第59話 ヴァイスとフィリス
彼女の予想外の提案に俺は思わず固まってしまった。俺の精神的な問題もあるし、ヴァイスが破滅するフラグは、グスタフやバルバロに利用されて領地をぐちゃぐちゃにしたことが原因とはいえ、最後のとどめを刺したのは、フィリスが主人公を連れてきたことである。
ゲームの時とは違い、領民の忠誠度も徐々にあがってはいるし、アイギスや、アステシアの闇堕ちも防いだ。だけど、物語の強制力のようなものがあるかもしれないし、フィリスと行動して何かがきっかけで破滅フラグが発生するかわからないので、元々彼女とはあまり関わらずにやり過ごそうと思ったのだが……
「お兄様がお父様から継いだ領地がどうなっているか興味があるんです。メグの手紙にお父様の時よりも領民に笑顔が増えて、お兄様も領主として頑張っていると……だから、お兄様の収めている領地がどうのような感じなのか、見てみたいんです。だめでしょうか?」
メグか……そういえばゲームで最初にフィリスたちがやってきたのも故郷の使用人たちから助けて欲しいという旨の手紙が来て、ハミルトン領を救いに来たって言ってたな。ひょっとしたらゲームのはじまりは彼女の手紙がきっかけだったのかもしれない。
まあ、そんなことはどうでもいい。今はフィリスだ。彼女の対応をどうするか……適当な理由をつけて断ってもいいんだがそれで怪しまれるのも嫌だしな……
ここまで来たのだ。せっかくだ。好感度を上げ、領地は平和だろ安心して帰ってもらった方がいいだろう。俺にはゲーム知識があるからな。その時にフィリスとのデートイベントだってあったんだ。なんとかなるだろう。俺は作戦を変更することにした。
「ああ、いいぜ。と言っても俺もあまり街の方にはいかないからな……ちょっとぶらつくらいだけど、いいか?」
「はい、ありがとうございます!! 私は元々街で育っていたのでそこは大丈夫ですよ」
満面の笑みを浮かべるフィリスを見て俺は内心疑問に思う。あれ……もしかして、フィリスとヴァイスってこの時はまだ仲が良かったのか? でも、ゲーム中でフィリスは兄には嫌われているって言っていたしなぁ……
あと、ゲームとのキャラが全然違うのも気になるんだよなぁ……
「さあ、いきましょう、お兄様!! 久々の故郷楽しみです。行ってみたい店もあるんです!!」
「ああ……って引っ張るなよ……行くから!! 行くから!!」
俺はやたらと力いっぱいに腕を引っ張ってくるフィリスに少し困惑しながらも、なんだか悪い気はしなかった。なんだろう……前世でも子供の頃は妹とこんな風に、街を連れまわされた事があったなって……なぜか懐かしくなったのだった。
戦争に勝利して給金を配ったからか、今回の戦争に参加した兵士たちもよく見られ、市場は中々にぎわっていた。何人かの兵士ともすれ違い……俺を見て笑みを浮かべ、横にいるフィリスを見て困惑しながら挨拶をして去って行くというのが何回も見られた。
やっぱりヴァイスとフィリスはあんまり仲良くなかったんだなぁ……ますます、誘ってきた理由がわからん。もしかして、昔っからの恨みを晴らすために暗殺……とかじゃないよな。アイギスとアステシアとのファーストコンタクトを思い出すとまったくないとも言えずちょっと体が震えてきた。
「お兄様は兵士の人たちも慕われているのですね」
「ん? ああ、一緒に戦ったりしているとやっぱり命を預け合っているからな。自然と仲良くなるんだよ」
「そうなんですね……でも、よかったです」
「良かったっていうのは、どういうことだ?」
俺が聞くと、フィリスはなぜか少し緊張気味に答える。
「お兄様が領主になって……そして、みんなに慕われていて私も嬉しいんです。すいません、私は何もしていないのに生意気ですね……」
「いや、嬉しいよ。そう言ってもらえると、フィリスにも認められたみたいでさ」
そんな風に社交的に返事をするが俺の内心は穏やかではない。ヴァイスの気持ちだろうか? さっきからフィリスと会話をするたびに、モヤっとするが、この気持ちは痛いほどわかってしまう。
多分、フィリスは本当に俺を褒めてくれているのだ。だけど……いまだにヴァイスは彼女にほめられることを受け入れる事ができないのだろう。
わかるよ……ヴァイス……俺もそうだったからさ。
前世でたまたまテストで満点を取った時の事を思い出す。あの時は妹が珍しく話しかけて来て、『兄貴すごいじゃん』と言ってくれたのだ。だけど劣等感に満ちていた俺はその言葉をちゃんと受け入れる事ができなかった。
ヴァイスもフィリスの誉め言葉を受け入れられないのだろう。
「……」
考え事をしてしまったなと思っているとなぜか、フィリスもきょとんとした顔をしていた。俺が怪訝な顔をしているのに気づくと、彼女は慌てて頬をかいて誤魔化すように口を開く。
「すいません、お兄様にそんな事を言ってもらえるなんて思っていなかったので……それにしても、みんな幸せそうで何よりです。ほらあそこの屋台には色々と、珍しいものが……」
フィリスが話題を変えようと、屋台に吊るされている味のついた肉の塊……前世で言うケバブのようなものを指さした時だった。「くぅーーー」と可愛らしい音がなり、彼女の顔が真っ赤に染まる。
「ああ、違うんです。普段はこんなはしたないことはですね……」
「あー、俺も腹減ったし食べるか? すまない、これを二人分くれ」
そんな年相応の姿を見るとなぜか、もやもやが薄れた気がする。そうだ……この子はフィリスだ。俺の妹ではないのだ。そう言い聞かせ、俺はお金を払って店主に注文をする。お客もけっこういるようで結構な人間が立ち食いをしながらしゃべっていた。美味しそうだなって思っていると、フィリスがなぜか慌てる。
「でも、お兄様……こんなところで食べるのは貴族っぽくないって叱られてしまいますよ」
「何を言ってるんだよ。今ここで一番偉いのは俺だぜ。それにこういうのは外で食べるのが美味しいんだよ」
「そうですね……はい。私は……知っています」
俺が雑に盛られた肉のかけらを渡すと、彼女は嬉しそうに笑って食べ始める。まあ、彼女は貴族っぽく上品に澄ましているが、元々孤児院の出身だから、貴族の料理よりもこういうのが好きなのだ。
それはゲームで主人公とこんな風に市場を歩いている時に時に、発覚して仲良くなるっていうイベントだな。確かその時の選択肢は……
1.別に僕の前では気を遣わなくていいんだよ。
2.この肉美味しいよね、もっといる?
3.貴族の女の子が、こういうの好きって言いうのいいね、ギャップ萌えーーー!!!
だったな。もちろん俺が選ぶのは……
「別に俺の前では気を遣わなくていいんだぞ」
俺がそう言うと、彼女はゲームと同様にちょっと照れくさそうに笑……わなかった。なぜか目を大きく見開いて……その目から涙がこぼれそうになる。
「え? 俺なんか変な事を言って……」
「ああ、違うんです……ちょっとお肉が辛かったみたいですね。あははは。それよりもあそこのお店にもいってみませんか。結構美味しいんですよ」
そう言うと顔を隠すようにして彼女はいつかロザリアと一緒にいった屋台へと、駆け足で走って行ってしまった。俺は困惑しながらも、彼女についていくと意外な人物と会うのだった。
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