第123話 帰還

「では、お兄様……体調には気を付けてください。特に暴飲暴食には注意してくださいね」

「ああ。もちろんだ。もう、酒も飲んでいないから安心してくれ」


 

 王都での用事を終えた俺たちはフィリスとお別れの挨拶をしていた。相変わらずの心配性なフィリスに苦笑する。

 


「あと……ロザリアさん、お兄様が無茶をしそうになったら止めてくださいね」

「はい、もちろんです……と言いたいところですが、少し難しいですね……そのかわり私が必ずやお守りします」

「ですよね……お兄様はすぐに無茶をしちゃいますから……」

「いや、俺への信頼感なさすぎないか? そりゃあ、ちょっとはやらかしたけど……」



 二人の言葉に思わずツッコミを入れると、ロザリアが苦笑し、フィリスはジトーっとした目を向けてきた。明らかに何を言ってんだという感じである。



「ふーん、私に内緒で邪教のアジトに行ったのは無茶にならないんですね……ハデス十二使徒が二人もいたと聞いたのですが……」

「いや、その件は本当に悪かったって……」



 仲間はずれにしたことを怒っているのか、それとも危険な目にあったことを咎めたいのか、はたまた両方か……思った以上に心配をかけたことを謝るつもりでフィリスの頭を撫でてやる。



「もう、そんなんじゃ、誤魔化されませんからね!! まあ、お兄様はどうせ無茶をするでしょうから……その時は渡したお守りが守ってくれるはずです」

「ああ、心配してくれてありがとう。フィリスの言う通り俺はこれからも無茶をすると思う」



 そう、フィリスに心配をさせてしまっているのは申し訳ないが俺が変わることはないだろう。なぜならば俺は推しを幸せにするためにこの世にいるのだから……



  誰もが目を奪われる完璧で究極のヴァイスになるのだ。



 推しの子ではなく、推しになったのだ。絶対かなえて見せる。そして、ハミルトン領の平穏にはハデス教徒は障害になるのだ。やつらとの戦いは避けては通れないだろう。



「はい、わかっています。だから、私も早く十二使徒に選ばれてお兄様を助けられるように頑張りますね」

「ああ、お前が帰ってくる頃にはハミルトン領もすごくなっているさ。楽しみにしていろよ」



 そんな約束をして俺たちは別れ、馬車になる。するとなぜだか先客がいた。



 いや、マジでなんでいるんだよ……



 俺は真っ赤な髪の毛の少女を見て内心ツッコミを入れる。まあ、俺と彼女の関係は知っているから御者が気を利かせたのかもしれない。



「どうしたんだ、アイギス」



 俺がなぜかうちの馬車に座っているアイギスに声をかけると彼女は少し緊張した様子で顔を上げた。いったいどうしたというのだろうか?

 いつもの元気はどこにいったのやらその瞳は心細そうだ。



「ねえ、ヴァイス人払いをしてもらってもいいかしら?」

「あ、ああ……別に構わないが……」



 何か内密に話したいことがあるようだ。ロザリアに視線で合図をすると、彼女は微笑みながら馬車の扉を閉めた。おそらく外で何かあったときのために待機してくれているだろう。

 まさかハデス教関連だろうか……心の準備をしているとアイギスが口を開く。



「あのね、ヴァイス……今月末に私の誕生日パーティーがあるのは知っているわよね?」

「ああ、もちろんだ。予定も開けてるし、プレゼントも用意をしているぞ。楽しみにしててくれ」



 この時のためにアイギスに似合うであろう魔力のこもっている腕輪の手配をしているのだ。その効果は攻撃力を高めるものであり、武闘派の貴族である彼女にぴったりであろう。



「そう、ありがとう。今回のパーティーは王都にいる貴族たちも呼んだし、結構大きい規模になるのよ」

「ああ、だからアイギスがこっちに来ていたのか……」



 さすがに貴族令嬢であるアイギスがダークネスに魔剣を渡すだけで遠出するのはおかしいと思ったのだが、あいさつ回りも兼ねていたのだろう。

 会った当初こそ人間嫌いな彼女だったが、今は貴族令嬢としての社交も頑張っているようだ。その変化がちょっと嬉しい。



「それでね……パーティーで踊るダンスの練習をしたいんだけどパートナーになってくれないかしら?」

「あー、確かに背格好が同じくらいで近所の貴族と言ったら俺とナイアルしかいないもんな……もちろんだ。付き合うよ」

「いや、この世に男が一人しかいなくなってもダンスの相手にはナイアルは選ばないけど……」



 ナイアルの評価低くない? 確かに胡散臭いけど俺の親友なんだけどな……



「一緒に踊ってくれるのね!! ありがとう!!」



 先ほどまでの不安な様子はどこにいったやらアイギスが満面の笑みを浮かべた。こんなに喜んでもらえるとなると俺も嬉しい。

 どうやら本題はそれだったらしく彼女はほっと一息つく。



「それでね……パーティーには今回私の好きな花をたくさん準備してくれるんですって……あと、あたらしいドレスも買ったのよ、楽しみにしててね」


 

 すっかり上機嫌になったアイギスの話を聞いていると、参加者のことにも触れられる。といってもほとんどが知らない貴族なんだけどな……

 あ、ダークネスもくるんだ……と思っていると、ゲームで聞き覚えのある人物の名前が耳に入る。



「な……フレイザードだと……」



 俺の反応も無理はないだろう。なぜならば彼はゲームではアイギスの婚約者であり……首を引きちぎられて死ぬ運命にあるのだから……

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