第13話 日常と新たな脅威

「アイギス……君の部下もみんな投降した。利用されていただけの君を殺したくはない……だからその剣を置いてくれ」



 金髪の端正な顔の青年と赤髪の美しい少女がお互い剣を握りしめ対峙している。少女は全身傷だらけで、特に肩に受けた矢傷がひどい。このままでは遠くない未来に死ぬだろう。



「だから何かしら? お優しいあなたは私を助けてくれるって言うの?」

「ああ、もちろんだ。その傷だって俺の仲間に頼めばすぐに治療できる……だから……」



 青年が人を安心させる人好きさせる笑みを浮かべて、少女に近寄る。だが、それに対して少女は鼻で笑い、剣を構える。



「完全な善意……眩しいわね。でも、私はそんなものを信じるほどもう甘くはないの。どうせ信じて裏切られるくらいなら……私は自分だけを信じて戦うわ!!」

「アイギス……僕は……」



 少女の叫びに青年は悲痛な表情を浮かべる。だが、少女には彼の救いたいという気持ちは届かない。善意に満ちた言葉だからこそ、彼女の心には響かない。



「私はあなたが嫌いなの!! それにね……もうどうでもいいのよ!! 私が守りたかったものはもう……」



 そして、剣の打ち合う音がしばらく響き、『鮮血の悪役令嬢』アイギス=ブラッディはその生涯を終える。ゲームでの好敵手との最後の戦いの名シーンであり、なんとか彼女を救いたいと思ったファンが号泣したシーンだ。

 散々利用され、悪役令嬢とまで侮蔑された彼女には主人公の言葉はもう届かなかった。だけど……彼女がまだ信じる心を残している幼少期だったらどうだろうか? もしも、他人の善意を信じることができなかった少女を救おうとした青年に打算もあれば、結果は変わったのではないだろうか? ファンたちはそんなことを思うのである。






 訓練場に剣と剣のぶつかり合う音が響いている。あれから領地は多少安定してきた。それで俺が何をやっているかというと……



「腕を上げましたな、ヴァイス様」

「それは皮肉か、カイゼル? ボコボコにされてばかりなんだけど……」



 俺は魔法の訓練に加えてカイゼルと剣術の訓練をしているのである。多少は戦えるようになってきたが、カイゼルにはあしらわれてばかりだ。

 俺が文句を言うと、彼はなぜか嬉しそうに微笑んだ。



「さすがに私は剣に生きてきましたからね。そうそう負けるわけにはいきませんよ。それにしても……あのヴァイス様が再び私に剣を習いたいと言ってくれるなんて……感激ですぞーーー」


 

 そう言って涙を流しながら、抱き着いてきたカイゼルにされるがままにされながら、俺はもっと強くならなければと心に誓う。ロザリアと共に生き、ハミルトン領を強くすると誓ったのだ。これからおきる戦乱を生き残るには俺自身の戦闘力も、もっと力が必要だ。

 それに……ゲーム通りだったらそろそろアレがおきるからな……頭をよぎったクソイベントに俺は心が重くなる。



「は、すいません。つい嬉しさのあまり取り乱してしまいました」

「いやいや、気にするな。それだけ心配してくれていたって事だろ? 嬉しいよ」



 申し訳なさそうにしているカイゼルに対して、俺は笑顔で答える。彼は俺やロザリアと同じヴァイス推し同盟だからな。むしろひどい事をしたというのに、ここまで忠誠心をつくしてくれた彼には感謝しかない。

 まあ、ちょっと汗臭かったけど……

 


「ありがとうございます。それでは今日の訓練は終わりにしましょう。それと、バルバロの情報のおかげで犯罪組織の撲滅も順調です。噂を聞いた連中もハミルトン領から出て行ってるでしょう」

「そうか、ありがとう。これからも頼むぞ!!」

「はい、お任せください、ヴァイス様」



 敬礼をしているカイゼルの後ろで、遠目にこちらを見ていた兵士たちの何人かも同様に敬礼をしている。全員とは言わないが、犯罪組織に同行した連中のほとんどは俺に挨拶をしてくれるようになったし、魔法について聞かれることもある。

 少しは認められたって感じがして、かなり嬉しい。



「まだ、ロザリアが帰ってくるまで時間はあるな……」



 彼女には冒険者ギルドに依頼していた結果の確認をしにいっているのだ。幸い書類も少し遅れてきた。というわけで秘密の特訓をしにいくかな。

 そんなこと思って裏庭に向かっていると、ホウキを持って庭掃除をしていたらしきメグと目があった。 



「あ、ヴァイス様、特訓ですか? じゃあ、あとで私がサンドイッチを持っていきますね。ロザリアのより美味しいって言わせて見せますから」

「残念だな、ロザリアを超えるのは簡単じゃないぞ。あいつは俺の好みを完全に把握しているからな」

「まあ、あの子はヴァイス様の事を慕ってますからね。じゃあ、二番目にヴァイス様の事を知っているメイドを目指しますから。その代わり給料も屋敷で二番目に高くお願いします」

「はは、そうだな。ロザリアがオッケーしたから考えてやるよ」



 そんな風に軽口を交わす。彼女とはバルバロの件以来、気に入られたのか、だいぶ気安い言葉を交わすようになっている。

 俺が変わったからって現金な……何て思わない。それが当たり前の世界しな。前世と違って労働法などないのだ。貴族の気分でクビになったり、ひどいときは殺されたりもするのだから、クソな領主には軽口何て叩けないだろう。

 そして、彼女はよくも悪くも素直なのだろう。彼女が俺をみんなの前で褒めてくれているせいか、最近屋敷の人間や、出入りの業者なども話しかけてくれるようになったのだ。

 


 中庭についた俺は深呼吸をして精神を落ち着かせる。メグもサンドイッチが入ったバスケットをもってついてきた。仕事はいいのだろうか?



「さて……そろそろ始めるぞ。今の俺じゃあ、上級魔法は二発が限界だ。だが、王級魔法はどうだろうな……」



 色々と試しているのだが、本来まだ覚えていないはずの上級魔法を使うのは負担が大きいらしく、二回使ったら気分が悪くなり倒れてしまったのだ。しかし、日常でも魔法は使うようにしているので、徐々に使える回数は増えるはずだ。

 それはいい……後は王級魔法が使えるかどうかだ。



「王級魔法ってたしか、上級魔法よりもすごいんですよね? その年で、上級を使えるだけでもすごく優秀だと思うんですが、それでもまだ特訓をされるんですか? ロザリアとも特訓しているのにこんな風に自主的な特訓までする必要があるんですか?」

「ああ、上級魔法の上が王級魔法だな。これを使えるのはエリートの宮廷魔術師の中でも一部しか使えないくらいすごいんだ。ちなみに伝説的な存在だが、その上には神級魔法っていうのもあるぞ」


 

 王級魔法が一般的に最上位と言われている。ゲームで言うと、メラゾーマやファイガみたいなものであり、魔法のレベルが4になるとようやく使えることになる。今の俺はレベル2だから二段階飛ばすことになるのだ。そりゃあ、中々成功しないわけだ。



 だけど……俺はヴァイスならできると思う。才能はあった。もしも……ゲームのように死なずに、まっとうに俺(ヴァイス)が特訓をしていれば、やがて到達できていた可能性はあるのだ。



「ハミルトン領は領主が変わって舐められているからな。戦いになった時にお前らを守るための力が欲しいんだ。そのために試せることは全て試しておきたいんだよ」

「ヴァイス様……うふふ、そうやって夢を語る姿は昔みたいで素敵ですね。それともロザリアにいい所を見せたいっていう男心でしょうか?」

「からかうなっての。さぼってるって言いつけるぞ」



 メグの軽口に気恥ずかしいものを感じながら言い返す。どうやら俺がロザリアに抱き着いて泣いていたところを誰かが見たらしく、ちょっと噂になっているらしい。

 でも、今の軽口で少し心が落ち着いた。まさかリラックスさせるためにわざとだろうか? にやにやと楽しそうに俺を見ている彼女を見てそれは無いなと思いなおす。


 まあいい。俺は脳内でゲームで何度も見た映像をイメージして魔力を込めて詠唱をする。



「常闇を司りし姫君を守る剣を我に!! 神喰の剣!!」



 俺の影が闇よりも濃厚な漆黒の女性の影に変化するとともに、俺の持つ剣を覆って……そのまま霧散していく。それと同時に脳が焼き切れるような頭痛と共に気分が一気に重くなる。

 くっそ……ダメなのか? 俺じゃあ、王級魔法は使えないのか……足にも力が入らずにそのまま地面が近づいてきて……



「ヴァイス様!?」



 誰かの声と共に柔らかいものに受け止められた。あのまま倒れていたらちょっと危なかったかもしれないな。



「ありがとう……ロザリア」

「残念、メグでしたー。私もちゃんとメイドをできるってことですよ。大丈夫ですか、ヴァイス様……ロザリアから無理をするかもって言われて気を付けていてよかったです」



 そう言われると、ロザリアに比べて、色々と小さいような……ってそうじゃない。急いで駆け出したのだろう。サンドイッチの入ったバスケットが散乱しており、彼女の髪も乱れてしまっている。



「ああ、心配かけたな、ありがとう、メグ。もう大丈夫だ……」



 慌てておきあがろうとするが魔力を使いすぎたからか、本来使えない魔法を使用しようとして、限界をこえたせいか、体に力が入らない。



「もう、ヴァイス様は甘えん坊ですね。無理は禁物ですよ。でも、こんなところをロザリアに見られたら色々とまずいので、部屋に運びますね」

「ああ、悪い……力が入らないんだ……」



 確かにロザリアにみられるのはなんとなくまずい気がする。いや、ロザリアの感情が恋愛かどうかはわからないけど……



「ああ、でも、こんなところでハグをするなんてヴァイス様は積極的ですね」

「お前楽しんでるだろ……」

「いえいえそんなこと……あ……」



 俺が呻きながら、つっこみを入れるとメグは楽しそうに笑っていたがなぜかその笑顔が固まった。



「ヴァイス様……なぜ、こんなところで使用人と何を抱きついているのでしょうか?」

「いや、これには深い事情がだな……」

「ヴァイス様ったら積極的なんだから……断れ切れなくてつい……」

「お前、俺を売ったな!!」



 俺達のやり取りを見て大きくため息をつくロザリア。少し拗ねているような顔をしているのは気のせいだろうか?

 だが、そんな彼女は咳払いをすると真剣な顔になる。



「大方、魔法の特訓をしていらヴァイス様が無茶をしすぎてメグに助けられたのでしょう? ヴァイス様あまり無茶をしてはいけませんよ。それよりも……ヴァイス様のおっしゃる通り最悪な事態が判明しました。情報によると冒険者の何人かが帰ってきていないそうです」

「やはりか……」



 その言葉で俺達の間に真剣な空気が流れる。メグも空気を読んで黙る。それにしても……嫌な予感ばかり当たるものだな。

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