第61話 ヴァイスとフィリス 3

 どうしてこうなってしまったんだろうか……所々から火と煙があふれ出し、崩壊しつつある屋敷で私は過去を悔いていた。

 スカーレット師匠に誘われて、邪教が蔓延るこの国を救うという革命軍に入り、私が最初に救おうとしたのが、養子として引き取られた故郷であるハミルトン領だった。一縷の望みをかけて兄に手紙を書いたものの、返事は来ず……圧政に耐えかねていた領民たちは私達を歓迎し、悪徳領主を倒せと立ち上がった。いや、立ち上がってしまった。



「立派な魔法使いになりましたね。フィリス様」



 屋敷の隠し通路から逃げた兄の元へと向かう道を防ぐのは一人のメイドである。彼女は私達革命軍を一人で圧倒し、先に進ませないようにしているのだ。

 その表情は屋敷で一緒に暮らしていた時のように優しい笑みを浮かべている。



「ロザリア、どうしてもここは通していただけないでしょうか? 私は兄と……」

「ヴァイス様はあなたとはお話をする気はありません。そして……私も通す気はありませんよ。あなたは彼らの心に火をつけた。ならば責任を取らなければなりません」

「それは……」



 彼女の視線は私とその仲間たちを見つめている。だけど、その顔には不思議と私を責めるような表情は無かった。



「おそらく私が間違ってるのでしょう。ヴァイス様を止めるべきだったのでしょう。ですが、私は腐っていくあの人を止めることができなかった。辛いと泣きそうになっても努力していたあの人に、もっと頑張れなんて口が裂けても言えなかった。だから決めたのです。あの人を止めることはできなかったけど、あの人の事は絶対守るのだと」



 彼女はどこか悲し気に、だけど、誇らしげにそう言った。もう限界なのだろう轟音と共に柱の一つが崩れ落ちる。

 私とロザリアの間に屋根の一部が落下する。それは……まるで、私と、ロザリアの未来を象徴しているようで嫌だった。 

 


「ロザリア……お願い、武器を収めてください!! ここはもう……」

「それはできません、あなたと……横の方はヴァイス様を追いかけるつもりはありませんが、他の方もそうとは限りませんからね」



 ロザリアが言っているのはここの領民から兵士になった者だろう。中には恋人を理不尽に奪われたものもいる。税を払えず奴隷のような扱いを受けた者もいる。彼らは今にも兄を追いかけて襲いかかりそうだ。そして、今の私には彼らを止めるだけの力はない。

 私がロザリアに駆け寄ろうとすると、隣にいる金髪の青年に腕を掴まれる。



「フィリスここはもう、危ない。逃げよう」

「でも……ロザリア……私は……」

「いいんですよ、フィリス様。間違っていたのは私たちなのですから……金髪の方、フィリス様をお願いします。彼女は優しく才能にあふれる女性です。ちょっとやんちゃな所もありますが、とても優しくて可愛らしい御方なんですよ」

「ロザリア――――!!」



 その言葉を最後に館が崩壊していき、落ちてくる瓦礫によってロザリアの姿が見えなくなる。そんな彼女を背に私たちは急いで脱出をする。

 私は思うのだ。もっと兄とコミュニケーションをとっておけば……あんなことを言わなければよかった……私と兄の関係が決定的にこじれた出来事を思いだす。

 そして……あのあとでもしっかりと話し合えばもっと結果はちがったのではないだろうか?


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 俺は背中にちょっと重い荷物を持ちながら帰路についていた。隣にはメグが上機嫌に鼻歌を歌いながら歩いており、背中からは「すぴー」という可愛らしい寝息が聞こえる。



「いやー役得ですね、ヴァイス様!! こんな美少女をおんぶできるなんて!!」

「いや、義理とはいえ妹だぞ。嬉しくないっての。てか、酒は強くないのにあんなに飲むから……」

「いたたまれなくなったんでしょうねぇ。でも……あれが本音ですよ」



 メグは先ほどの出来事を思い出したのかくすくすと笑う。あの後、顔を真っ赤にしたフィリスは誤魔化すようにお酒を一気に口にして、そのまま酔いつぶれたのだ。そのままにしておくわけにもいかず、こうして背負っているのである。もちろん食べかけの肉はメグが持って帰っている。使用人たちでおいしくいただくらしい。



「本音か……俺はてっきり嫌われていると思っていたんだけどな……」



 ゲームでも、フィリスがヴァイスの事を思い出したり、言及することはほとんどない。最初の戦いでヴァイスと会った時も、「降伏してください」というフィリスの言葉をヴァイスが拒絶し罵倒していてフィリスはつらそうに顔を歪めるだけだったからな。仲の悪い兄妹という関係の印象が強かった。

 あれでヴァイスはフィリスファンを敵に回したのだ。だけど……俺は優れた妹を持つ彼のコンプレックスに気づき共感したのだ。自分よりも優れた妹がお前は間違っていると言うのだ。本当に耐えがたかっただろう。



「ううん……」



 思わず力が入ってしまったのだろう。背中のフィリスがちょっと苦しそうに声を上げたのに気づき、俺は慌てて力を弱める。

 そんな様子を興味深そうに見ていたメグは笑顔を浮かべたまま言った。



「嫌って何ていませんよ。館にいた時はどうやったらまた仲良くなれるか相談されてましたし、魔法学校にいるときも手紙でヴァイス様の近況を聞いてきたんですよ。可愛い妹でしょう?」



 冗談っぽく笑っているがメグの目は珍しく真剣そのものだ。その様子から本当なのだろうという事がわかる。それは俺にとっても意外な事で、何と答えればいいかわからない。

 そう言えば……前世の妹を子供の頃にこんな風におんぶしていたこともあったな……そんな事がなぜか思い出された。あの時はまだあいつも幼くて……俺もちゃんとお兄ちゃんをできていたのだ。

 黙っている俺に答えを急かさせることもせず、メグは別の話題をふってきた。



「そういえばヴァイス様の本命ってだれなんですか? 最近女の子をはべらしているじゃないですか!!」

「は?」



 予想外の言葉に俺は思わず間の抜けた声を上げてしまった。いきなり何を言っているんだ、こいつ。



「いつも一緒にいて、支えてくれたロザリアか、はたまた気は強いけど、ヴァイス様には心を許しているアイギス様か、最近やってきて彼女ズラをしているアステシアさんか!! ねー、誰なんですか、ヴァイス様!!」

「誰ってなぁ……そもそもアイギスは子供だぜ」

「いやいや、何を言っているんですか!! ヴァイス様ともそんなに年齢は離れてませんし、貴族だったらよくある話ですよ!! 四十歳くらいの脂ぎったおっさんが、十歳くらいの幼女と……とか普通にありますからね。でも、アイギス様が年齢で考えられないってことは他の二人はありなんですね?」



 俺はやたらと楽しそうなメグに言葉を詰まらせる。正直そんな事を考えている余裕がなかった。流石にアイギスはまだ十三歳くらいだから無いだろう。だって中学生だぜ。異性としては見れないし、前世だったら犯罪である。まあ、将来は美女になるのは確定しているのだが……

 それはさておき、ロザリアもアステシアも魅力的な女性である。俺のタイプで推しはアステシアなのだが、ヴァイスとロザリアのカップリング推し派としては、ヴァイスとアステシアのカップリングは解釈違いなんだよな……



「おやおや、意外と真剣に考えているようですね、ヴァイス様。ロザリアとかヴァイス様が好きだって告白すれば、すぐにオッケーしてくそうじゃないですか。私的にはお勧めですよ」

「いや、俺とロザリアはそういうんじゃないっての」


 

 彼女のあれは忠誠心にすぎないだろう……いや、本当にそうなのか? 少し前に見たステータスが頭をよぎる。



「ちなみにメグもフリーですよ!! しかも器が大きいので私が本命ではなくでも大丈夫です。第三夫人くらいが気楽でいいですねー。その代わり食べるのに困らないだけのお金をくだされば何も文句も言いませんよ、できた女の子でしょう?」

「お前な……」



 俺が呆れた様子で呻くと、彼女は再び真剣な顔になる。



「今、ヴァイス様は昔と違い他の人の事も考えれるようになっていますよね。だったら……フィリス様の事も少しでも考えてくださると嬉しいです。フィリス様があなたに言ったことは確かに許せない事だったかもしれません。だけど……彼女はそれをずっと悔いていました。許してくれとはいいません。話をする機会をあげてくれないでしょうか?」

「メグ……」



 俺にはヴァイスが言われた言葉というのがわからない。だけど不思議と想像はできた。それは天才であるが故の無意識な一言……それがヴァイスを傷つけたのだ。そして、俺にもその経験がある。ヴァイスではない俺の中の深い部分がずきりと痛む。

 俺はメグの言葉に答えずに聞き返す。



「なあ、メグはなんでそんなにフィリスを大事に想っているんだ?」



 普通メイドと主人というものはここまで深入りをしないものだ。彼女とフィリスとの関係はまるで俺とロザリアの様だ。



「実はですね、私とフィリス様は……同じ孤児院の出身なんですよ。ぞくに言う幼馴染ってやつです。だからここで再会した時は驚きました」



 メグは俺に背負われているフィリスを大事そうに見つめる。



「ずっと、こっそりと愚痴とかを言い合ったりしていたんですよ。いい事も悪い事も話していました。だから、フィリスがどう思っているって言うのも……実は結構甘えん坊でヴァイス様に甘えたがっていたって事も知っているんです」 



 本当なのだろうか? ロザリアもそんな事は言っていなかったし、兵士たちも俺とフィリスが仲が悪いと思っていたようだ。ヴァイスの感情もそれを示している。

 だけど……俺にはヴァイスの気持ちはわかるが、フィリスの気持ちはわからない。前世の妹の気持ちがわからなかった俺にはフィリスの気持ちはわからない。だから、何が正しいのかなんてわからないのだ。



「ううん……お兄ちゃん……会いたかったよぉ……」



 それは寝言だったのだろう。お兄様ではなくお兄ちゃんという言葉が俺の脳内を刺激する。俺の妹にもこんな風に甘えてくる時期はあったのだ。いつからだろう、仲が悪くなったのは……違う、俺が拒絶をしたのだ。俺はあいつをわかろうとしなかったのだ。


 

 ズキリズキリと俺の胸が痛む。



 この痛みはなんだ? そんな事を思っていると館についてしまった。そして、心配そうに玄関の前で待っていたロザリアと目があった。



「ヴァイス様とフィリス様……? それにメグまで」


 

 フィリスを背負っている俺を見て、ロザリアが信じられないとばかりに目を見開いた。



「えへへ、デートしてきました」

「いや、デートじゃないだろ。急いでフィリスの部屋のベッドの準備をしてあげてくれ」


 

 俺は心の中にモヤモヤを抱えたまま、そう言って俺はフィリスを部屋まで運ぼうとしたが、ロザリアがじっとこちらを見つめているのに気づく。



「ヴァイス様……」

「どうしたんだ? ああ、仕事をさぼっていて悪かった。すぐやるよ」



 俺が仕事をほっぽって街へ出たことを謝るとそうじゃないとばかりに彼女は首を横に振った。



「いえ、そんなことはどうでもいいんです。私はあなたの味方です。辛かったらなんでも話を聞きます。それだけは覚えておいてくださいね」

「ああ……それは知っているが……」



 彼女が味方だということはこれまでのこともあり、知っている。今更そんな事をいう彼女に怪訝な顔をしたまま俺はフィリスを部屋まで運び、仕事に戻るのだった。




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ゲームのシーンはいつも最初にやっているんですけど、

今回はフィリスが主人公どう思っているかを最初は明かしていなかったので

今、挟んでみました。

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