第134話 昔話
「元領主様は言ってはなんだが、平凡な人だったよ。それなりに領民の話も聞くし、それなりに統治をしていた。強いて言えばちょっと金にはうるさいところがあったから奴隷売買の話も、あの人ならやりかねないっていう意見と、ありえないって意見の半々だったかな……」
武術指南役だったという男は店員が持ってきたばかりのアツアツのパスタをうまそうに食べている。貝などのだし汁でつくられたスープパスタであり、彼につられて俺たちも注文してしまった。
「そんななか決定打になったのは、元領主さまの側近の一人が離れでみすぼらしい人間を見つけたっていうんでな。何人かの騎士が捜査したんだよ。そうしたら、地下には何人もの奴隷がいたうえに邪神を信仰している祭壇が見つかったんだ」
「邪神……ハデス教か!! もしかして、ブラッディ家がやつらに目をつけられたのは……」
「……許せないわね」
邪神という言葉に俺とアイギスが顔が険しくなる。もしかしたら、邪神の目論見を邪魔したせいで、マリアベルさんが目をつけられ病におかされ、ブラッディ家の破滅へとつながったのかもしれない。
「それだけ証拠があるのならば、なんで今更になってそれが冤罪だって話が出てきたんだ?」
「ああ、それがな。今から一年前にグスタフっていう商人が捕まったんだが、そいつの商会に調査がはいったんだよ……」
「グスタフだと!!」
懐かしい名前にも思わず声を上げてしまう。だって、あいつはヴァイスに借金をおわせて、ロザリアを手に入れようとした悪徳商人なのだ。
まさか、こんなところで名前を聞くとは……
「ん……? もしかして知り合いなのか?」
「ああ、ちょっと嫌な思い出があってな……」
「ヴァイス怖い顔してる……そいつは私が殺してあげようか?」
物騒なことを言いながらも、アイギスが手を握ってくれて心が落ち着いてくるのを感じる。感謝というわけではないと手を握り返してほほえむ。
あの男はヴァイスの破滅フラグの一端をになっていたがそれももう解決しているのだ。もう怒りを覚える必要はないし、今はそれよりも優先すべきことがある。
「で、そのグスタフがどうしたっていうんだ?」
「ああ、そいつの屋敷には奴隷や麻薬なんかの商売の帳簿やメモみたいなのが大量に残っていてさ……なんとその奴隷売買にはうちの元領主さまがかかわっておらず、すべては最初に騒いでいた側近の仕業だった可能性がでてきたんだよ……」
「それで、冤罪の可能性がでてきたのか……」
「……」
今度はアイギスが険しい顔をして押し黙る。そりゃあそうだよな。両親が無実の人間を殺した可能性がでてしまったのだ。辛いに決まっている。
だけどさ……
「そもそも、ブラッディ家は国の命令でここの領主を倒したんだろう? それを攻めるのはおかしいだろう」
「まあな……、ただ領主が変わったことで損害を受けたやつは理屈じゃないんだよ……それにご子息のカイザード様のこともあるしな……」
「カイザードか……」
ちょいちょい話にはでていたが、ここでも絡んでくるとはな……ゲーム開始前にアイギスと婚約破棄をして、殺された哀れな男であり、実際に会った時の印象は正義感の強すぎる男と言った感じだ。
まさか、アイギスと婚約したのもこの街での話が関係しているのだろうか……? まゆをひそめている彼女を見てそんなことを想う。
「ああ、あの人は、自らの両親が罪人だと教えられて……討伐隊に参加していたんだよ……そして、自らの手で父を殺したんだ……正義感も強かったし、少しでも家の名誉が傷つかないようにするためだったんだろうな……」
「「なっ……」」
予想外の言葉に俺とアイギスは驚愕の声を漏らす。家の名誉のためとはいえ自らの親を手にかけたカイザードの気持ちはわからない……ましてや、それが冤罪かもしれないとわかったらやりきれないに決まっている。
そして、俺は思ってしまうのだ、もしかしたらラインハルトさんや、マリアベルさん、そして、アイギスのことだって恨んでいるのかもしれない。
「この街の人々はカイザード様に同情的だ。だから、無実かもしれないのに、元領主を倒し、領主代行をやっているマリアベル様をやめさせてカイザード様を領主にっていう声が最近おおきくなっているのさ。だいたいはこんな感じかな」
「そうか、色々ありがとう」
話は終わりとばかりに立ち上がる彼にお礼を言って、俺は考える。マリアベルさんはこの話を俺に聞かせて何を考えさせようと思ったのだろうか? そして、あの人自体はこの件をどう思っているのだろうか?
そして、アイギスは……と思っていると、ホワイトが彼女の肩に乗っかた。
「きゅあ、一体何を……」
「きゅーきゅー」
「もう、くすぐったいじゃないの。でも、悪くはないわね」
ホワイトは人の心の敏感だ。きっと俺以上に悩んでいるであろう彼女は慰めようとしてくれたのだろう。そして、あんなに動物が苦手だったアイギスはホワイトを受け入れているのが嬉しい。
そして、俺たちが屋敷へと戻るとさっそくマリアベルさんに呼びだされるのだった。
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