主がそれを主導していたと言われた街よ」



 城壁はところどころボロボロになっているが、補修はされていることからそこまで金銭的にひっ迫しているわけではないのだろう。 

 商人たちの出入りもそこそこあることから復興しているのがわかる。新しい領主はかなり頑張っているのだろう。



「だけど領主をうしなってというのにかなり復興していますね」

「うふふ、おほめに授かり光栄ね。領主を失ってから私が代行となって立て直したのよ」

「お母さまはすごいんだから!!」



 少し照れくさそうに語るマリアベルさんとそれを誇らしげに答えるアイギス。それだけで二人が深い信頼関係にあるというのがわかる。

 マリアベルさんを救うことができて本当に良かったと思う。というかマリアベルさんマジで優秀そうだな。



「あ……こちらはブラッディ家の……お通りくださいませ!!」

「ありがとうございます。勤務がんばってくださいね」



 城壁の門番が敬礼すると順番を無視して通される。ブラッディ家の紋章があるからか、はたまたマリアベルさんの功績なのか順番を無視して通ることができた。

 少し緊張した感じの門番に見送られて馬車は街へと入っていく。そして、何気なく窓から外を眺めると違和感を感じる。



「これは……」



 領民たちの視線が様々なのだ。俺もヴァイスとして転生し、底辺だったときからハミルトン領を立て直したからこそ、彼ら領民から発生するマイナスの感情もプラスの感情もわかる。

 いま、ブラッディ家に注がれているのは、両方の感情だ。ゲームで言うと民衆の忠誠度は50くらいというところだろうか……?


 だけど、なんかおかしんだよな。嫌っている人間と好きな人間にわかれており、中間がいないのだ。



「うふふ、ヴァイス君は気付いたようね、彼らの私たちを見る視線の違和感に……あなたのような賢い人がアイギスをささえてくれればいいのだけれど……知ってるかしら。この子ったら私とあの人みたいにヴァイスとなれたらいいなぁって言ってるのよ」

「お母さま!!」



 マリアベルさんが俺の反応を見て満足そうにうなづく。アイギスがその口をふさごうとするか、華麗に受け流している。

 そして、なぜか御者に馬車を止めるように伝え俺の目を見て真剣な顔をする。



「おおまかにこの街には二種類の人間がいるわ。一つは前領主が処刑されたおかげで生活が楽になった人間。彼らは私たちを好意的に見てくれているけど、それとは逆に生活が苦しくなった人間もいるわ。人のせいにするよりも現状を受け止めてどうにかするほうが大事だと思うけど……難しいのでしょうね。それに彼らには私たちを糾弾する権利もある」

「マリアベルさんを糾弾する権利ですか……? それはなぜ……?」



 俺の問いには答えず停止した馬車からでるマリアベルさん。俺は何を考えているのかわからないまま続いて降りようとするが、手で制止される。

 馬車で待っていろということだろう。



「皆さんお久しぶりです。景気はどうですか?」

「ああ、これは領主代行様。おかげで儲けさせてもらっていますよ」



 馬車からおりて、お店を広げている商人にマリアベルさんが会話している。



「ママはああやって、ここの人たちと色々と話して親交を深めているの!!」

「そうか……すごいな……」



 仮にも侵略した土地で領主代行があんな風に話しかけてくるのは異常な光景であろう。それだけ彼女が親身になっているということだ。

 そして、それは危険にもつながるわけで……



「この侵略者め!! お前のせいで俺たちは路頭に迷ったんだぞ!!」



 案の定身なりの汚い男が人込みをかきわけてやってくる。彼は鋭い目でマリアベルさんを睨みつける。



「お前が領主様お抱えだった俺をクビにしたから……」

「それに対しては説明したはずですし、再就職先も斡旋したはずですよね?」



 さすがはブラッディ家というべきか、マリアベルさんはいきなり怒鳴りつけてきた男にも対して毅然とした態度で返している。

 そして、それが気に食わなかったからか、男はさらに口汚くののしって来る。



「うるせえ!! あんなクソやすい仕事やってられるかよ。それに聞いたんだぞ、領主様が冤罪だった可能性もあるってな!! お前らはここが欲しいから罪を擦り付けたんだろう? カイザード様を利用してなぁ!!」

「……それに対しては現在も調査中ですよ。うかつなことは言わないでほしいですね」



 大きくため息をつくと話はおしまいとばかりにマリアベルさんが踵を返して馬車へと戻っていこうとした時だった。

 男が落ちていた石を投げたのだ。



「危な……」

「大丈夫よ、みてなさい」



 俺がとっさに魔法を使って止めようとするがアイギスに制止される。そして、マリアベルさんは懐からナイフを取り出すと、まるでバットのようにして小石を薄汚い男に打ち返した。



「私は領主代行として、様々な意見を聞くつもりです。ですが、暴力には暴力で返しますよ。なぜなら、私もまたブラッディ家なのですから」



 こわっ!! 先ほどとは違う冷徹な一言に、薄汚い男に便乗しようとしていた連中もピタッと止まる。流石はブラッディ家である。

 そして、彼女は馬車に乗ると少し恥ずかしそうに笑ってから本題に入った。



「聞いてくれたかしら? これがわが夫の過ちよ。王からの命令で奴隷売買をしている領主を倒したものの、他の人間の証言で領主は実は関わっていなかった可能性がでてきたのよ。だからでしょうね、彼らの一部は私たちブラッディ家を敵とみなしているわ」

「そんな……命令だったらラインハルトさんは悪くないんじゃ?」

「そういってくれると嬉しいわ。だけど、もっと裏事情を調べたりすればこんな風になるのを防ぐ方法だってあったと思うのよ……そして、私たち権力者はその決断でどれだけの人間の人生が変わるか……あの人も私もまだわかっていなかったのよね……」



 マリアベルさんはどこか遠い目をして、答える。彼女の心にあるのは後悔だろうか、どうしようもなかったという悔しさだろうか? 

 少なくとも民衆たちの前では見せなかった彼女の迷う姿に俺は一つの領主としての姿を見て尊敬の念をいだく。



「今頃街は私の話題で持ちきりのはずよ。だから二人で少し様子を見てきなさい。そして、そこでいろいろと話を聞くのね。そうすればヴァイス君が悩んでいることも少しはわかるかもしれないわ」

「……はい、ありがとうございます」



 俺はいまだマリアベルさんの意図がわからないが彼女の言葉に従うことにする。あえて、馬車から降ろさなかったのは街の人に俺とマリアベルさんの関係を悟らせないためだったのだろう。



「じゃあ、アイギスも一緒行ってあげて、男一人よりも二人組の方が警戒心も少なくなるでしょう。それと……盛り上がったら帰ってこなくてもいいからね。もちろん、責任はとってもらうけど」

「なっ……」

「お母さま!?」



 マリアベルさんの冗談に俺とアイギスが顔を真っ赤にする。というかこの前までそういうことをしらなかったはずなのにアイギスもすっかり大人になったものである。

 そうして、俺とアイギスは街を散策することになったのだった。





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書籍のイラストが届き始めました。みんな可愛くてむっちゃテンション上がります。

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