第2話 推しになった俺は全力で救う事にした。

「やっぱりないかぁ……ヴァイスの救出ルート……」



 俺はパソコンを目の前にして頭を抱える。今回のゲームのアップデートでも期待したが、俺の望んだ機能は実装されていないようだ。


 俺が今はまっているのは『ヴァルハラタクティクス』というシュミレーションRPGである。神々に導かれた主人公が、邪神によって支配された帝国を救うという王道ファンタジーで個性的なキャラが多く人気のゲームである。

 特に敵キャラもかなり魅力的で『鮮血の悪役令嬢アイギス』『冷酷なる偽聖女アステシア』などはメインヒロインよりも人気があるくらいである。



 また、選択肢によっては民衆の忠誠度が上下して、あまりに低いと命令違反や反乱などがおきる。だからといって、ただ上げればいいというわけでもなく、低い状態じゃないと仲間にならないキャラもいたりするから、色々とやりこみ要素もあったりとなかなか難しい。

 ネットでは『死んで覚えるSRPG』とまで呼ばれているのだ。



 そんな中俺はこのゲームの悪役キャラであり最初に倒されるヴァイスというキャラを推しているのである。



「こいつは確かに、最初にやられるかませ犬みたいなキャラなんだけどさ、それだけじゃないんだよなぁ……」



 主人公パーティーで、ヒロインの一人である天才魔法使い少女の兄であり、その子と比べられ続けてきたコンプレックスで歪んでしまった可哀そうな男なのである。ストーリーではあまり深堀りされないためネットでは『顔はいいけど、性根の腐った踏み台貴族』などと呼ばれているのだ。



 だけど、俺もさ……優秀な妹がいるからわかるよ……比べられるのってきついよな……自暴自棄になっていた時期の自分と重なり、感情移入してしまい今では彼の同人誌を漁ったり、彼が救われる妄想小説などを読み漁り、俺だったらこうやって救うのに……と妄想にふけっているのである。


 だれでもあるだろ、俺だったら原作で悲惨な死を送ったキャラをこうやって救うのに……って考えることがさ。それが俺にとってのヴァイスなんだよ。俺はこういうかませキャラがすきなんだよな。

 とあるアーサー王などの英雄を召喚するゲームではワカメが好きだし、鬼を狩る漫画ではさいころステーキにされた先輩や雷の呼吸を使う鬼が好きだったりする。



「俺だったら絶対こいつを幸せにしてやれるのにな……」

『じゃあ、キミがなってみるかい、彼を救って見せてよ』

「え?」



 ここには俺しかいないはずだ。あたりを見回すがやはり気のせいだったようだ。ゲームをやりすぎたからか急に眠くなってきた。

 ベッドに横たわるとまたあの声が脳内に響く。



『ああ、特別にキミに面白いスキルをあげるよ。うまく使えるは君次第だけどね……場合によっては、役に立つだろう。君が決められた盤面をおもしろくしてくれることを願うよ』

 


そして、そのまま、俺の意識は暗闇につつまれた。






---------------------------------------------------------------------------------------------


 そして今に至る。



 そう、よくわからんが俺はヴァイスに転生したようだ。しかし、状況はかなりまずい。バッドステータスも色々やばいが、特にやばいのは民衆の忠誠度である。

 ちなみに忠誠心は100がマックスで、10というのはかなりヤバイ。これが0になると民衆による反乱が起きてゲームでは確定でゲームオーバーになるのだ。



 あと一回なんかやらかしたら死ぬやんけ!! ヴァイスの護衛がちゃんと働かなかったのもヴァイスへの忠誠心が低いからだろう。

 その証拠に見舞客もろくに来ないし、せいぜい親友とやらからたこの足みたいな触手花が送られてきたくらいである。いや、これなんだよ。マジでキモいんだけど!! 嫌がらせかな?



「しかもそれだけじゃないんだよなぁぁぁぁ!!」



 無事怪我が痛まなくなった俺は、執務室でロザリアに命令をして集めてきてもらった資料を見ながら頭を抱える。税収がすごい下がっているし、治安も悪化しているせいか、領地内での犯罪も増えているようだ。

 しかも、ヴァイスの両親が事故で死んで、彼が領主になってから一気に悪化しているのだ。やばくない? これってつんでない? なんか絶望感しかわかなくなってきたんだが……とか浅い事を普通の人間だったら思うんだろうなぁ!!



「そう……なぜなら俺は転生者である。ヴァイス任せとけ!! お前を救うためにはどうすればいいかを妄想してきた人生は無駄じゃないかった!!俺だけが知っているゲーム知識でなんとかしてるぜ!! 俺がこの世界の皆にお前の素晴らしさを布教してやるからな!! これもまた推し活だぜ!!」

「ヴァイス様……その……、料理を持ってきましたがいかがいましょうか?」



 ノックの音と共に入ってきたのは、料理の乗った台車を引いているロザリアだった。やっべえ、気づかなかったわ。俺が決めポーズをしながら独り言をつぶやいている所を見られてしまった。むっちゃ恥ずかしい……

 沈黙の中、鉄板の上にのせられた肉はまだまだジュージューと音を立てており空腹を誘う。他には白パンやサラダ、スープなどもあり、フルコースである。腐っても貴族ってことだろう。



「ありがとう!! もらうぞ。美味しそうだなー」

「え……? 口をつけていただけるのですか? 嬉しいです」



 俺が誤魔化すようにお礼を言うと彼女はなぜか一瞬驚いた顔をした後に、満面の笑みを浮かべて配膳を始めた。

 ああ、そうだ……今のヴァイスは両親が事故で亡くなって、領主になったはいいものの全てが上手くいかずやさぐれている時なのだ。でも、それじゃあ、ダメだ。お前が辛いのはわかるけどさ……これから先生き延びるにはまずは飯を食って体力をつけなきゃいけないんだ!!

 


「では、いただきます」



 俺がステーキにナイフを入れると肉汁が溢れてくる。そして、フォークで口にいれると旨味が広がる。やっべええ、前世では食べた事の無いような味なんだが!! むっちゃうまいし柔らかい!! そう言えばヴァイスになってから初めてのちゃんとした食事だったな。怪我の時治療中はくそまずいポーションや、やべえ匂いの薬草の入ったスープばっかりだったし、彼の部屋には酒とつまみくらいしかなかったんだよな。

 食事に夢中になっていた俺だったが、さっきからずっとこちらを見つめてニコニコと笑っているロザリアを見て、声をかける。



「あの……ロザリア……」

「はい、なんでしょうか? ヴァイス様……あ、気が利かなくて申し訳ありません!!」



 そう言うとなぜか彼女はこちらに近付いて、ポケットから取り出したハンカチで俺の口を優しく吹いた。彼女の甘い匂いが一瞬鼻孔をくすぐる。

 こんな美少女にお世話をしてもらえるなんて領主最高!! じゃなかった……



「その……そんな風にじっくりと見つめられているとなんだか、落ち着かないんだけど!?」



 まあ、イケメンだからな。気持ちはわかるよ。



「すいません……つい……それでヴァイス様、ご飯は美味しいですか?」

「ああ、無茶苦茶美味いよ。こんなものを毎日食べれるなんて幸せだなって思うくらいだ」

「うふふ、やっと食べてくださった上にそんな風に言ってもらえると嬉しいです。がんばって料理をした甲斐がありますね。ほんとうに……よかったです……」



 そう言うと彼女はなぜか、「えへへ」と笑いながら俺を見つめたままぽろぽろと涙を流し始めた。え? いきなりどうしたんだよ?



「ああ、ごめんなさい……ヴァイス様の前でこんな姿を……」

「いや、そんな事はいいから。一体何で泣いて……」

「それはその……半年前に前領主様がお亡くなりになって、領主を任せられてから、ヴァイス様はすっかり元気がなくなってしまって……それ以来、食事もろくに食べていらっしゃらなかったので……やっと食べてくださった上に、美味しいっていってくださったのが嬉しくて……すいません、ご両親を失って、領主として慣れない仕事をして色々と大変なのに私がこんな風に泣いたら迷惑ですよね」

「ロザリア……ううん……こんな俺を心配してくれてありがとう」



 俺がつい泣き崩れる彼女の頭を撫でると彼女は一瞬びくっとした後に俺の胸に顔をうずめながらそのまま嗚咽を漏らす。

 ロザリアは本気でヴァイスの事を心配してくれているのだろう。彼女の忠誠心は本物である。それは俺が目を覚ます前の会話でもわかるし、ゲームでの最期でもわかる。彼女はヴァイスと共に主人公と敵対して敗れるも、自分はヴァイスが逃げる時間を稼いで、屋敷を爆発させて死ぬのだ。


 敗戦が濃厚になり部下がどんどん去っていく中、彼女だけは最後までヴァイスを守ろうするのである。彼女がなんでそこまで彼に忠誠を誓っていたのかはわからない。きっと彼と彼女にだけの物語があったのだろう。つまり彼女は俺と同じヴァイス推しの同志である。

 そして……俺はそんな風にヴァイスを守ろうとした彼女にそんな最期を送ってほしくはないと思う。そのためには色々とできる事をやらないとな……



「今まで心配させて悪かった。これからはちゃんと領主として頑張ろうと思うんだ。だから、こんな俺を支えてくれるかな?」

「はい、もちろんです!! その……すいません、たかが使用人なのにヴァイス様に抱きしめていただくなんて……」

「いや、それはちょっと調子に乗りました。すいません」



 気恥しくなった俺達は頬を赤く染めながら少し距離をおく。


 やはり俺の考察通りだ……ゲームや資料集では明かされていなかったが、ヴァイス自体が大きく歪んだのは両親の死と、急遽領主になり失敗を繰り返した事がきっかけなのだろう。

 くっそ、優秀な妹がいたコンプレックスや、引継ぎもせずに領主の仕事を任されてりしてパンクしてしまったことが重なって、やさぐれてしまったのだ。だが、彼女の言葉いわくヴァイスが領主になってまだ半年しかたっていないのだ。これならばなんとか挽回できるだろう。違う……挽回するために俺はヴァイスになったのだ。


 やる事はたくさんある。体力をつけたり、民衆の忠誠度をあげたり、領地の改善、そして、ヴァイスのただ一つの特技である魔術の強化も必要だろう。このままでは戦場に出ても速攻殺さるだろうからな。



 だけど……推しキャラを救うことができるなら苦にはならないぜ!!



 そんな風にこれからの事を考えていた時だった。ドアが乱暴に開けられ、恰幅の良い男性とその護衛らしき男が入ってくる。なんだこいつら? てか、領主の部屋に勝手に入ってくるとか失礼すぎだろ。



「グスタフ様、ヴァイス様は怪我が治ったばかりで、お取次ぎができないと申し上げたはずですが……」

「ふむ、確かにそれは聞きましたが、ヴァイス様には今どうしても話をしておかなればと思いましてな。むしろ、善意で言っているのですから感謝をしてほしいくらいですぞ」

「感謝か……わざわざ一体なんなんだ?」



 俺が怪訝な顔をするとグスタフと呼ばれた男は、にやりと厭らしく笑い、護衛に合図をすると彼は俺の机に一枚の紙を渡してきた。

 そして、俺はその内容を見て絶句する。



「そう、我が商会が領地を担保にした借金を返していただきたいのです。もちろん、現物でも構いませんが期日の明日までに払えますかな?」

「ロザリア……うちの蓄えは……」

「その……飢饉に見舞われたり、色々とありましてほとんどすっからかんに近いです」

「え? じゃあ、この豪華な料理は……」

「ヴァイス様に元気になってほしかったので、その……私の貯金から……」



 グスタフに聞こえないように俺がひそひそとロザリアに聞くと、予想外の答えが帰ってきた。いやいや、どうすんだよ、借金の額も相当やばいし、何よりも期日が明日って積んでるだろ……

 てか、ロザリアが天使すぎて頭が上がらないんだが……なんでヴァイスはこんな子がいるのにぐれたんだよぉぉぉぉ。

 


「その……大変申し訳ないのだが、近いうちに必ず払う。だからもう少し返済の期限を延ばしてはもらえないだろうか」

「そうは言いましてもこちらも商売ですからな。証文もありますし……」

「そこを何とか……」

「うむ……そうですな……」



 俺が下手に出ているとグスタフはニヤリとした笑みを浮かべて、嘗め回すようにしてロザリアを見つめる。その視線にイヤなものを感じる。



「そちらのメイドを一晩貸していただければ返済の期限を延ばしましょう。悪い話ではないでしょう」

「なっ」



 予想通りの言葉だったが俺は目の前の男にすさまじい嫌悪感を感じる。ロザリアはメイドでありものではないと言うのに……そして、それと同時に俺の心の中からすさまじい怒りの感情を感じる。

 この感情は……そうだよな……彼女はヴァイスにとっても大事な存在なのだ。この二人の関係はロザリアの一方通行ではない。ヴァイスもまたロザリアを信用し、大事に想っていたのだから。

 


「……わかりました。ヴァイス様のためならこの身を……」

「ふふ、賢いメイドで話が早いですな」



 グスタフがロザリアに触れよう手を伸ばしたところに俺は入って彼女を守るようにして割り込んだ。邪魔をされたグスタフの表情にいら立ちが混じる。



「ヴァイス様……?」

「悪いが、それはできん。彼女に理不尽な事をするのは俺は許すわけにはいかないな」

「ほう……それではしかたありませんな。明日までに耳をそろえて返してもらいますぞ。いくぞ!!」



 そういうとグスタフはドスドスと己の不機嫌さを現すようにして、足音を立てて出て行きその様子を護衛も慌てて追いかけて行った。

 その後ろ姿を見ながらふぅぅーーと俺は大きく深呼吸をする。すっげえ緊張したぁぁぁぁ。怖かったよう。あのえろ親父マジで切れてるんだもん。

 領主なんだから商人に言い負かされるなよって思うかもしれないが、理不尽な事をすれば民衆の忠誠度が下がりゲームオーバーになるだろうしな。



「ヴァイス様どうしてですか? 私が犠牲になれば……」

「ロザリアそれは無しだ。今後も自分の事を何よりも大事にしてくれ」


 ロザリアの言葉を遮って強く言いきかせる。そんなことは誰も望んでいないのだ。俺はもちろん、ヴァイスだってそうだ。



「ですがそれではヴァイス様が……」

「俺にとっては領主の座も大事だけど、ロザリアが傍にいてくれる事がそれ以上に大事なんだよ」

「ヴァイス様……」


 俺の言葉にロザリアが信じられないとばかりに目を見開いた。ああ、そうだよな……お前は彼女の事を大事に想っていたが、気恥ずかしくて素直に言えなかったんだ。

 そして、そのせいで、自分がどれだけヴァイスに想われているか知らなかったから自分を犠牲にしてでも……なんておもってしまうのだ。それじゃあ、だめなんだ。

 だから俺は素直にガンガン行くぜ!!

 


「その……お気持ちは嬉しいですが……あんな大金をどうやって用意するんですか? しかも明日までに……家宝や隠し財産でもないと無理ですよ。ほとんどのお金を使ってしまったんですよ」

「大丈夫だ、俺が何とかするよ。秘策があるんでな」



 心配そうにこちらを見つめるロザリアに俺は笑顔で答える。なんで俺がヴァイスになったのかはわからない。だけど……きっとこのために変わったのだろう。

 あのまま、ロザリアを売って時間を稼ぐ何て選択肢はなかった。だって、そんな事をしたらロザリアもヴァイスだって悲しむに決まっている。俺は推しに幸せになってほしいのだ。



「ちょっと調べ物をしてくるよ」



 そして、俺にはゲームの知識がある。ヴァイスが知らなかったこの屋敷の秘密だってしているのだ。とりあえずは俺はゲームの知識と相違がないか確かめることが先決である。ゲームと同じならば、借金を返してもおつりがくるくらいのお金が手に入るはずだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る