第60話 ヴァイスとフィリス2

 困惑している俺を余所に彼女が入ったのはいつぞや、俺とロザリアが顔を出したお店だった。つくづく不思議な縁があるものだなと思う。



「いらっしゃーい、お、フィリスちゃん帰ってたのか? それに……いつぞやのあんちゃんじゃないか? なんで一緒にいるんだ……まさか、この前の事をヴァイス様には言ってないよな。俺は処刑されたくないぞ!!」

「ああ、言っていないから安心してくれ。それに領主様もそれくらいで怒ったりはしないだろうさ。それよりも、店主、おススメを二人分頼む」

「あいよーー」



 冷や汗を流している店主に苦笑しながら答える。フィリスとは顔見知りで、ちゃんと領主の義妹だと知っているようだ。

 だから、この前の会話が俺に伝わっていないかビビっているのだろう。まあ、誰にも言っていないので嘘は言っていない。



「そんな……これくらい私が払いますよ」

「気にするな。金ならたくさんあるしな。それよりも、ここには結構来るのか?」



 兄と妹が一緒にきているのだ。こういう時は兄が払うものだろう。前世ではあまり記憶はなかったが……そう思うと少し、胸がチクリとうずいた気がしたのは気のせいだろうか。



「はい、その……恥ずかしながら上品に食べるも良いのですが、こういう風にみんなでワイワイ食べるのも好きなんですよ。そんな事を言っていたらメグが連れて来てくれたんです」

「そうか、確かにメグと一緒にいれば騒がしさは保証されるな……」



 俺がこれまでの彼女のハイテンションを思い出して、ちょっとげんなりしていると、フィリスが初めてクスリと笑った。



「もう……そんな言い方をしたらかわいそうじゃないですか、いつも楽しそうで、一緒にいると元気になるんです。そうそう、ちょうどこんな感じで……あれ?」

「そこで我が領主ヴァイス様が魔剣を持つ敵領主にキメ顔で言ったそうです!!『お前ごときゴミクズが神に愛されし、俺に勝てると思ったか!! 己の愚かさを悔いて死ね!! 影よ、わが怨敵を食らいつくすがいい!!』と!!」

「あー、確かにこの喋り方はメグっぽいな……いや、メグだろ!!」


 

 屋台の傍で人だかりの中から聞きなれた声に、俺とフィリスは間の抜けた顔をして、見合わせる。この時間は普通に屋敷で働いているはずなんだが……てか、俺そんな厨二くさいこと言ってねーよ。頭ダークネスか?

 俺とフィリスがひとごみをかきわけていくと、そこにはビールの入ったコップを左手に、肉串を右手に装備し楽しそうに騒いでいるメイドがいた。

 おひねりなのか、彼女の周りには銅貨が散らばっている。



「おい、メグなにやってんだ?」

「あれーー、ヴァイス様とフィリス様じゃないですか、お二人とも何をやっているんですか? 領主のお仕事をさぼっちゃだめですよ」

「いや、お前にだけは言われたくないんだが!!」

「え? 領主様!?」



 メグが楽しそうなテンションのままふざけたことを言いやがる。ロザリアに後でいいつけてやろっと。後ろで店主が悲鳴にも近い声を上げたが気にしない。

 そして、彼女を囲んでいた人々は俺達を興味深そうに見つめる。だけど……その視線には悪い感情ではないようだ。メグがこうして俺の事を色々と話してくれているからかもな……と内心感謝をする。

 フィリスが苦笑しながらもメグに話しかける。



「相変わらず元気そうで何よりです。メグ」

「そりゃあ、私の取り柄は元気とこの可愛らしいルックスですからね!! 当り前です。それにしても……珍しい……本当に珍しい組み合わせですね。せっかくです。店長!! VIPルームに案内してください!! この二人はVIPですよ、超VIPです!! だってうちの領主とその妹ですからね!!」

「ああ、もちろんだ。あの……ヴァイス様……先ほどは失礼を……」



 こちらが申し訳なるほど、かしこまる店主に俺は苦笑する。別に気にしていないと言うのにな……そして……メグは俺達を見てなぜか嬉しそうに笑った。



「気にしないでくれ。そしてこれからも、以前と同じように接してくれた方が嬉しいな。みんな……せっかくの酒盛りを中断させて申し訳ない。お詫びと言っては何だが、ここは俺がおごろう。祝勝記念だ!! 好きなだけ食って好きなだけ騒ぐといい!!」

「わぁぁーヴァイス様最高!!」

「よくわからないけど騒ぐぞーーただ酒だぁぁl」



 そんな風にみんなが騒ぐなか俺達はVIPルームという名のテーブルがあるだけの隅っこの席へと向かった。




 鳥や豚、牛などの肉串が皿にずらりと並べらており、お酒の入った樽がおかれた席で俺とフィリス、そして、メグが向かい合っていた。

 領主の俺に気を遣ってか、フォークとナイフまで用意されている。店主には今度正式に詫びよう。そう思っていると、上品に食器を使って肉串の肉を取り分けようとしているフィリスが目に留まった。



「フィリス……ここは公共の場じゃないんだ。好きなように食べていいんだぞ。そのまま食べる方が好きだろ?」

「お兄様、食器を用意していただいたんです。そんなはしたない真似はできませんよ」



 すました顔で、フィリスが答えるとメグが悪戯心に満ちた笑顔を浮かべた。



「またまたー、いつもは私と一緒に屋台で串のまま食べてビールを楽しんでるじゃないですか!! 何を気取ってるんですか!!」

「ちょっと、メグ!! お兄様、これは違うんですよ。これはですね……」

「気にするなって、ここは館じゃないし、教育係もいないんだ。好きなように食えって」



 俺は手本を見せるように素手で串を取って肉をほおばる。塩が振りかけられただけの雑な調理の肉を噛むと肉汁が出て来て幸せに包まれる。無茶苦茶うまいな!! これぞファンタジーである。

 前世の祭りの屋台で食べているような気分である。しかし、屋台に置いてる松坂牛って絶対松坂牛じゃないよな……嚙み切れないもんな……



「お兄様……ありがとうございます。では、遠慮なく……」



 俺につられてというわけでないだろうがフィリスも同様に肉をほおばると無茶苦茶幸せそうな笑顔を浮かべる。

 やはり、ヒロインなだけあって、その姿は可愛いらしいな。



「ほら……ヴァイス様も元に戻ったって言ったでしょう?」 

「そうですね……メグの言う通りみたいです……昔に戻ったみたい……」

「そうそう、だからずっと手紙で言いたかったって書いてた事もおねがいしちゃいましょうよ。ヴァイス様がさぼっていたことを内緒にしておいてあげますから、私のお願いを聞いてくれますか?」

「ちょっとメグ!! だめですって!!」



 メグの言葉にフィリスが慌てて止めようとするがもう遅い。一体何を頼まれるかと身構えていると、予想外の言葉が待っていた。



「あのですね、フィリス様はお兄ちゃんに甘えたいらしいんです!! だから、彼女が甘えたくなった時にはたーっぷり甘えさせてくれませんか?」

「もう……メグのバカ……お兄様……聞かなかったことにしてください……」



 俺は満足げなメグと、顔を覆っているが真っ赤になっているのを隠し切れないフィリスに困惑をするのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る