第95話 ハデス教徒

「はぁ……はぁ……」

「大丈夫かしら、ピュラー?」



 ベアトリクスは辛そうに隣を歩いているピュラーに声をかける。彼女はもともと前線で動くことは少ない。主に魅了の力を使って敵をかきまわすのが仕事である。今回はパンドラを助けるために出てきてもらったが、本来はイレギュラーな状況だ。



「大丈夫です。ベアトリクスこそ、パンドラ様を背負っているんです。大変でしょう?」

「この程度問題ないわ。私はパンドラ様一の剣ですもの。あなたも守ってみせるから安心しなさい」



 心配そうにこちらを見つめるピュラーを安心させようと笑顔で返す。彼女の顔を見るとつい力になりたいともってしまうのが少し怖い。これがサキュバスの血を半分引いているピュラーの力である。



「ごめんなさい……私が言わせているんですよね? これ以上は力を弱めることができなくて……」

「あやまらなくていいのよ。あなたがその力を持っているのはあなたのでせいはないでしょう?」



 純粋なサキュバスではない彼女はその力を制御できない。その力に抵抗できるのはよほど精神力の高い人間か、何かを狂ったように信仰している人間くらいだろう。

 だからこそ、彼女の住んでいた村では、わずか十歳の彼女をめぐって殺し合いがおきてしまったのだ。



「う……うぅん……」

「「パンドラ様!!」」



 ヴァイスたちと激戦を繰り広げて、その身にハデスの力をおろしたせいで、随分と衰弱していたパンドラがうめき声をあげたの聞いて二人は安堵の吐息を漏らす。

 ベアトリクスは周囲を警戒しながら、パンドラをおろして、自分の口にポーションを含み、彼女の唇とかさねて飲ませる。



「んん……」

「あ……ずるいです」



 あくまでパンドラを救うためのものだが、唇を重ねることによって自分の心が満たされていき、胸の奥が熱くなるのを感じる気がする。ピュラーがふくれっつらをしているが気にしない。

 ポーションの効果は絶大だったのか、徐々にパンドラの顔色が良くなっていき、そして、目を開けた。



「パンドラ様、ご無事でよかったです!!」

「ああ……あなたが死んだら私たちは……」

「うふふ、流石はアステシア様ですね……私の加護すらも押しのけるなんて」



 パンドラが意識を取り戻したことに歓喜する二人だったが、肝心のパンドラはそんなことはどうでもいいとばかりに、先ほどまで戦っていた教会の方向を見つめて楽しそうな笑みをうかべてる。



 なんで、私たちをみてくれないんだ?



 その姿にベアトリクスは先ほど感じた熱が一瞬にして冷めてくるのを感じた。ピュラーがパンドラに抱き着いて、嬉しそうにその胸で泣いているが、パンドラはその頭を優しく撫でながらも、目ははるか遠くを熱の帯びた目で見つめている。

 その光景にあの……アステシアという女の言葉が頭から離れない。



「パンドラ様、一つご質問をいいでしょうか?」

「はい、なんでしょうか?」



 パンドラはいつものように優しい微笑みをうかべながらベアトリクスを見つめる。だけど……今の彼女にはわかってしまった。その瞳にはなんの感情もないことを……興味が一切ないということを……



「私たちの名前を言ってもらえますか?」

「どうしました……そんなこといいじゃないですか、それよりも、ここをいったん脱出してアステシア様を私たちの仲間にする次の作戦を考えましょう」



 そんなこと……その一言がベアトリスの胸を鋭い刃のように突き刺さる。



 ああ……パンドラ様にとって、私はその程度の存在なのだ。



 それまで感じていた違和感が一気に頭をよぎる。危険な任務を命じられたことも何度もあった。だけど、それは信頼の証だと思っていた。だから頑張ってきたのだ。

 だけど、私は見張りの二人にロザリアには手を出すなと命令していたのに、彼女は襲われたという……それはありえないことだった。あの二人はべアトリクスの命令を無視して、肉欲に溺れるタイプではない。あるとしたら、自分よりも上のパンドラの命令だろう。

 そして、ロザリアが襲われた聞いたときに激高していたヴァイスの事が頭をよぎる、自分が怪我をしたりして、あんなふうにパンドラが怒った事はあっただろうか? 少しでも取り乱したことはあっただろうか? 

 どうせ、真面目に見てもらえないならば私も好きにやっていいんじゃないだろうか?



「パンドラ様……私たちハデス教徒は自分の欲望に忠実でいいんですよね?」

「はい、もちろんですよ。ハデス様は私たちの欲望を認めてくれますから」

「ベアトリクス……?」



 パンドラ様がそう答えた時に彼女にどんな顔をしていたのだろうか? ピュラーがおびえた顔でベアトリクスをみつめている。

 しかし、パンドラはベアトリクスの異変には気づかない。べアトリクスをろくに見た事の無いパンドラは彼女の変化に気づけないのだ。

 そして、そのままベアトリクスはパンドラに抱き着いて……



「え……一体何を……」

「ああ、パンドラ様がようやく見てくれた……」



 聖母のような笑みをうかべて抱きしめて返していたパンドラ顔が苦悶に歪み、ベアトリスを見つめると、彼女は狂ったように嬉しそうに笑みをうかべる。

 パンドラの背中から剣が突き出て、血があふれ出す。



「あはははは、最初っからこうしたらよかったんだ。やっと、パンドラ様が私を見てくれたぁぁぁ!!」

「ああ……ぐぅ……」

「ベアトリクス、パンドラ様が死んじゃう!! なんで……」


 

 吐血するパンドラを助けようとするピュラーを、ベアトリクスは乱暴に押しのけて、さらに剣を深く押し込む。

 そして、パンドラの目に自分が……自分だけがうつっているのがわかり彼女の心は満たされていく。

 


 ああ、そうだ。私は間違っていない。だって、これはハデス様の教えてあり、パンドラ様の信仰している神の意志でもあるのだから。アステシア……お前に感謝しよう。私の本当の願いを教えてくれたのだから……私は、ただパンドラ様に見てほしかっただけなのだから……

 今まで自分の有用なところをみせてもらおうと躍起だったが、そんなことをしなくてもこうすればよかったのだ。自分の欲望に忠実で良いのだ。

 そう思うとより剣に力が入っていく。

 


「なんで……私を……」

「それが私の愛だからです。私を見つめ……私の腕の中でお眠りください、パンドラ様」

「パンドラ様ぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」



 パンドラは最後までベアトリクスの行動の意図が分からず息絶えていった。そして、その場には狂ったように笑っているべアトリクスと、泣きじゃくっているピュラーだけが残された。



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まあ、ハデス教徒は大抵悲惨な目にあいますね……


ガンダムの百合は幸せになってほしい……




また、この作品とは一切関係ないのですが


『外れスキル「世界図書館」による異世界の知識と始める『産業革命』~ファイアーアロー?うるせえ、こっちはライフルだ!!~』


というこちらでも公開している作品が今月10月14日に発売されます。


領地運営モノでファンタジー世界の住人がこちらの科学の知識を手に入れて魔法と科学の力を組み合わせて様々なものを発展させる話となっています。


よかったら買ってくださると嬉しいです。

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