悪役たちの原点(オリジン) ロザリア編、アイギス編

「ヴァイス様……ご無事で……」



 隠し通路から逃げる後姿を見守りながらロザリアはつぶやく。生涯をかけて守ると誓った主を見るのも最後だろう。崩れゆく屋敷の中で笑みを浮かべる。



「流石に無茶をしすぎましたか……フィリス様、お強くなりましたね」



 ずきりと痛む体を槍を杖のように体重を支えながら、金髪の少年に引きずられるようにして、避難していくフィリスを見送る。

 本気を出せば彼女達と刺し違えることもできただろう。だか、ヴァイスが逃げ出す時間を稼いだだけで、もう満足だった。



「フィリス様……お仲間に誘ってくださってくれて嬉しかったですよ、でも、私があなた方と同じ道を進むことはありません」



 自分たちと対峙し、ヴァイスに正論を語る彼女を見て、本当に強く成長したなと嬉しく思う。

 気弱で、自分の意見を言えなかった彼女の姿はもうそこにはなく、その姿は英雄としての片鱗を見せていた。彼女についていけば、自分の未来は明るいかもしれない。



「だけど、あなたたちは世界を救うかもしれませんが、ヴァイスさまを救うことはできませんから……」



 ヴァイスはすでに悪行を重ねすぎた。彼自体が大きな悪事をしたというわけではない。だが、部下やお抱えの商人たちによる被害者は数知れない。何もしなかったというのが罪なのだ。

 領主としてそれらを放置した罪は許されることはないだろう。



「そして、私もあなたの罪を背負いましょう」



 彼の傍にいながら自暴自棄になっていったのをとめられたなかった自分も同罪だとロザリアは思うのだ。そして、ヴァイスは無事に逃げることができただろうかと……

 彼が逃げ切れることができる可能性は少ないと思う。万が一にかけることしかできなかった自分の無力さがにくい。



「ヴァイス様……あなたに救われたこの命ですが、少しはお役に立てたでしょうか……ごほごほ……」



 煙が回ってきたようだ。喉がむせ目が痛くなる。自分の人生はヴァイスに救われ、彼の使用人となれて幸せだったと思う。ただ、惜しむらくは彼を救うことができなかったことだ。



「私はもっとあなたに色々と言うべきでしたね……嫌われてでもいいからあなたに己の行動を注意すべきでした……きっと誠心誠意伝えればあなたは……」



 結局のところ自分は勇気がなかったのだ。ヴァイスが苦しんでいるのを見守ることしかできなかった。カイゼルのようにもっと強く言うべきだったのだ。



「ヴァイス様……私はあなたに使えることができて幸せでしたよ……でも、最期もいっしょにいたかったです……ごほごほ……」



 煙の中意識が遠のいていく、槍を持つ手から力が抜けてそのまま地面に倒れこむ。彼女が最後まで考えていたのは自分の主であるヴァイスのことだった。

 かつて彼からもらった手のぬくもりを思い出しながら息絶えるのだった。


★★


「アイギス様これ以上はもうむりです……」

「そう……今までご苦労だったわね。あとは勝手にしなさい」



 傷だらけになった部下に対してアイギスは興味なさそうに告げる。そもそもがハデス十二使徒となったからと、押し付けられた部下たちに過ぎないのだ。別に愛着があるわけでもない。

 それに、アイギスも王国軍との度重なる戦いで傷だらけだった。序盤は優勢だったハデス教徒も、徐々にゼウスの加護を得た英雄と聖女、魔法使いを筆頭とした部隊によって徐々に形勢は逆転しつつあった。



「武力はすべてを解決するけど……さらなる武力には負ける……当たり前よね……」



 家訓を思い出しながらアイギスは自虐的に笑う。だからこそ、ブラッディ家は常に武力を磨き最強であろうとしていたのだ。

 そのブラッディ家もすでに領地は解体され屋敷も他人の物へと渡ってしまっている。当主であるラインハルトが妻であるマリアベルを謎の病から救うために色々なところから借金をした上に、邪教に力を貸したことがばれたからだ。

 そうなっていく過程で、アイギスの居場所も邪教の中にしかなくなってしまった。両親を失い自暴自棄になった彼女は邪教に言われるがままに生きてきた結果十二使徒に選ばれるまでの力を得ていたのだ。



「まあ、どうでもいいんだけど……」



 そもそも彼女にはすでに生きる目的などなかった。ただ死ななかっただけだ。アイギスとて、両親が死んでしまったときに周りに助けを求めなかったわけではない。

 だが、付き合いがあった父の友人の貴族たちが彼女に抱いていた感情は、憐れみと迷惑だという感情、そして、美しい外見に対する欲情であった。

 他人の感情が読めるアイギスはそれに対して絶望し……結局単純な力のみをもとめた邪教に身を置くことにしたのだ。たとえその先が破滅だとわかっていても……



「あれは……薔薇かしら?」


 

 最後の死地へと歩いていると、放棄された村の中に咲くバラの花が目に入った。それはすでに枯れかけていたけど、母の言葉を思い出される。



『アイギスの赤い髪はバラみたいで綺麗ね、あなたは美しく強い女性になるわ』



 そんな風にベッドの上でよく髪をすいてくれていたものだ。一瞬過去を思い出し涙ぐみそうになるアイギスだったが、水たまりにうつった傷だらけで、服も髪も返り血で濡れた自分の姿を見て自虐的に笑う。



「ごめんなさい……お母さん、私の髪はバラ色じゃないわ……とっくに血に染まってしまったのよ……」



 どうせ、もう母と自分は同じところには行けないだろう。ならばせめて、ブラッディ家の人間として戦闘の中で死にたいと思う。

  


『アイギスは信頼ができて、頭が良い運命の人を探しなさい。そうすれば君は幸せになれるはずだ。きっと君を導いてくれるだろう』



 死を覚悟したからだろうかいつか父が言ってくれた言葉が脳裏によぎる。だけど、そんな人は現れなかった。もしも、そんな人が現れたら自分の運命は変わったのだろうか?



「今更よね……」



 くだらない妄想を振り切って彼女は魔剣を片手に最後との戦いへと向かうのだった。





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本日はロザリアとアイギスになります。


この作品の発売が明日になりました。早い所ではもう並んでいるようです。


よかったら買っていただけると嬉しいです。


よろしくお願いいたします。

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